第16話 第1節 アンデッドのためらい

 言えなかった。


 言えなかった。言えなかった。言えなかった。

 憧れとか言って、誤魔化してしまった。


 いや、私にとって憧れ自体、恋と同じ意味を持つから告白できたことに変わりはない。だけど、伝わらなかったらなにも言っていないのと同じだった。


『わたし、好きだよ』


 彼女が囁いてくれた時、私は嬉しさと、ぞっとするような恐さの合間で、卒倒しそうになった。


 リアは私とくっつくのが好きだと言った。その「好き」は一体どういう好きなんだろう。


 少なくとも、私が一瞬、錯覚してしまった「好き」とは違う。かといって、子どもがお菓子を「好き」というのも違う。私の抱える気持ちよりも、柔らかくて、軽やかで、爽やかな感情だと思う。


 私はそんな風に誰かを好くことはできない。私は死の側にいて、リアは生の側にいる。この淵にあって、私は、生の側の彼女に、ただ強く恋い焦がれている。私の中で「好き」は重くて、一途な感情だった。


 リアに、私は──どんな風に見えている?


 あなたの「好き」はどんな形をした、好きなの……?


 どっちにしても、私は想いを伝える大事な機会を逃した。誰もいない自然の中、綺麗な泉のほとり、仲直りの直後というとびきりの状況で駄目なら、いつ、私は超えられるんだろう。自信がない。


  ◇  ◇  ◇


「ねえ、サイル、今回の出張であちこち巡ってる間、ずっと考えてただけど」


 合流した翌日、海浜地域を目指して川を下る船に揺られていると、リアが言った。


「セレンくんたちのこと。学校に行く意味を見出だせていないのに、学校に行かないと卒業できないとか、それで貴重な時間を無駄に使っちゃってるとか、酷い話だなって」


 一日も行かなくても年齢到達で卒業できる義務教育と違って、オーダイトの基礎教育はその柔軟性のために、出席日数を含めた修了制度にしている。


「これってもともと地域に根付いた教育制度がヒントになってるわけでしょ」

「そうだね。実態は長い間、生徒を留めたい塾側の営利戦略だったりするけど」

「でも基礎教育はタダだから、そんなことをしておく必要がない」

「うん」

「だったらさ、学校に行かなくても卒業できる脇道を作ってもいいんじゃないかな」


 リアの口から大胆な提案が出てきたことに、私は驚く。

 エルフは保守的な業務を得意とする種族で、改善というものは苦手なはずだった。リアなりに、この問題に向き合ってきたんだと実感する。


「学校に行かなくても……っていうことは、修了要件から出席を撤廃するの?」

「撤廃はしなくていいと思う。ただ、代わりを作れないかって考えて」

「代わり?」

「つまり、なんだろう……わたしはこういうことをわかっていますよって証明できたら、それで出席の代わりにして評価に組みこめるような、そんな制度だよ」

「単位制みたいな?」


 私の言葉にリアはばちんと手を鳴らした。


「え、あ、そうだ、単位制じゃん! それだよ!」


 今、例によってクラフデンを参考に、研究学校(大学)などの上位教育機関を策定する中で、ちょうど取り沙汰されている制度だった。

 ある領域の学習を完了することが「学習単位」となり、一定数の単位を集めると進級や卒業が認められる。


 私が覚えている例では、出席が足りなくても試験の成績が良ければ、単位が取得されたりするケースがあるらしい。基準は講座を持つ教師の裁量に拠るといい、かなり自由度の高い形態のようだった。


「希望者には研究課題みたいなのを出してさ、その成果を単位にするの」

「でも、それって専門的な上位教育だからできるわけだよね。基礎教育でやるとなると、担任の先生の負荷が増えないか心配だけど」

「うーん、確かに。なら、単位制クラスを新設してみる?」

「いいと思う……でも、手続き的に移籍が次の学期からになっちゃって卒業が遅れちゃう」

「うーん、そうしたら──」


 一ヶ月前、壁に突き当たったとは思えないくらい、私たちの議論は活発に進み、川を下りきった頃には、すぐにでも首都に戻って、提案資料を作ろうと意気込むほどだった。


 結局、私たちは海浜地域の調査だけ済ませると、残り地域の約束を断って首都へ戻った。

 うずだかく積まれた書類を見ないように、私とリアは「単位制」導入への準備に没頭する。


 クラリスさんにも相談したかったけど、あいにく本国に戻っているみたいだった。

 職員に話を聞くと、クラフデンは経済的に混乱しているらしい。金利の上げ下げが繰り返されているとかで、旦那さんの事業も大きく煽りを受けていそうだ。


 とりあえず議会へ先に原案を提出してから、アレヴァン先生たち現場の人たちも交えて本格的な議論に移る。


「私たちにとっての一年と、子どもたちにとっての一年は、その重みが違いすぎます。まさに今、あの子たちが必要としているものに、手が届くよう改善していくべきです!」


 リアの熱弁は相当の説得力があったようで、先生たちは目の色を変えて、真剣に考えてくれるようになった。


 やっぱり、こういう場面でのリアの主導力はすごい。その美貌は生き生きと自信に溢れ、透き通るような声音にも熱が入って、勇ましく響く。


 そのリアが、子どもっぽいところを安心して見せてくれるのは、私だけ……なんて、そんな幼い優越感だけでも、私は満足するべきなのかも知れない。わからない。

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