第15話 第2節 エルフと反省会

「……どうしてここがわかったの」


 泉のほとり、わたしたちはふたりして濡れた肌着姿、並んで三角座りをしていた。

 彼女の濡れてしまった旅装は近くに干され、水滴を垂らしている。サイルにはわたしの替えのチュニックを着ていいと言ったのに頑なに遠慮され、なんだか間の抜けた絵面になってしまっていた。


「出張先は共有してくれてたでしょ」


 サイルが答えるのに、私は首を振る。


「そうじゃなくて、ここ。この場所」

「宿の人が、リアは森に向かったって言ってたから、探した」

「探したって……この居場所は、わたししかわからないはず」

「うん。だから、ずっと歩き回って探してた」

「ずっと?」

「ずーっと。どれくらいか、わからないけど」


 わたしは思わず、サイルの方を見てしまう。


「森を闇雲に歩き回るなんて。遭難したらどうするつもりだったの」

「私はずっと歩いてられるから、どうとでもなる」


 それでも、私はその覚悟を前にうなだれるしかない。


「……ごめんなさい。そこまでさせて」

「私こそ……ごめん」

「どうしてサイルが謝るの。悪いのは全部わたしなのに」


 猛烈に怒られても仕方ないと思っていたのに、どうしてか、ふたりしてしょんぼりしてしまっている。そんな状況もいたたまれなかった。

 サイルは言った。


「私、セレンくんの話を聞いて冷静になれなかった。焦りと危機感ばかり募って……学校が立ち行かなくなるなんて、無責任に強いこと言った。ずっとリアが慎重に考えてきたこと、知っていたのに……」

「違うよ。あのくらいのこと、クラリスさんに何度も言われてきた。このままじゃ、学校なんかできっこないって」

「そうなの?」


 サイルがはっとこちらを見る。私がクラリスさんになじられているところは、ずっとみんなの目から隠してきた。


「あの日は私自身が、いっぱいいっぱいだったんだと思う。セレンくんが学校に来なくなったこともそうだし……ふたりが顔見知りだって知らなかったこともそう、だし」


 お母さんからアンデッドへの偏見を感じたことは伏せた。サイルに言う意味はない。

 サイルは目を伏せると、泉の方に向き直って言う。


「……喋ったのは一度だけ。ひとりでいるところを見かけてちょっとだけ話したの。何年も前だよ? 彼はもう、覚えてないと思ったから言わなかった」

「えっ……」


 一度喋っただけ? それでセレンくんがあんなにサイルのことを気にしていたのも意外だし、そんなに前からセレンくんがひとりでいるなんて思わなかった。


「私はその時『海のことたくさん話せる仲間ができる』って言ったの。たったひとりで頑張ってるセレンくんの希望になると思って。でも、この前、訪問した時に『嘘じゃん』って言われて……」

「ショックだったんだ……」

「私が考えてたのは十年とか、そういう先の未来だった。でも、子どもにとっては一週間先だって遥かな未来なんだよ。セレンくんが入学してからの五年と、私たちみたいな長命種が過ごす五年は全然違う。果てしなく長くて、重くて、今後の全てが決まってしまう貴重な時間……それを無駄にさせてしまったんだと思ったら、焦って、どうしようもなくなって……」


 一週間先も遥かな未来……そんなこと考えたこともなかった。心がじくじくしてくる。


「それなら、わたしが『様子見でいい』って言い訳したの、やっぱりものすごい悪いじゃん」

「でも、正論には聞こえたよ。無理に学校行けって言い続けるよりも、そっと見守る方がセレンくんたちの心にはいいと思った」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど……やっぱり、わたしの保身でしかないよ。今の学校を否定したら、今のわたしまで否定されちゃうような、そんな気がしちゃって」

「……ごめん」


 サイルが肩を落とすので、わたしはぶんぶんと首を振った。


「やだ! 謝らないで。後のことも含めて、わたしの方が悪いじゃん!」


 すると、サイルはちょっと恨めしそうにわたしを見た。


「……そうだね。後のことに関して、リアはすごく悪いよ」

「あ……や、やっぱり?」

「私に離れないでってあんなにお願いしてきたのに、自分から離れるときは一瞬だった」


 サイルに冷たく言われて、わたしは背筋がぴきりと凍り付いた。


 え、そうじゃん──嘘、嘘、嘘嘘! 全然気が付かなかった!


「ご、ごめん! ごめんなさい! 本当に、わたし、サイルにどう向き合えばいいかわかんなくなって、このままだと仕事にも差し支えるから、とにかく離れるしかないって思っちゃって──」

「それで森の中で呑気に水浴びしてたんだ」


 サイルの顔から感情がどんどんなくなっていく。ずぶりと刃を突きさされるような感覚に、わたしはものすごい恐怖に襲われ、サイルにすがりついた。


「ご、ごめんなさい、なにもかも忘れたくって……二度とこんなことしないから、お願いだからわたしを見捨てないで、サイルぅ……」

「……もう。見捨てるわけないよ」


 サイルはため息を吐くと、わたしの髪をさわさわ撫でながら言った。


「私がついてないと、こんなダメになっちゃうお子さまなんだから」

「う……うううううう……」

「こんな姿、見せるのは私だけにしてね……」


 なんか、ものすごい一言だった。


 わたしは号泣した。子ども扱いされて悔しかったのもそうだし、こんなわたしのために、森の中を歩き回ってくれたサイルの優しさもとても沁みた。感情がぐわんぐわんと揺れて、どうにかなってしまいそうだった。

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