第14話 第1節 アンデッドの長い夜

「ありがとうございます。お邪魔しました」


 そう告げて、私は訪問先のお宅を出た。

 重い足取りで教研部へと歩いていく。


 隣に彼女は……いない。


 リアは、他地域でも同じような不登校事例がないか調査する、とか言って、私を置いて出張に出かけてしまった。現場主義はいつものことなので、ひとりなんて珍しいと職場の誰もが思うだけで、私と距離を取るための口実だなんて想像もしない。リアのイメージに傷がついてしまうから、誰にも相談もできない。

 私はひとりだった。


 彼女がほっぽりだしていった不登校リストの訪問は、私だけで続けていた。


 家にこもっている子たちは、セレンくんの本音を引き合いに出すと、自分も似たようなものだと喋ってくれた。怠けたくてそうしている子はひとりもおらず、みんな、学校へ行けないことに負い目を感じているようだった。


 私は、セレンくんを訪問した日、彼に言われたことを思い出す。


「お姉さん、前に言ったよね。『海のことたくさん話せる仲間ができるよ』って。あんなの……嘘じゃん」


 個人的な話だけに、痛烈に沁みた。


 結局、私は死ぬことも、生むこともしない種族だ。成長していく彼らの身上には、どこまでも無責任でしかいられない。そう思うと、心がひび割れたようになった。


 そのせいか、なんにも知らないだけで、なんにも悪くないリアにきつくあたってしまった。


 結果、どうしようもない喧嘩になって、リアは私を置いていってしまった。


 ──わたしから離れないで、ってお願いしてきたのに。


 自分から離れる時は一瞬なんだ。

 そのことも少しだけ……ううん、とても悲しかった。


 教研部に戻ると、彼女が残していった山のような仕事があった。いつもはリアのためだと多幸感に包まれながら片付けるのに、今日はとにかく気が重い。それでも心を殺して取り掛かる。


 あっという間に定時を過ぎ、外が暗くなり、職場はわたしひとりになった。


 なにも考えないようにこなしていくけど、どうしてもリアの影がちらつく。だって、リアの仕事だから、意識から追い出しようがない。こんな、なんで、私がやらなくちゃいけないの。能率が落ちないだけで、実は普通に徹夜するのは辛いんだよ──。


 ふと、私は虚しくなって、空席を見た。いつも、リアが座っている偉そうな席。

 その暗がりを見ているうちに、耐えられないくらい猛烈な寂しさが襲いかかってきた。


「う、うううううう、うう……」


 私は泣いた。こんな辛くて、悲しいのは初めてだった。アンデッドなのに、こんな涙が出るんだって驚いた。ぽたぽたと机の上に溜まって、書類を濡らしていく。


 こんなに心が締め付けられるなんて思わなかった。あんなにリアのことが憎くなるなんて思わなかった。こんなに辛いなら、あの人と出会わなければよかった……そんな乱暴な想いまで出てきて、自分の醜さに私はもっと打ちのめされた。


「……もうダメだ」


 できない。帰ろう。全然終わってないけどもう知らない。


 私は荷物をまとめると職場を出た。


 しんとした夜だった。星が大きく見えると思ったら、涙で潤んでいるからだと気づき、ひとりで苦笑してしまう。それから誰もいない町並みを見て、遥かな未来に来てしまったような気分になる。


 まるで、誰も彼もが死んでしまって、ここには私ひとりきり、みたいな。


 前に流行っていた「青い夕陽」という世界が滅ぶ系の恋愛物語を思い出し、また涙がこぼれてきてしまった。あんなロマンスは現実にない。ただただ寂しいだけだ。


 ふと、人影が立った。


 最初は夜警かと思った。リアが首都中の夜警と知り合いなことを自慢していたっけ。私は身分証明を取り出そうと懐に手を入れた。


「ふふ、こんばんは」


 そう声をかけられて夜警じゃない気がついた。

 一度、本当に一度だけ、どこかで聞いた声。どこだっけ。

 記憶野を慎重に辿って思い出す。あ、そうだ、クラリスさんの家だ。


「ルヴ・メロウルさん……?」

「あら、正解。覚えてるなんてびっくりね」


 ルヴさんは口に手をあてて驚いていた。それから、うっすら妖艶な笑みを浮かべる。


「ねえ、リアちゃんと喧嘩してるんでしょ?」


 いきなり状況を言い当てられて、わたしはぎくりとした。


「な、なんで知ってるんですか」

「最近、ずっとあなたがひとりぼっちだから」


 え……まさか、この人、私たちのこと、監視してる?

 固まる私にルヴさんは、近くの建物の前、控えめに置かれた看板を目で示して言った。


「──ちょっとお姉さんとお話していかない? サイルちゃん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る