第13話 第3節 エルフの家庭訪問
学校に来れていない子の名簿をもらったわたしたちは、時間を作って訪問に臨んだ。
「……まさかこの子が学校来なくなってただなんて」
わたしは消沈して呟く。名簿でこの名前を見つけた時、とてもショックだった。
首都郊外の集合住宅二階、表札には「バトラー」とある。
セレン・バトラーくん。最初の入学式で希望に満ちたスピーチをしていた彼は、高学年に上がってからは少しずつ登校頻度が減っていき、この半年は全く顔を見せていないという。
「リア」
サイルに呼びかけられてわたしはハッとする。思わず物憂い気分になっていた。慌てて顔を揉んでいつもの表情に戻す。
ノッカーを鳴らすとセレンくんのお母さんが顔を見せた。とても歓迎した様子でわたしたちを家にあげて、あれこれお茶菓子を出してくれた。
セレンくんは平地出身だけど、進学が決まってお母さんと一緒に首都に引っ越してきた。お父さんは地元で農家を続け、お母さんは製薬工場で働いている。
「こちらへ越して来る時、地元の人たち総出でお見送りに来てくれたんです……なのに、今はこんな感じでとても恥ずかしくて……お父さんへの手紙は元気に学校生活を送っている嘘を書いてます」
お母さんは俯きがちに話す。こけた頬が痛々しく、わたしは心を痛めた。
「お話しても大丈夫ですか」
「はい。ぜひ、学校に通うよう説得してください」
セレンくんの部屋は奥にあった。
お母さんが戸を叩いて「セレン、エルフの理事長さんが来たよ」と声をかけると、少しおいてから解錠の音がする。
「鍵を……?」
「いつの間にか、自分でつけていたんですよ。さあ、どうぞ……」
お母さんが開けるように促すので、わたしはノブを掴み、扉を開いた。
彼の部屋は思ったより明るかった。角部屋なのでふたつある窓が開け放たれ、空気も通っている。本棚の周りで本が爆発している以外、綺麗に片付いている印象だった。
セレンくんはベッドに背を向けて座っていて、わたしたちが部屋に踏み込んだところで気まずそうに振り向いた。
「……どうも」
わたしはわあ、と声をあげそうになる。セレンくんはすっかり身長が伸び、声変わりを迎えていて、顔も大人びて少年と青年のあわいにあるような、魅力ある相貌になっていた。
「こ、こんにちは。理事長のリアです。覚えてるかな?」
人間の子の成長の早さに驚きつつ、顔には出さないように挨拶すると、セレンくんは目線を逸らしながら、うなずいた。
「……まあ、うん」
「そっか、嬉しい。それで、こっちは補佐官のサイル」
「知ってる。アンデッドの」
「そうなの?」
思わずサイルを見ると、なんとも言えない表情をした。
「うん。話したことがあって」
「え? あ、そっ、そうなんだ。じゃ、じゃあ、は、話は早いね」
な、なにそれ、全然知らない……ぐわんと動揺に襲われる。
いやいや、そんな個人的な事情は置いといて、話を進めなくちゃ。そう思い、無理に口を開いたものの「えーと……」と固まってしまう。
──ちょっと待って、これ想像以上に効いている。
どうして? どういう仲? なんで言ってくれなかったの? そんなことがすごい勢いで駆け巡って、今すぐサイルを質問攻めにしたい気持ちに駆られた。
幸い(?)サイルの分の椅子がなく、お母さんに持ってきてもらう時間があったので、そこで気分を落ち着かせることができた。
「えっと……突然こんなおしかけてごめんね。セレンくんが学校に来なくなったって知って、どうしても会わなきゃって思って……」
わたしがそう切り出すも、セレンくんの視線はわたしと二対八くらいの割合でサイルに向いていた。お、落ち着かない。
「学校に行けって?」
セレンくんが短く言う。
「できればそうして欲しい、けど……今はそれよりも、セレンくんがどう考えているかを知りたいと思ってる」
わたしはどうしてセレンくんが学校に行かなくなってしまったのか、わからなかった。
クラフデンでは、いじめの延長での不登校が多いらしいけど、オーダイトではそういう報告はない。勉強への意欲がないというわけでもない。
なのに登校を拒む彼の状況は、オーダイト学制を試す文字通りの問題に思えた。
わたしはそれに解答を見つけたい……。
「わたしは先生じゃないし、なにを言われても成績に反映したりしないから安心して。お母さんにも友達にも言ったりしないから」
「……」
セレンくんは押し黙った。
この職に就いてから、初めて経験するような緊張感だった。大人なら沈黙にパターンがあるし、なにを考えているか想像がつく。でも、口を噤んだ子どもの考えは全然わからない。
わたしはセレンくんの口が開くのを待った。
やがて──セレンくんは言った。
「サイルさんになら、話してもいい」
「え」
わたしはサイルの方を見る。
サイルは──真っ直ぐにセレンくんを見つめていた。驚くことなく、予感していたように落ち着いている。
前に船上から見た、陽にきらめく海のような、藍色の瞳。
やがて、その眼差しがわたしの方を向き、訴えてくる。
「……リア」
な、なに、その顔──意味深な質感。
「あ、わ、わかった……」
わたしは困惑したけど、止める意味も名目もなさすぎて、部屋から退散するしかなかった。
心配そうに寄ってくるお母さんに状況を伝えると、テーブルに着いて一緒に話が終わるのを待つ。
「あの……今、セレンの話を聞いてる一緒にいた方って、アンデッドの?」
お母さんが訊ねてくる。わたしは動揺を誤魔化すため、口に詰め込んだお茶菓子を飲み込みながら、うなずいた。
「は、はい。そうですが」
「……あの子とふたりにして、大丈夫でしょうか」
低い声で言う。わたしの耳は、その裏に潜む偏見を敏感にすくい上げてしまった。
アンデッドは、かつての戦争で不死兵として生み出されたという仄暗い過去を持つ種族だった。それを知る人の中では、こうして忌避感を持つ人もいる。
「大丈夫ですよ。彼女は優しくて、思いやりある優秀な補佐官ですから」
「……なら、いいですけど」
なにからなにまで心配そうなお母さんの態度に、わたしはどうしても苛立ってしまった。
あの子に限って、そんなこと──!
……そんなこと、ないんだろうか。
サイルは流行の恋愛劇や恋物語をよく観るし、普通に人の輪に混じって談笑する、他の種族と変わらない、普通の女性だった。
だとしたら──誰かに恋することだって、普通にありえる。
そう思った瞬間、ものすごい勢いで心臓が痛くなった。汗がダラダラと垂れてきて、悪寒が立ち込めてくる。
どうして? それ以前に、わたし、なに考えてる?
お母さんは単に、サイルがセレンの話し相手として信頼できるか心配しているだけ。息子が籠絡されないかしら……なんて心配するかい。
……心配しているのはわたしだ。
ただ話を聞くだけだと思っていたのに、いろいろな事情がいっぺんに来て頭が壊れそう。どうしてこんな目に遭ってるんだろう。わたしはお茶菓子を口に放り込み、甘味で誤魔化しながら話が終わるのを待った。
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