第13話 第2節 エルフと学校の問題
今後取り組んでいくのは、教師学校と大学校の整備だった。
もう首都ではクラリスさん主導で最初のものができていて、国立学校の卒業者で希望する人は進学してもらっていた。大学校はクラフデン学制での高等学校にあたり、オーダイトではその先の専門的な学校として「研究学校」を設ける予定だった。
この上位学校で「教師の教師」を育てられるようになって、学校制度は形になる。
で、変な話だけどここまでは「教研部が勝手にやってること」扱いなので、改めて体系的な法律「学校法」を作り、議会に承認してもらうことで「オーダイトの学校」は完成して、わたしの仕事は終わりになる。
まあ、それはまだ先の話で、今、教師学校に通っている子が卒業し、母校に赴任して数年の実務経験を経てから、今度は教師として教師学校に戻って、ようやく「教師の教師」サイクルが成立する。向こう七、八年はかかりそうだった。
要するに、わたしの仕事はようやく折り返し地点を迎えたということ。
といっても、最初の一年ほど大変ではないと思う。事業は軌道に乗っているし、仕事には慣れてミス手帳もつけなくなったし、不安がバレないよう気を張ることも減った。このまま無事にやりおおせれば、きっとルヴさん始めお姉さま方も、わたしを立派なエルフと認めざるを得ないはず──。
そんな未来に想い馳せているうち、船は首都に着いた。
出張から戻った時は自然と国立学校に足が向かうようになっていて、わたしたちはなんの打ち合わせもなく、学校の敷居を跨いだ。
いつものように小学年の子どもたちに見つかって、わいわいお喋りをする。
この時間はとにかく楽しくって、子どもたちの嬉しかったことや嫌なことを聞いているだけで活力が湧いてくる。
「見てー、カバンの留め具壊れたからノリで留めてるの」
「うわあベタベタだね」
「かけ算ってすごく頑張ってやるたし算なんだよ」
「確かにそうかも!」
「弱り勝ちゲームしよ! 弱り勝ちゲームしたいー!」
「どんなゲーム?」
「リア、ちょっと気になる話があるんだけど」
「えぇっ? あぁ、サイルか……」
ものすごい大人びた子がいると思ったら、サイルが子どもたちの中に立っていた。
わたしは子どもたちを解散させると、移動しながら改めて訊ねる。
「なにかあった?」
「今、職員室で聞いたんだけど……中学年から高学年にかけて、登校を渋る子がいるのは知ってるよね」
「うん、報告あったよね。担任の先生とかに任せちゃってたけど」
「そういう子が最近、増えてきてるって。全く登校しなくなっちゃった子もいて……」
うーん、そっか。わたしは頬に手をあてる。
クラリスさんから、いじめや学級崩壊、教師の体罰とか、今後起こりうる問題について聞いていた。不登校はその中のひとつだった。
「話、聞きたいな」
折しも職員室に差し掛かったので扉に手をかけると、サイルが手を掴んで止めてきた。
「リアが職員室入るとみんな慌てちゃうよ……応接室空けてもらってるから、そっちで待ってて」
「あ、そっか」
子どもたちと触れ合った後だと、わたしが偉い役職にいることを忘れてしまう。
応接室に入ってソファに座り、サイルの手ひんやりだったな、と思いながら待っていると、サイルがひとりの先生を伴って入って来た。
「すみません、わざわざ御足労を。高学年主任のアレヴァンです」
アレヴァン先生は四十代の人間の男性で、以前は首都近郊の私塾で教えていた人だった。
「いえ、わたしが勝手に来ただけなので。それで、不登校の子が増えてると聞いたんですけど」
「はい、今、高学年で二十一人の不登校が出ていまして。学校に来るように促してはいるのですが、あまり思わしくなく……」
高学年は三学年合わせて三六〇人ほど。一クラス三〇人にだいたいふたりはいる計算になる。先生の目から見ればこの空席は大きく映ると思う。
「登校を促すとは、具体的にはどういう風に?」
「友達に手紙を書いてもらったり、担任や私が訪問したり、ですね。とにかく寄り添うことを意識しているのですが」
先生たちにはクラリスさんが用意した対応マニュアルが配られていて、その内容に添って対応しているみたいだった。
「ちなみに学校が始まる前、塾の段階ではどういう対応をしてました?」
「塾によるでしょうけど、うちは基本的に干渉せず、本人が辞めたいというまで在籍させていました。義務でもないですし、商売でやっていましたからね」
「なるほど……」
「まあ、基礎教育ですし、無理に登校させることはないような気もしています。本人たちもそれをわかって、引きこもっている雰囲気を感じましたし」
……本当にそうかな? わたしはアルヴァン先生の顔をじっと見た。
信頼していないわけじゃないけど、やっぱり自分で確かめないと実情を掴めない気がした。
「ありがとうございます。わたしもその子たちに会って話を聞きたいので、名簿があればいただきたいんですが」
「え、理事直々にですか?」
アルヴァン先生が目を見開き、サイルの強い視線も感じる。え、そんなおかしいかな……。
「ここはモデル校としての側面もありますし、似た問題はオーダイト全体で次々起こると思います。なので、ここで実情を確かめておきたいんです」
「ふむ……理事は生徒に人気ですし、私が話すより効果があるかも知れません」
「あはは。これで効果てきめんだったら、今後わたしが頑張ればいいだけですね」
「あ、いや、そういう意味では……」
どうしてかアルヴァン先生は狼狽えて、サイルに溜息を吐かれてしまった。
……後でちゃんと訳を聞いておこう。
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