第12話 第2節 アンデッドの学校訪問
そうしてオーダイト国立学校が始動した。
教室を覗くと、三十人くらいの子どもたちが先生の話を一心に聞いている。机も椅子も教科書も黒板もチョークも黒板消しも、工房を作るところから始めたので大変だった。特に教科書の印刷は一部間に合わなくて、隣国の印刷機まで借りたくらいだ。
授業内容は、各地で収集した教育実態を分析して考案した。
基本的に読み書き、計算などの、これまで地域の負担してきた教育内容に加え、歴史、公民、科学、保健、芸術といった教養科目や、体育・魔法を中心とした実技科目を教える。このあたりはクラフデン学制を参考に、オーダイトの地域特性に合わせた学習内容となっている。
特徴的だと思うのは、クラフデン学制では義務教育として小等学校の六年と中等学校の三年としている一方で、オーダイトは三年ずつ、小学年、中学年、高学年と分けたところだった。
海大好きの平地少年、セレン・バトラーくんの場合は九歳、中学年からの入学になる。
これは種族による年齢差を吸収するためで、学年の間は期間を空けてもいい。例えば、六~九歳で小学年を修学した後、一年ブランクを置いて十歳で中学年に入っても構わない。
そうなると修学の年齢上限がなくなるため、義務というほど強制力がなくなる。
だから、この無償教育の期間をオーダイトでは「基礎教育」と呼び、一定の出席日数と成績を以って修了資格とすることにした。
これがクラリスさんは受け入れられずに揉めた。そんなの常識的にありえない、と言う。常識って……。まあ、こういう時のリアは異様に頑固だから一切妥協を見せずなく、無事にこちらが望む形で議会の承認までこぎつけた。あのクラフデン主義は悩みのタネだ。
教師陣は各地の教師役だった人を登用していた。一部教研部の職員も出向させ、ほとんど任せてしまっているので、私やリアの学校での仕事は報告と数字に目を通すだけ。これには少しほっとした。
学校制度が始まる一方で、私たちは次の学校の設置に追われていた。
次の任務は他地域に、国立学校をモデルにした各「地域学校」を作ること。開校場所の吟味や、地域住民との折衝など実際に現地に行く必要があるので、文字通りに足を止める暇がない。慌ただしい日々だった。
そんな中でも、首都に戻ってくるたびに必ず「学校行こう!」とリアは寄っていく。
「あ、エルフ先生!」
「エルフ先生いる!」
校内を歩いていると、子どもたちにあっという間に見つかって包囲される。この学校でリアは売れっ子役者のように大人気だった。
「見つかっちゃったな~。どう? 学校楽しい?」
リアが訊ねると「楽しい!」「宿題多い」「先生がうるさい」とわいわい言い立てる。
何事かと集まってきた教師たちに、私が説明したり挨拶している間、気づけば校庭でみんなで遊んでいる。
エルフは年齢に比して精神年齢は大分幼いというけど、私には成熟したリアというものが想像つかない。何百年経っても、ああして子どもたちと走り回っている気がする……。
なんて考えつつなんとなく廊下を歩いていると、教室の中にぽつんとひとりいる子の姿が見えた。
私はいつか、調査先で似たような光景を見たのを思い出し、つい覗いてしまう。
すると、その子も私を見た。よく覚えている顔だった。
「セレンくん?」
「……えっと」
セレンくんは読んでいた本の端に手をかけると、困ったように視線をさまよわせた。教師でもない謎の大人に名前を呼ばれたら、それは驚く。
「ああ、ごめんね。私、ここの……事務員で。児童の名前は全部覚えてるから、つい」
「ええ、全員? すごい」
まあ、セレンくんは最初の入学式で入学生挨拶をしていたから、一番よく覚えている。
ただ、記憶よりもずいぶん成長していた。その姿を見て、あれからもうそんな時間が経ったんだと思い知る。
私は言った。
「アンデッドだから。物覚えだけはいいの」
「アンデッド……初めて見た。本当に死んでるの?」
子どもらしい遠慮のない訊き方が却って面白い。
「死んでるよ。確かめてみる?」
「べ……別にいい。それより、アンデッドって海の中に潜っても死なない? 海の中も散歩できる?」
関心がすぐ海と結びつくんだ。私は微笑ましく思いながら答える。
「死なないけどすごく辛いと思う。それに、海の中は暗いからなんにも見えないよ」
「そっかあ……あのね、他の国には海の中に潜れるマシンがあるんだって。魔法で空気を作って、たくさん潜ってられるって。明かりもつくからきっと底がよく見えるよ」
「そうなんだ。それに乗るのが夢?」
「うん。絶対それに乗って、海をぐるって一周する」
そう言うセレンくんの表情は、どこか立派なエルフになると宣言するリアと重なって見えた。希望に満ちているというよりは、意地を張って、ここから動かないと主張するような……。
「そうなんだ、応援してるよ」
ふと時計を見ると、思ったより時間が過ぎていた。
「じゃあ、私、もう行くね。勉強の邪魔してごめんね」
「え……あ、うん」
セレンくんはどこか拍子抜けたように口ごもったけど、すぐに意を決したように言った。
「僕がなんでひとりなのか、訊かないの」
踵を返しかけていた私は動きを止めると、少し考えてから言った。
「訊かないよ。私も前はひとりだったから」
「……お姉さんも?」
「君もいつか、海のことたくさん話せる仲間ができるよ」
セレンくんは複雑そうな表情をすると、こくりとうなずいた。
私は彼と別れて廊下を戻る。以前よりはまともに話せた気がする。でも、無責任なことを言ったかも知れない。死なないアンデッドと一緒にするなと思われたかも。わからない。
黙々と考えつつ私は校庭に出て、子どもに囲まれたリアに呼びかける。
「リア、時間が」
「あ、やば! みんな、またね!」
ばいばーい、と揺れる小さな手に見送られながら、私たちは学校を後にする。
学校を出て教研部に向かう間、私はセレンくんのことを話題に出した。
「あ、あの子、勉強頑張ってるんだ! 最初の入学式で代表してたよね? もう二年も前だよ」
「二年……そう」
私はその数字にくらりと来る。
私たちがあくせくしているうちに、子どもたちにはそれだけの時間が流れていたという事実が重かった。
学校の敷設は大人の都合で進めないといけない事業だ。ただ、その間、どれだけの子どもたちの人生が分かれていくのか。そして、今後どれほどの子どもたちに影響を与えるのか。
クラリスさんと対立した時、本気でぶつかるリアの気持ちがようやくわかる気がした。
彼女はとっくにそんなことを理解した上で、未来を見つめている。そう思うと、ずっと秘めたままにしている、リアに対する憧れがまた膨らんだ。
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