第二部 二年目~九年目
第11話 第1節 エルフとエルフの道
「えーと──いろいろ、本当にいろいろありましたが、無事に『オーダイト国立学校』設立の日を無事、迎えられそうです。これもひとえに、皆様方のご助力・ご尽力のおかげです。ありがとうございます。また今回、こんな舞踏会が開けそうなホールで祝賀会ができるのも、教育顧問のクラリスさんにご邸宅を貸していただけたからです。この場を借りてお礼いたします。……じゃあ、みんな、かんぱーい!」
わたしの合図に合わせて、みんなが「かんぱーい」「お疲れ様~」と思い思いの声をあげる。これまでの苦労が一気に蒸散していくような、とても気持ちのいい瞬間だった。
工具で締め上げられたようなお腹の痛みにこらえ、提出したオーダイト学制の原型が無事に形になろうとしている。
あの時は、わたしがどれだけ本当は自信がなく、不安を抱えていたのかを突きつけられ、サイルの家でひとり惨めな思いに打ちひしがれた。同時にサイルがあまりにもいい子すぎることがわかって、もう彼女ぬきの人生なんて考えられなくなってしまった。
あれがもう一年以上も前のことになるんだから、月日の流れって恐ろしい。
結局、学制については微細な修正を命じられ再提出することになった。前ほどの痛みはなかったけど、あの議会場が本当に嫌いになって、学舎の設計に同じクラフデン様式を入れようとするクラリスさんと衝突したりしたっけ。
「お疲れ様。舞踏会なんて大げさに言ってくれちゃって」
「あ、お疲れ様です!」
回想に耽っていると、当のクラリスさんがやってきたので、慌ててグラスを合わせた。
「これだけの期間やってれば、さすがのエルフ箱入りお嬢様でも少しはマシになるってところ?」
クラリスさんはご機嫌だった。サテュロスはお酒と宴会が好きな種族らしい。
「えへへ、まだまだペーペーですよ。あ、今日はお宅を貸してくれてありがとうございます」
「まあ、子どもがクラフデンに帰っちゃって、持て余してるとこだったから」
「あ、そうだったんですね。お子さん、ご入学ですか?」
それくらいの年齢感だったのを思い出した。クラリスさんのおかげで、行ったこともないのにクラフデンの学制には詳しくなっている。
わたしの質問に、クラリスさんは首を振った。
「夫が帰国したの。住むなら異国より母国の方がいいでしょう」
「ああ、確か事業家で世界を飛び回っていらしたとか」
「そうなんだけど最近本国から呼び出されて、新しい国策事業を任されてる。結構な資金が投入されてるみたいで、大胆なことやってるみたい」
「へえ~、期待大ですね」
学校はともかく経済はよくわからなかったので、それっぽい相槌を打っておく。
そんな雑談をしていると、仕事で知り合った人に声をかけられ、挨拶をする。今日の祝賀会は、オーダイトの学校関係者が片っ端から招待されており、ほとんどその接待に費やされそうだった。
話の傍ら、そっと会場を見渡して、サイルを見つける。髪をゆったりと結って、落ち着いた色合いのワンピースに身を包んだ姿がめちゃくちゃいい。まあ、見繕ったのわたしだから当然。
彼女は教研部の子と談笑していた。アンデッドらしく無表情でいることが多いけど、話せばああして普通に笑顔を浮かべるし、流行の食べ物や物語に詳しかったりと垢抜けている。そのギャップもあって、気心の知れた教研部の人たちから慕われている。
サイルが社交的でみんなに好かれているのは嬉しいけど──わたしも少しは話したい。
心の頬を膨らませつつ、わたしも笑みを張り付けて協働先の人と握手をする。
最近、どの人と握手しても、わたしは無意識にサイルの温まった手と比較してしまう。かわいい手。普段のひんやりした手があんな化けるなんて、ずるいと思う。
なんて、あられもないことを考えていると、懐かしい声が聞こえた。
「リアちゃん」
びっくりして振り返ると、なんと、ルヴさんがいた。
「えー、ルヴさんだ!」
突然の出会いに嬉しくなって、わたしは思わず抱きついた。
ルヴさんもぎゅっと抱き返してくれて、久しぶりの温もりに包まれる。
「ねえ、どうしてルヴさんがここにいるの!」
「ふふふ、ちょっとコネがあってね。リアちゃんの様子見たくて、招待してもらっちゃった。すごいね、こんなにたくさんお友達できて」
子どもに言うみたいに頭を撫でてくるので、わたしはぶんぶんと振り払う。
「お友達じゃないよ! 一緒にお仕事してる人だから!」
「あら、そうだった。でも、すごいねえ。リアちゃん、学校作っちゃったんだ」
「そうでしょ。わたしだってお姉さま方がいなくても、ちゃんとできるんだから」
誇らしい気持ちで胸を張ると、ルヴさんはにっこり笑ってわたしの頬をむにむにしてくる。
「そうだねえ。リアちゃんは立派なエルフねぇ」
「もう! みんな見てるとこでやめてよー!」
わたしは信じられない気持ちでルヴさんの手から逃れる。
ここまでやったのに、まだ子ども扱いするの!
まあ……実際、わたしが教研部で頑張った時間なんて、ルヴさんにとっては全然大した期間じゃないのかも知れない。だとしたら、わたしの目標って果てしない気がしてきた。
そんな思いがよぎり、すんとしてしまったわたしを見てか、ルヴさんは改めてわたしに向き直った。
「大丈夫、私、ちゃーんと知ってるから。リアちゃんが頑張ってきたこと」
「……ほんと?」
「うん。学校周りのニュースは全部チェックしてきたからね。新しい学舎も見たよ。これ全部、リアちゃんが作ったんだと思ったら、泣きそうになっちゃった」
ルヴさんは目尻を擦る。そっか……ルヴさん、わたしのこと見てくれてたんだ。
「……わたしなんか、なにもしてないよ。みんな、協力してくれた人のおかげ」
見栄を張りたい気持ちもあったけど、正直な想いを言う。
すると、ルヴさんは口に手をあてて声をあげた。
「まあ、ずいぶん大人みたいなこと言うようになって」
「大人なんだってば! この前だって──」
「あの……」
わたしは肩がピクッとなった。いけない、つい前のエルフ部署にいる時の調子で喋ってしまった。
「あ、すみません、ルヴさんは私の……って、あれ、サイル」
慌てて表向き顔に戻して対応すると、そこにはおずおずとした様子のサイルがいた。
「お取り込み中すみません。リア……さんの、補佐官を勤めてます、サイルといいます」
歯がかゆくなるくらい丁寧にルヴさんへ挨拶し始める。
「あなたがサイルちゃん? あら~、お人形さんみたいにかわいいのね~!」
「ひゃ!」
ルヴさんの保護欲求が炸裂して、さっそくサイルにハグからのナデナデを浴びせ始め、わたしは愕然とした。えー、そんなに見境ないの!
「ちょ、ちょっと! いきなりなにやってるの!」
「あら、ごめんなさい……愛らしすぎてつい」
ルヴさんは硬直するサイルから名残惜しそうに離れて、なにごともなかったように言う。
「私はルヴ・メロウルっていいます。あなたのことはリアちゃんからのお手紙でよーく伺っているから、会えて嬉しい」
「えっ……お母様ですか?」
「違うよ。前の職場でお世話してくれた人」
すごくよく間違えられるので(あと手紙にサイルのことを書いているとバラされたので)、わたしはむすっと答える。そうしたら、サイルが「ああー……」と腑に落ちたような表情をしたので、ちょっと面白かった。
「リアちゃんはうっかり屋さんで甘えんぼで、すっごく意地っ張りなところもあるけど、根はいい子だから、どうかよろしくね」
「い、いえ、リアさんはいつも頼もしいです。こちらこそ、よろしくお願いします。……ええと、話の途中で抜けて来てしまったので、すみません、ここで失礼します」
サイルはぺこりとお辞儀をすると、いそいそとわたしたちのもとから離れていった。あれ、それだけ……? というか、人と話してる最中だったのに挨拶しにきたの?
あれこれ不思議に思いつつルヴさんを見ると、さっきまでのでれでれ顔はどこへいったのか、ものすごいエルフ顔(絵に描いたような美麗な顔ということ)で、サイルの背中を見送っていた。
「ど、どうしたの、すごい顔して……」
「あの子──なるほどね」
それから、わたしをやけに優しい顔で見下ろして、ふふ、と笑った。
「エルフとアンデッド、それとも、アンデッドとエルフ? どっちだと思う?」
「な、なんの話……どっちでもいいよ」
「いいえ、これはとても、とても大事な話──あら、パンドンちゃん! 久しぶりね~」
大事な話と言ったそばから、ルヴさんはパンドン行政官を見つけてパタパタと走り寄っていく。パンドン行政官も見たこともない笑顔でルヴさんを迎えるので、わたしは凄まじいショックを受けた。
知り合いだったの? というか、あれくらいのおじいちゃんを子ども扱い……。
エルフの道は気が遠くなるほど長いのだと、わたしはつくづくと思い知らされた。
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