第9話 第3節 エルフの矜持勝負

 最終的に作り上げたオーダイト学制の原案は治部に渡し、議会にかけられる。そこで承認をもらわなければ、いつまで経っても先に進めない。


 教研部内の検討会議は毎日が戦いだった。


 平たく言えば、なにを、どう教えるかを決めるものなんだけど、クラリスさん側の意見と、わたしが選び、招いた有識者の出すオーダイト側の意見が全く噛み合わず、膠着状態になってばかりだった。


 そんな繰り返しにしびれを切らしたのか、ついにクラリスさんが「こちらの提示した指針を理解してもらわなければ、クラフデンとしては今後の協力体制について再検討しなければならない」とか言い出した。


 まあ要するに、こちらの意見を通さないと顧問を辞任するぞ、という脅しだった。


 ただでさえ手探りで進めているのに、今後、クラリスさんの支援がなくなるなんて考えられない。わたしは慌てて一旦会議を解散した。


「前はオーダイトの風土に合わせた学校を建てないと意味ないとか言っていたのに」


 普段は怒られてることもあって愚痴ると、サイルは思ったよりも慎重な様子で言った。


自分の国クラフデンの流儀が通用しないから、イライラしてるんじゃない? オーダイトがここまで特殊なんて思わなかったんだよ」

「ふうん。ワガママってこと?」

「ワガママというか、クラフデンは昔、世界トップの国だったし、そのプライドかな」

「プライドかあ……そのプライドのせいで変な感じの学校に通わされるのは嫌だよね」


 学校事業が完了すれば、クラリスさんもオーダイトから身を引くはず。

 クラリスさんがいなくなった後も何十年と続く制度と考えれば、その場限りのワガママを鵜呑みにするのはよくない。


「でも、受け入れないなら出ていくって言ってるんでしょ」

「うん」


 わたしはうなずく。事業が議論段階で始まってもいないのに離脱されるのは困る。

 ただ──先進国のプライドか。


「うーん……ここは、ちょっと攻めてみようかな」


 わたしが思いついたことを話すと、サイルは目を見張った。


「本当にやるの?」

「いちかばちかね。だめだったら譲歩かな……」


 数日後、入念に打ち合わせをして臨んだ次の検討会議で、有識者の先生はオーダイト側は意見を曲げないことをクラリスさんに告げ、その動かしようもない根拠を一時間以上に渡って懇々と説明した。


 オーダイト側の態度に、クラリスさんは怒りが隠せないようだった。


「以前も言いましたよね。その条件では私たちの提言が排除されています。それでは関わった意義がありません。あなた方が考えを曲げないのなら、私たちはオーダイトから撤退するしかありません」

「これだけ説明してもわかってもらえないなら仕方ないです」


 わたしの言葉に、クラリスさんが拍子抜けた顔をした。


「え?」

「これからはわたしたちだけで進めていくしかないようですね」

「……そんなこと、できると思って?」

「できる、できないではないです。クラリスさんもご存じの通り、国内需要の高まりからやるしかない状況なんです。お陰様でオーダイト学制は粗方定まってますし、職員も優秀です。なんとかなると信じています」


 クラリスさんは角を怒らせ、がっと声を荒げた。


「あ……あんたね! 私がどれだけサポートしたと思ってるの? ここに来てお払い箱にするつもり?」

「お、お払い箱だなんて。わたしはもちろん、ずっとご一緒したいですよ。でも、辞めるって言い出したのクラリスさんですよね。だから、仕方ないです、って言うしかないんです」


 ぐ、とクラリスさんが言葉に詰まる。わたしは続けた。


「クラリスさんには今年度に引き続いて、来年度も結構な額の年棒をお渡しする予定でしたが、その予算が浮くのであれば治部も受け入れてくれると思います。ただ、今は首都に立派な家を買って、ご子息ご息女と暮らしているようですが──その支払いが滞らないか心配です」

「い、言うようになったね、リア……」


 クラリスさんは片手で顔を覆うと、議事録をつけているサイルを観念したように見る。


「議事録、今のところ書かなくていいから、こちらが妥協案を出すってことにして──」


 通った……。


 はあああ~、とわたしは息を吐いて、脱力する。

 プライドで突っ張ってくるなら、こちらも売り言葉に乗っかって突っ張るだけ。クラリスさんはこの事業の顧問として、治部から相当の給金をもらっていたから、その根っこを掴めばなんとかなると思った。


 結局、辞めるというのは脅しだったみたいで、クラリスさんはあっさり折れてくれたし、後で「リアのことを試したかっただけ」と謝罪もしに来てくれた。


「まあ、あなたもペーペーではなくなったかな。でも、一度会議を畳んじゃったあたり、その辺の娘っ子ってとこね」

「ええー、クラリスさん、手厳しい」

「今回は少し熱くなっちゃったけど、私たちは敵じゃない。同じ目標を持つ協働者なの。そのことを忘れないでね」


 そう言ってわたしの肩をポンポン叩き、去っていった。


「……リアに負けたのに偉そう」


 サイルが目をつんと細めてその背中を見送る。大人しく控えめな子と思いきや、結構言うことは言う方だって最近わかってきた。わたしに心を許してくれたみたいで嬉しい。


「まあまあ。クラリスさんも言った通り、わたしたちは敵じゃない。クラリスさんなりにいろいろ考えてくれてるんだよ」

「……大人だね、リア」

「え、本当? えへへ、大人かな?」

「言葉の綾だよ」

「なに、どういう意味?」


 サイルは答えてくれなかったけど、今まで教師役だったクラリスさんを自分の意見で突破できたことは、大きな手ごたえを感じた。


 わたし、やっていける!


 ついにわたしは、わたし自身の成長を実感した──んだけど。

 その自信があっという間に崩れ去ることになるなんて、全然思いもしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る