第9話 第1節 エルフの長い後ろ髪

 働けば働くほど、わたしがこの仕事を選んだ動機が不純に思えてきてしまっていたから、意を決してサイルに打ち明け、ちゃんと受け止めてもらえたことは、ひとつの転換点になった。


 わたしの気持ちが軽くなったし、サイルの態度も砕けてきたような気がする。ちゃんと同年代として相応になったというか、今までこちらを見上げるような喋り方だったのが、ようやく同じ目線の高さになったというか。


「リア、はやく。列車遅れるよ」

「ちょ、ちょっと待って!」


 こんな感じ。なんか……妹っぽくなったのかな。

 それでも仕事では嫌味ひとつ言わないのは相変わらず。むしろ、わたしのミスを先回りして潰してくれるようになった。

 おかげで失敗手帳は一冊めに余白を残したまま、七か月の調査期間を終えることができた(わたしが成長できているのかはわからないけど)。


 お世話になった拠点の宿を引き払って、駅へ向かう。今回はばっちり切符を持っている。

 わたしとサイルは並んで座り、ふふ、と笑みを交わした。期間中、首都は何度も往復していたけど、やっぱり列車での移動はまだわくわくできる。

 ごとごと揺れる座席に身を預け、窓の外を見て「あれなんだろう」とか想像巡らせたり、首都に着いてからなに食べようとか話した。


 首都に着いた頃は日が暮れていた。わたしたちはお店に入って夕飯を食べる。


「はあ~、なんだかんだ調査楽しかったなぁ。いろんな場所にいって、いろんな人と話して」

「まあ、代わりに来週からは超地道な事務作業だよ」

「うう、思い出させないで……」


 頭を抱えるわたしにサイルはくすくす笑う。その様子は妹というより姉っぽくて、この人はわたしのなんなんだろうと不思議な感じがした。一応、上司と部下……なんだけど、それ以上でありながら、友達という雰囲気でもない。


「──それじゃあ、私、こっちだから」


 食事が済み、お店を出てしばらく行くと、サイルがそう言って手を振った。

 なんで? とぽかんとしてしまったけど、もう首都に戻って来たから、一緒の部屋じゃないことに気が付く。


「あ、そっか」


 半年以上も一緒に寝起きしてたのに、突然、ひとりきりになるんだ。

 そう思うと、わたしは急に寂しくなってきてしまった。


「えー、サイル、うち来ないー……?」


 耐えきれず漏らしてしまうと、サイルはじっとわたしの顔を見て、試すように言う。


「リア、そんな子どもっぽいこと言っていいの?」

「なっ」


 挑発的なサイルの台詞に、わたしははっとなる。そうだった。サイル相手だとつい緩んじゃう。こんなところ、お姉さま方に見られたら「あらリアちゃんは甘えたいざかりなのね」って笑われる。


「ご、ごめんごめん、いまのなし……じゃあ、またねサイル」

「うん。またね」


 サイルはにこっと笑うと、手を振って去っていった。

 久しぶりに歩くひとりの帰り路は心細くて、何度も振り返ってしまった。前はこんなことなかったのに。サイルと一緒にいるのが心地よすぎて、こんなわたしになってしまった。


 ダメダメ、一人前になるんでしょ。ひとりでいるくらい、平気でいなきゃ。


 ……そういえば、さっきのサイルはちょっとお母さんっぽさあったかも。


 まあ、わたしにお母さんはいないので、イメージでしかないけど。

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