第8話 第1節 アンデッドの調査訪問
「学校、ねえ……」
四十代くらいの人間の先生は机に頬杖をつきながら、窓の外を見た。
私もそちらに目を向けると、リアがたくさんの子どもに追われてはしゃいでいる。彼女の長い髪がふわふわ躍って、陽にきらりと輝いていた。
「あんまりうまくいかないと思いますよ」
今日の調査協力先「ステラ・テーブル」主催のその人は、静かに言う。「ステラ・テーブル」はその街で有数の教育施設だった。
「どうしてそう思われるのですか」
視線を戻して私が訊ねると、先生は姿勢を正して私と向かい合う。
「学校というのは、要するに一定の年齢の子たちを通わせるわけでしょう。例えば、六歳から十五歳の子とかを、一年生、二年生と割り振っていく」
「はい」
「きっと多数派の人間に合わせた設定になるでしょう。しかし、オーダイトはたくさんの種族がいる。子どもの成熟の度合いというのは種族で違います。獣人ひとつとっても様々です。例えば犬種なら、三歳で人間の十歳程度の知能は持ちますし、逆に、象種は十歳で人間の五歳程度です。まあ、私の経験上の勘定ですけどね」
「なるほど……」
私は興味深く、その意見を書き写しながら、私自身を当てはめて考えてみる。
アンデッドは成長も変化もしない。六歳の私も、二十八歳の今と、知能や背格好は一緒だった。仮に六歳の私が学校に通ったとして、大人の容姿をして子どもに混じり、初等教育から受けるなんて、かなり無理があると思う。
まあ、幸いというか、アンデッドは私の世代が一番若い。今後事故がない限り、アンデッドが学校に通うことはないんだけど、この先生が言うのはそういうことだった。
「問題は知能だけではありません。精神的な成熟というものもある」
「精神的な?」
「成績がよくても子どもっぽかったり、逆に成績が悪くとも聞き分けが良いという子もいます。落ち着きの度合い、というのですかね。この精神的な成熟期間も種族によってまちまちです。例えば、そうですね……」
そこで言葉を切って、先生はちらりと窓を見た。外ではリアが子どもたちと話して、明るい笑い声をあげている。
「これは知り合いに聞いた話ですが、エルフなどの長命種はその傾向が顕著らしいですね」
「そうなんですか?」
思わず私は身を乗り出す。リアに対する、ちょっとプライベートな興味も混じっていた。
「ええ。エルフは長命で聡明な種族ですが、その分、精神的な成熟には時間がかかるそうです。私は教えたことがないのでなんともですが……五十歳になってようやく、人間でいう十八歳くらいの落ち着きが出るんだとか」
そんなに。私はエルフという種族の過ごす、時の遠大さに言葉を失った。
「……想像もつきませんね」
「ええ、まったく。私は四十過ぎですが、十八だった頃の心なんかとうに忘れました」
先生は小さく笑ってから、真面目な顔つきになって言う。
「要するに、それだけ違う種族がいる中で、ひとつの基準で一緒くたに教えていいものかと思ってるんですよ。同じ一年生の中で、いろんな段階の子がいて、画一的に教えるなんてとてもできない。教育ということであれば、うちのやり方で十分だ」
私はさっき見せてもらった「ステラ・テーブル」の授業風景を思い出す。
その名の通り、星のように並べられた背丈の低いテーブルに、子どもたちが思い思いに座ってテキストを広げ、先生が数人見回って、つどつど指導したり、質問に答えたりしている。
学習内容は決まっていて、全て修めてテストに合格すれば「卒業」になる。ただ、決められた期間というものはなくって、何度でも同じことを勉強しなおせるし、テストも何度だって受けられる。例えば八歳までには必ずこの分野を習得する、という決まりもない。
みんな自分に合ったペースで勉強できるし、周りと違うのが当たり前だから、自分の背が隣の子より小さくても、高くても、全然気にならない。
この形態は、きっと長く運営してくる中で洗練されてきたものなのだと思う。積極的な改善は人間の得意とするところだった。
「『ステラ・テーブル』の仕組みは素晴らしいと思います。ただ……」
私は別の意見を引き出すために、個人的な考えをぶつけてみる。
「同じようなことを他の地域でやるのは難しいと思います。オーダイト全域で考えた時、学習機会は公平とは言えません。学校があれば、どこに生まれても、同じことを学べる機会が無償で得られます」
先生はじろりと私を見据えて答えた。
「他の地域では難しい、というのはよくわからない。必要なら、どうにか工夫してできるはずです。あと、無償というのはいただけませんね。本来、知識や技術は、持たぬ者が持つ者に乞い、買ってでも手に入れるものなのに、タダでほいほい教えるなんてよくない」
「……そうですね。貴重な意見をありがとうございました」
これ以上、有益な意見はなさそうだったので、私は適当に話を切り上げた。
学び場の方に戻ると、隅っこの方でぽつんとひとり、男の子が黙々と鉛筆を動かしていた。そっと後ろから窺うと、文字の書き取り練習をしている。
「頑張ってるね。外で遊ばないの」
その子はちら、と私を見上げると、むっつりと机に向き直る。
「遊ばない」
「どうして?」
「誰も知らないから」
「知らないって……お友達は?」
「いないよ! みんな卒業した! 残ってるのはおれだけ!」
男の子はパンと鉛筆を叩きつけると、立ち上がって、どこかへ行ってしまった。
……そっか。そういうこともあるんだ。
私は肩を落とす。実態は知れたけど、あの子を傷つけてしまった。やっぱり向いてない。
暗澹とした気持ちでリアと合流すると、私たちは「ステラ・テーブル」を後にした。
「みんなー! ばいばーい!」
リアは門前で別れを惜しむ子どもたちが視界からなくなるまで手を振っていた。
「……大人気だね」
「えへへ、みんないい子だよ。お話もいっぱい聞けたし……あ、先生のお話聞いてくれてありがとうね!」
仕事終わりとは思えない、あどけなく頬の緩んだ横顔を見て、本当に子どもが好きなんだと感じる。
「ううん。私は大人相手の方が楽だから……ねえ、リアがこの仕事を希望したのはやっぱり、子どもたちのためを思って?」
訊ねると、リアは目をまん丸に見開いて、私を見た。
「え? いきなりどうしたの?」
「……今日の先生は『教えてやってる』って態度が強くて。でも、リアの関心は子どもたちの方に向いている気がしたから」
「そ……そうかな」
「違うの?」
リアは静かになる。考え込むように真面目な顔をして、その憂いを帯びたような表情が美しい。
引き込まれそうになって、慌てて気を持ち直す。いけない。
調査の初日、別の列車で行って合流した時、リアに抱きしめられてからというもの、どうしても意識してしまう。
私の硬い身体を包み込む、柔らかくしなやかな輪郭──。
ハグなんて、リアにとってはありふれたことなのだろうけど、私は初めてだった。
あの時の、言葉で言い表せないくらいぐちゃぐちゃな感情と、体温を通じて感じられるリアの存在感がずっと忘れられなくて。
また、もう一度、抱きしめてほしい。
なんて──思ってしまう。
「……あのさ、話すの、後で、心の準備してからでいい?」
やがて、リアが言った。
私ははっとして、はしたない感情を意識からおしのける。
「別に、話しにくいなら、話さなくても……」
「ううん。話したい。サイルには知っててほしいから」
「……わかった」
力強さの裏側に不安の滲むような潤んだ瞳で見つめられ、私はどきまぎしてしまう。
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