第7話 第1節 エルフと憂鬱の景色

 ……ああ、もう。わたしってなんてダメなんだろう。

 ごとごとと揺れる列車のボックス席に座って、わたしは憂鬱な気持ちで窓の外で流れる景色を見ていた。


 わたしが学校事業に着任して、あっという間に三か月が過ぎた。だけど、体感まだ三日くらいしか経ってないような気がする。とにかくやることが多すぎて、目を回しているうちに日が暮れている。お天道様どうして……と心の中で叫ぶ日々。


 まあ、頑張っている甲斐もあって仕事は順調だった。集まった職員さんたちはみんな優秀だ。

 ただ、どこか指示待ちなところがあって、ちょくちょく確認しにいかないと、することないです、みたいな顔でいる時がある。だから、わたしが動かないといけない。


 つくづくお役人気質だなあ、と思っていたけど、クラリスさんに言わせれば、外国のお役人気質は全然こんなのじゃないらしい。世襲の貴族たちが強い役職の座を巡って、権謀術数ドロドロの蹴落とし・蹴落とされの世界だと。


 どうしてそこまで……と、呆れてしまうけど、それに比べればうちは全然マシなの? と思ったりする。


 そんな中でもサイルはすごくよく動いてくれる。


「クラリスさんの講義、資料として残しておいた方がいいよね。私が記録しとくよ」

「仮だけど、人員の割り振り案作っておいたから、確認しておいて」

「教研発足の歓迎会、いくつか場所の候補見つけておいたけど、どこがいいかな」


 わたしは、サイルを見つけた過去のわたしに拍手を送りたい。そして、わたしとサイルを引き合わせてくれた神さまに感謝を伝えたい。

 そう思っていたけど──同時にそのできっぷりは、わたしの甘さを暴き立てることになる。


「先方に送る資料、これ、山岳地域と群島地域ので中身入れ替わってない?」

「この決裁書だけど、体裁間違ってるから書き直しかな……」

「リア、ノストレムさんに調査協力先のリスト渡したみたいだけど、あれって返事待ちで確定じゃないよね」


「ご、ごめんなさいーーーー!」


 実務経験のなさがもろに出て、わたしはあらゆるミスをしまくってしまっていた。


 サイルは嫌味なく、淡々と指摘してくれるけど、そんな淡々としていられるのがおかしいくらいの頻度だから、内心不満を持っていておかしくないと思っていた。


 そして、ついに──今日は彼女の本心を見てしまった気がする。


 首都に残ったわたしとサイルは、そのまま首都近郊の調査を担当することになっていた。調査は全部任せてよかったけど、やっぱり私も現場を見てみたい! と希望して、あれこれ調整した結果だ。


 職員さんたちを各地に送り出し、わたしたちも出発の日を迎える。

 まあ、治部とのやり取りで首都と往復することにはなるんだけど、わたしは旅行に行くようなうきうきした気持ちでいた。

 だって、しばらくサイルとふたりきりだもの!


 わたしはすっかりサイルのことを信頼していたし、好きになっていた。この水入らずの機会にサイルのことをもっと知りたい。あと、普段から迷惑かけてるお詫びも兼ねて、おいしいものごちそうしてあげよう。


 あれこれ想像を膨らませつつ、駅前でサイルと合流する。サイルは紺色ベースのシックな旅装に身を包んでいて、色の薄い彼女にとても似合っていた。


「えー、すごい、服いいね。かわいい~」

「あ、ありがとう。リアも似合ってる」


 サイルもわたしの着ていたベージュの外套の端をちょんと持って言った。その仕草が愛らしくて、心がぽかぽかする。

 そんな出会ってすぐのやり取りが、わたしのテンションのピークだった。


「そういえば列車の切符ってリアが持ってたよね」

「……あれ?」


 言われてはっと、カバンの中をまさぐる。

 そういえば、サイルが確保してくれたものを、なにか役割を持ちたいがために「わたしが預かるね」と率先して受け取ったんだっけ。

 で、わたしはそれを仕事用の鞄に入れて持って帰り、今日持ってきているのは旅行用の鞄──他の仕事に必要なものは移したけど、切符を移動した記憶はなくて……。


「……ない」


 後には予定が詰まっていて、取りに戻る時間はなかった。


 サイルがすぐに駅舎に駆け込んで、余りがないか問い合わせてくれた。


「一応、二枚は切符取れたけど、これから出るのはほとんど満席近いみたいで、別々の列車になっちゃった」

「ご、ごめんなさいー! だ、代金は全部わたしが払うから……」

「いいよ。自分のは自分で持つから」


 いつものように淡々と言って一枚渡してくれる。こんな時にもポカする自分が情けなくて「ごめんね……」と、わたしは両手でしずしずと受け取った。

 サイルは手に残った一枚の切符を見つめながら、ぽつりと言った。


「……まあ、仕方ないね」


 それは普段聞かないような低い声で、わたしはびっくりして息が止まりそうになった。


 あ、呆れられてる……!


 いや、もちろんそうだろうな、とは思ってたけど、いざ直面したらショックが大きくて、わたしはなにも言えなくなってしまった。頭がざわざわと騒がしくなって、動悸が早まる。じわ、と目元が熱くなる……あれ、泣きそうになってる? 嘘でしょ!


 泣くのだけはありえない。ホームに立ったわたしは線路を必死に見つめて虚勢を張った。わたしは大人のエルフなんだ。どんな時でもきりっとしなくちゃ。


 列車が来て、お客さんがぞろぞろ出てくる。下りに切り替わるのを待って、乗り込もうとしたら「あっ」と声がかかる。


「着いたら、待っててね」


 わたしは驚いて振り向いた。サイルはわたしを見送るように立っている。


「あ、お、お先に、ごめんなさいっ!」


 うわ、そうだよ、なに考えてるの……切符忘れたくせに、断りもせず先の列車に乗ろうとしている。わたしは自分の行動が信じられなかった。

 列車が動き出す。小さく手を振るサイルが見えなくなるまで腕を振った後、そのままずーんとした気持ちで外を眺めていた。

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