第6話 第2節 アンデッドの仕事観

 初めの数週間は学校制度についての研修に費やされた。

 この教鞭を取るのがクラリスさんで、外国の教育事情を解説してくれる。


 無償の義務教育と、専門性を伸ばす高等教育、教師を育てるための師範教育。これを全域で統一された教育基準に則って行うという。子どもが大人になるまでの期間、ほとんどに寄り添うわけだから、それは十数年の時間がかかるのもうなずける。


 ひとつ驚いたことがあって、この研修は講座として一般市民にも開かれていたけど、これに想像以上の聴取希望があった。おかげで急いで会場を広めの講堂に移すことになった。


 世間的に教育には関心が高いらしい。まあ、だからこそ、クラリスさんはオーダイトに目をつけ、外国人顧問としてこの事業を売り込んできたのだと思う。


 そうして研修が済んで、学校に通ったことのない私にも具体的なイメージが湧くようになった頃、いよいよことが動き出す。


「──まずは学校敷設の一歩として、各地域に調査官を派遣し、それぞれのコミュニティが行っている教育実態について調査を行います」


 クラリスさんは言う。その日は講座ではなく、事業としての方針説明の場だった。聞いているのも教研部の職員たちだけ。

 私は後の資料化のために一字一句を速写している。クラリスさんは早口なので大変だった。


「首都だけでも届け出があるだけで千近くの私塾があり、何をどう教えているのか把握できていない。オーダイト島嶼全体となると混沌カオスです。まずは一年くらいかけてこれを整理しなければ、子どもたちになにをどう教えていくか、目鼻をつけることはできません」


 クラリスさんは、自身の出身であるクラフデンの教育綱要を、他の地域にそのまま適用してもうまくいかない、と話す。その国の特質にそぐわない学校を置いても、日常に馴染まない。


 例えば、何学期制にするか、春始まりか、秋始まりか、長期休みをいつどれくらいとるか、という基本的なことも、各地の文化的・習慣的な背景にる。なんでも「満開の花が入学・卒業に似合うから」という理由で春始まりの国もあるとか。

 じゃあ、オーダイト島嶼だとどうなるか。それに答える材料を誰も持っていない。


 基本的な情報として、世界から見たオーダイトは人口三百万人の超多種族国。内訳は最多の人間(どこもそうだけど)のほか、百種近くの種族が暮らす。主要産業は貿易と銀行業、それと薬品、薬剤などの独自工業品で、経済指数は世界六位と上位。


 クラリスさん曰く、オーダイトの謎の強さは呆れるほどの治安のよさから来るという。


「今、世界中の金持ちはどこにお金を置くか迷ってる。下手な国におけば価値が下がったり、経済破綻で紙切れになったりするから、できるだけ安全な場所に置きたい。それでここ数百年、小競り合いすら起こったことのないオーダイト島嶼が安地だって、モノやカネが集まってくる」


 いろんな国の貴重品が集まっているから、よその国も手を出しづらく口も出しにくい。だから、オーダイト島嶼の人たちはゆるやかな連帯のもと、政府いらずで暮らしている。

 クラリスさんはそれが特殊すぎると力説するも、私はあまりピンとこない。


 まあ、実感はともかくとして、入念な調査が要るのは間違いない。

 集って間もないけど、これから職員たちを何班かに分け、調査官として各地に派遣し、教育実態を調べてもらう。私が合流してからの二か月、採用と研修の裏で、リアと私がその手筈を進めていたのを、各々担当者が引き継いでいく流れだった。


 オーダイト島嶼は「首都近郊」「平地」「山岳」「森」「海浜」「群島」「埋立地」と土地の特徴で地域が分かれていて、それぞれ二、三人で調査を担当する。

 首都を発つ前に地理や気候、種族割合や風習など、情報を集められるだけ集め、クラリスさんを交えて方針をすり合わせてから現地に向かう。その準備期間は一ヶ月。


 とにかくやることが多すぎて、別のアンデッドの手も借りたいくらいだった。


「ねえ、サイル、ちょっと聞いていい?」


 クラリスさんの講演資料をまとめていると、問い合わせが来る。

 見ると、リアだった。彼女の肩越しにこちらを窺う職員の顔が見える。


「うん、なに?」

「あのさ、海浜地方行くのってもしかして船の方が安くて近い?」


 それはそうだ。私はずっと前に覚えた交通機関図を思い出し、オーダイトの地図を宙にざっくり示して、ルートを指でなぞってみせる。


「ここが首都だとしたら、船だとこう、で行けるけど、列車だと、こーーーーーうになっちゃう」

「わー、全然距離が違う! あの、もうわたし、列車の切符取っちゃってて……変更ってできないかな……」

「わかった。私が後で処理しておくよ」

「うう、この忙しい時にごめんねー!」


 リアは両手を合わせると戻っていく。職員に言われて気づいたのかな。まあ、そういうこともある。


 ……なんか、ちょっと多めの気がするけど。私はざっくり思い返してみる。


「ねえ、この予算申請書類戻されちゃったんだけど、なんでだかわかる……?」

「サイル! 平地地方に派遣する人に勘違いしてた! どうしよう!」

「あの、もしかして、行政官宛ての報告書の〆日って、昨日?」


 どれだけ激務なんだろう、と心配しつつ、リアの様子を見ている限り、追い詰められている印象はない。今も笑顔で話しているし。


 だとすると、エルフの特性? 環境の維持が得意な種族にとって、なにか新しいことを準備するのは苦手なのかも知れない。


 学校敷設は長い時間がかかる事業で、責任者は変わらない方が都合がいい。長命というだけで今の立場に割り当てられてしまったのなら、ハズレくじもいいところだと思う。


 それでもリアは職場を駆けまわって、職員とよくコミュニケーションを取っているし、職員もすっかりリアを上司として受け入れていて、雰囲気は明るいと思う。


 仮に私が苦手な仕事をする部署に入れられたとして、同じことはできない。懸命に頑張っているリアの姿が、私にはとても眩しく見える。華のある笑顔に、弾むような声、宝石を散りばめたみたいにきらめく金の髪──。


 いけない。つい、リアが綺麗すぎて、見とれてしまう。


 私は手元の仕事に意識を戻した。

 得意不得意がはっきりしているなら、リアの苦手な部分は私が支えればいい。それが仕事というものだから。

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