第4話 第1節 アンデッドと採否通知

 ……綺麗な人。


 私は首都の宿で寝床に横たわり、呆然と時を送りながら、面接をしてくれたエルフの美しい相貌を思い出していた。


 まばゆく流れる金の長い髪に、自信に満ちた顔つき、余裕のある話しぶり──そのオーラを前にすると、私の頼りなさが際立つようで、受け答えもどんどん卑屈になってしまった。


 ”そういうものと縁がない種族”と言ってしまうなんて。


 仕事を探す時、影を匂わすなんて一番ダメだ。ただでさえ、アンデッドなんて面倒くさい身の上なんだから、その印象を覆すような、意外と気さくで、温和で、職場にいても雰囲気を壊さないような人物なんだと思わせなくてはいけない。


「絶対に落ちた……」


 私は呟く。結果はわかりきっているはずなのに、知る時が来るのがどうしてか怖くて、全く眠れない。眠れなくても問題はないけど、時間が長く感じて嫌だった。


 別に不採用は珍しいことじゃないのに、今回はこと辛い。首都に出向くのに旅代がかさんでいるというのに、この不出来で、しかも、気分を切り替えて観光しようという気も起きず、寝床で硬直するしかないのも情けなくて、嫌悪感がじくじく溜まっていく。


 そして、なにより一番心に来ているのは──あの可憐で美しいエルフの人に、私の中の暗いところを晒してしまったことだった。

 リアさん、だっけ。あの人に、一体、私はどんな風に思われたんだろう。


「……消えたい」


 私は枕を強く抱きしめる。今すぐ首都近郊の港湾区へ行って海に飛び込み、藻屑となってしまいたかった。


 なんて、どうしようもない気持ちに浸っていた時。


「サイルさーん?」


 ノックと共に、ドアの向こうから声がした。宿のおかみさんだった。


「は、はい」


 私は身を起こすと、急いでドアを開いた。ドワーフのおかみさんが、わたしを見上げて言う。


「あ、サイルさん、ガッコーどうのこうのって、来てるよ」

「学校制度研究事業部ですね」

「んー、それかも」


 目をぱちぱちするおかみさんを見て、確かに仰々しい部署名だと思った。オーダイト治部は仰々しくすることを仕事だと思っているという冗句は、的を射ているかも知れない。


 そんなことより──私は息を呑む。

 選考の結果が出たのだ。どうせ無理だろうと受け入れるつもりだけど、まだ確定していない分、どうあっても緊張してしまう。


 と、私はおかみさんがなにも持っていないことに気が付いた。


「あれ、書簡では?」


 採否に関わらず、通知は書面で来るはずだった。

 わたしの問いに、「ああ、いやいや」おかみさんは手をぱたぱたと振る。


「郵便じゃなくてね、ひと」

「ひと?」


 初め、本当になんのことか全然わからなかった。

 困惑しているうちに、ぱたぱたと足音が聞こえ、廊下が明るくなった。

 いや、明るくなったんじゃなくて。


「サイルさん!」


 その人が──リア・メロウル教育担当官ご本人が現れた。


「サイル・エイトシーさん!」


 彼女はやけに上気した顔で迫ってくると、腕を伸ばして私の手を取った。

 細く、熱い指に、私の指がきゅっと包まれる。

 そうして琥珀色の真剣な眼差しで私を見据えると、真に迫った声で言った。


「わたし、あなたと働きたい!」

「……えっ」


 私か、世界か、どちらかがどうかしちゃったのかと思った。

 だって──だってじゃん。

 突然、こんな……きらきら眩しい人が飛んできて、私の手を取るなんて。

 はしたない妄想みたいな現実が、あるわけなくって。

 私は多分、初めて自分がアンデッドでよかったと思った。人間だったら体温が急激に上がって、倒れてしまっていたかも知れない。


「ほ、本当に? 相手、間違えてないですか……」


 震えを抑えながら訊き返す。指先の温度が上がってきて、よくない。でも、振り払うわけにもいかない。

 うろたえる私を置いて、彼女は息もかかるような距離まで顔を近づけ、告げる。


「ううん。アンデッドのサイルさん。わたし、あなたに決めました」

「どうして……」

「わたしたち、似てるから」

「に、似てる?」


 嘘だ。どこからどう見ても、正反対なのに。

 私は全然信じられず、ただただ動揺する。

 けれど、彼女は力強く、私の心を引き寄せるように言う。


「この仕事を通して、すっごく長い時間を生きるための、居場所を見つけようとしてる。そうでしょう?」


 この先の、長い時間を生きるための……。

 喉元でつかえていたものが、すとんと落ちていく。


 そう、私は──私が長い間、いてもいいところが欲しかった。


 そのかすかな願いを聞き届けて、彼女は私を見つけてくれた。こうして駆けつけてくれた。

 このチャンスを逃したら、もう、次は永遠にないかも知れない。


「わ……わかりました」


 私は温まりつつある指先に力を込めながら、しっかりと答えた。


「まだ世に出て二十八年の若輩ですが……どうか、何卒よろしくお願いいたします」

「え? 二十八?」


 と、なぜか彼女の目が大きな点になった。


「は、はい……不死帳アンデッド・ブックに記載された日を起算して、二十八年です」


 そこには引っかかるんだ……と思いつつ、注釈する。

 アンデッドとは蘇った死者のことを言い、「不死帳」という名簿に登録されることで、他の生者と同じ権利を得られる。普通はその記載期間を年齢とみなすので、応募書類にはそう書いたはずなんだけど。


「あ、そ、そっか。うん、よろしくね!」


 彼女は言いながら腕を下ろした。ちょうど握手する形になる。

 最後の反応が気になったけど、仕事を得られた安堵と、彼女と働けること、また一緒に働きたいと期待をかけてくれたことへの高揚で、あっという間にどうでもよくなってしまった。

 こんなテンションが上がるなんて、アンデッドのイメージらしからぬと自覚しているけど、そうなってしまうんだから仕方がない。


「それじゃあ、さっそくだけど今から庁舎来れる?」

「え?」


 しかし、その興奮も彼女の一言で一気にすっ飛んだ。


「あ、庁舎っていってもまだ治部に間借りしてるだけなんだけど、本当に今、すごい立て込んでて、はやく手を借りたくって」


 ああ、だから、教育担当官が直々に採用者のとこにすっ飛んできたんだ──。

 なんて納得はできたけど、私にとっては寝耳に水過ぎて。


「い、今からは厳しいです! 時間をください!」


 よく考えたら今の私、寝間着姿だし!

 こんな格好で会ってたなんて、本当に恥ずかしくてチーズになりそう……。


「わかった! そうしたら面接した建物覚えてるよね! 準備ができ次第、そこに来て! 待ってるね!」


 そう言い残すと、彼女は颯爽と背を向けて去っていった。一気にその場に静寂が戻ってくる……と思ったら、ずっとその場にいたおかみさんが、目を丸くしていた。


「まー、エルフのお役人、べっぴんだけど忙しない」


 そうして、私を見上げてにっと笑った。


「それはそうと、仕事、採用されたんだね? おめでとう。今晩はごちそうね」

「あ……ありがとうございます」


 私は胸がいっぱいになって、お礼を言った。

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