第3話 第2節 エルフ、初めての人事

「す、すみません……ありがとうございます」


 とりあえず、わたしは謝るところから始めた。

 すると、クラリスさんはあはは、と明るく笑って手を振る。


「ううん、あんまりにも段取りがなってなくて、びっくりしちゃった。オーダイトって政府が機能してないって聞いてたけど、ここまでグダグダなんてね」

「まあ、オーダイトにはあんまり必要ない組織ですからね……」

「こんなので国として成立してるのが信じられない。しかも、経済的に割と潤ってるし」


 正確には国という意識もないんだけど、クラリスさんみたいな外国人にはその価値観が受け入れられないらしい。


「まあ、いいや……それで、候補者、何人だっけ? 足切りしたんだよね?」

「書類で絞って、百十三人です」

「多いなあ。そりゃ面接に二週間もかかるよ。ここから一気に決めるなんて無理だから、書類と印象違った人は落とすなりして、もっと絞って。それで、残った人は三次選考ってことでもう一度面接して、深堀りしていく」

「あ、なるほど、そんな手が」

「というか、普通はそうなの。いっぺんに決めたりしないの」


 クラリスさんは呆れたように言う。

 そうなんだ……わたしは萎縮してしまった。


「というか、それまで学制事業に携わるのってあなただけなの?」

「い、一応、パンドン行政官がこの事業の総括ですが」

「ええ? 総括はあなたでしょ。行政官は政府との橋渡し役だから、事業自体に関わることはない。そんなこともわかってないの?」

「す、すみません……」


 クラリスさんは「はあ」とため息を吐いた。


「あなた、私が口出しするまで石像みたいになってたし……さしずめエルフってだけで選ばれた、ろくに経験もないぺーぺーな若娘ってところか」

「すっごくバレてる!」


 思わず両手で口を覆うと、クラリスさんに、やれやれ、という顔で首を振られた。


「実際、いくつなの?」

「三十二です……」

「ええ? 百はいってると思ったのに……大した詐称ぶり、片田舎のハリボテ政府らしい人事ね。お雇い外国人の私が、この国の子どものおしめを全部替えてくれるもんだと思ってる」


 細い指先でカリカリ角を掻く。わたしの身体はぷるぷる震えだした。

 どうしよう。クラリスさん、底が知れなくて怖い。初めて会うタイプの人だった。もしかして、先進国にはこんな人ばっかりいるの……?


「わ、わたし、ど、どうしたらいいでしょう……」

「あいにく私も暇じゃなくて。この国の学校はあなたに任せたいんだけど」

「うぅ……でも、自信ありません……」


 本音を打ち明けてしまう。情けなくて泣きそうになる。こんなの思っていたのとあんまりにも違う。

 クラリスさんは「ふぅん」とまた角をカリカリした。


「ならまず、候補者の中から補佐役だけ採って置いちゃえば」

「補佐……確かにすごくいて欲しいですけど、まずはひとりだけ採るって、そんなことしていいんですか?」

「ここのボスはあなたでしょ? 運用も人事も、あなたがなんでも決めればいいの」


 何気ない物言いだったけど、わたしはハッとする。

 わたしが決めなくちゃいけないと思い込んでいたけど、考え方を変えれば、わたしがなんでも好きなようにできる、っていうことでもあるんだ。


 それなら……。


 わたしは候補者のリストに目を落とす。ひとり、気になっている人がいた。

 彼女との面接は一番印象に残っている。

 すらりとした立ち姿。雪みたいに白い髪と肌、深い藍色の瞳。幽遠な微笑。

 彼女は自分がアンデッドだと語り、わたしは衝撃を受けた。


 わたしの中でアンデッドは、部屋の隅っこで何日も同じ単純作業を繰り返している虚ろなイメージがあったので、人間だと言われてもわからないような風采のアンデッドがいるなんて。


 そして、なにより──彼女はわたしと同い年だった。


 若い長命種は本当に珍しい。同じエルフですら同年代と会ったことがないのに、ましてや別種族なんて奇跡的なことだった。


 そんな彼女は言った。


「私は、こんな種族ですので、短い足場を乗り継ぐみたいに、細々とした仕事を転々としてきました」


 わたしの頭の中に、静かな水面に浮いた木の板の上をひらひら渡ってゆく彼女の姿が浮かんでいた。


「ですが今回の募集を見て、しばらくの間、落ち着ける仕事だと思い、応募しました」

「そう、なんですね。では、オーダイトに学校を作ることに関してはどうお考えですか」


 わたしが次の質問を投げると、彼女は一度視線落とし、それからわたしを真っ直ぐに見据えて言った。


「学校自体は他国の小説などに出てくるので、仕組みは理解していますし、知識を教え、次の世代に伝えていくという営みに、とても、惹かれるものを感じます……私は、そういうものとは縁のない種族ですので」


 諦めの滲むような口ぶりで、それでも前向きなことを口にする。わたしなんかとは大違いの切実な理由に、心が震えたのをよく覚えている。


 その儚いような表情が今、頭の中、蘇って──パチッと弾けた。


 この人だ。


「この人にします」


 わたしはリストの中、彼女の名前を指して、クラリスさんに言った。

 クラリスさんは小さく息を吐く。


「あのね、私に言われても──」

「はい、わかってますよ! わたしの判断で決めました! なので、すぐ行きます!」

「行きますって……え、ちょっと」


 わたしは席を立つと一目散に部屋を出た。

 彼女はしばらく首都に逗留するらしい。宿も教えてもらっている。

 賑わう首都の往来を往く。最初は早歩きだったのが、そのうちに速足になって、気づいたら半分駆けていた。


「サイルさん──」


 今、わたしは彼女と働きたいと強く思っていた。

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