第3話 第1節 エルフとねじれた角
「むむ……」
オーダイト首都。いかめしい古風な内装の会議室で、わたしは唸っていた。
「さて、どうしますかな、教育担当官」
向かいからパンドン行政官が窺うような視線を投げかけてきている。いかにも苦労してきたような風貌の人間のおじいちゃんで、わたしの眉間に寄ったシワの数倍濃いシワを顔いっぱいにたくわえている。この人はわたしの実質的な上官だった。
他に、役人! という見た目の人たちが並んで、わたしを見つめている。みんな、明らかにわたしよりも長く生きているのに、こぞってわたしの決断を待っていた。そのプレッシャーがわたしを追い込んでいく。
ど、どうしてこんなことになってるの……。
誕生日に無理を通し、学校敷設の案件に無事任命されたわたしは、なぜか、今回の件の責任者である教育担当官に任じられてしまった。
担当官!
わたしがやりたいと駄々をこねた案件は「学校敷設事業の〈責任者〉募集」だったらしい。
つまり、このわたしが主導して、このオーダイト島嶼に学校を作る、ということだ。
わたしは言葉を失った。これは経験豊富な人向けの求人だ。だから、お姉さま方はあんなに必死になって止めてきたんだ。
うう、逆、逆も逆、豊富な経験を積むために、ここまで来たのに! ていうか、年齢書類に書いたよね? この見た目で経験豊かに見えますか? わたしが最近までお子ちゃま扱いされてた、大若者なのわかってるでしょ? だから、辞退します!
……とは言えなかった。もう、ここはエルフのお姉さま方が無限に肯定してくれる場所ではない。完全なよその空間で、決まったことを覆そうなんてお子様の骨頂だった。
それにしても、こんな幼い顔つきなのが現れても、誰一人「大丈夫かこれ……」という顔をしなかった。わたしみたいな若いエルフがいるなんて考えもしないらしい。他種族にとって、エルフとはみんな数百年を生きているものなのだ。
わたしは事業の責任者として、暦年のエルフを演じざるを得なくなってしまった。
とはいっても、この仕事をやりおおせれば、お姉さま方がわたしへの認識を改めるはず。むしろ、一人前であることの説得力も増すというもの。
それなら、頑張るしかない! と意気込んでいたのも、つかの間。
(……人事とかぱっと決めらんないよ)
ついさっき、学校敷設事業に応募してきた人全員と面接が終わったところだ。
それを全行程が終わった瞬間、誰を採るか決めろ、とこの役人たちは言う。
ダラダラと重たい汗を流しながら、わたしは志望者のリストを眺める。
たった十五分程度話しただけなのに、これから二十年近く、一緒にやっていく人を選ばなくちゃいけない……待って、二十年ってすごいと思う。今までわたしが生きた時間の半分以上にもなる。ルヴさんですら十年の付き合いなのに、その二倍なんて想像もつかない。
やっぱり、エルフも募集要件にいれるべきだったかな。そうすれば、誰かしら助けに来てくれたかも……でも、絶対甘やかされたくない、という意地が強すぎた。
というか、ここに集ってる役人たちも、なにか意見を出してくれてもいいのに。揃ってわたしの指示待ちなんて、これがオーダイト中枢の体質らしい。わたしが、この人はどこの担当として採用、この人はなんの担当として採用、って具体的に指示してあげないと、わたしを見つめるのをやめてくれない。
じりじり時間が経っていく。チリチリする感覚で胃の形がわかりかけてきた時だった。
「あの」
ふと、声が上がって、わたしはビクリとする。ついに怒られる?
声の方を見ると、立派なヤギ角の生えた女性がわたしを見ていて、胃がきゅっと小さくなるのがわかった。
この人はクラリス・クレイという人で、西の大きな海を隔てたところにあるクラフデンという先進国からやってきた教育専門家だった。学制施行をサポートしてくれるということで、そもそも学校を作る話もこの人の売り込みで可決した話らしい。
こちらではあまりに見ないサテュロスという種族で、その角の威容にわたしはビビっていた。
「な、なんでしょう……」
おずおず答えると、クラリスさんは眉尻を下げて言う。
「ここで即座に決めるというのは難しいと思いますし、皆さんご意見がないようであれば、こちらでお預かりした方が早いと思うのですが、どうでしょう」
彼女が流れるように話すので追いつけず、目を白黒させていると、パンドン行政官がわたしの方を窺った。
「ふむ。教育担当官はいかがかな」
「……わたしもそう思います」
「なら、そうしましょう」
わたしがクラリスさんの意見に乗っかった途端、役人たちは堰を切ったようにぞろぞろ席を立ち、あっという間に席に残っているのはわたしとクラリスさんだけになった。
とりあえず、助かった……のかな。
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