第2話 第1節 アンデッドと夜道の求人

「学校の敷設……」


 夜、帰り道、私は街の求人掲示板でその募集を見かけた。


 暗がりの中、魔法灯に照らされた求人票は、オーダイト島嶼に新たな制度を導入するにあたっての人員募集だった。これだけならよくある治部主導の公共事業だけど、私の興味を惹くところがふたつあった。


 まず「期間:十五~二十年」。日雇いの仕事も並ぶような求人掲示板で張り出すには、信じられないくらい長い。人手を集めるために、なりふり構っていないような雰囲気がある。


 まあ、治部主幹の案件ならそういうこともある。ただ募集資格が変だった。


「エルフお断り……なんでだろう」


 十五年~二十年というのは、ほとんどの種族にとって長すぎる期間だと思う。比較的長く生きるドラコニアン、または獣人象種であっても寿命はせいぜい百五十年で、他は百年を割る。こんな道端で、生きる時間の五分の一を費やす決断を誰がつけられるんだろうか。


 一方、エルフは平気で千年以上、生きるという。老いも衰えも知らず、いつまでも若々しいエルフにとって、それくらいの期間は他の種族に比べてなんでもないはず。そんな適性ある種族を除外するなんて、この管理者はどれだけエルフが嫌いなんだろう。他の短命種を低く見ていると聞いたことがあるけど、あながち本当かも知れない……。


 ところで、エルフよりも遥かに長く生きる種族がいる。

 いや、生きるとか、死ぬとか、もうそういう次元じゃないのだけど。

 それは、アンデッド──動く屍。


 私のことだった。


「……」


 私はその求人票を剥がして、歩きながらじっくり内容を読んだ。


 勤務地は首都。仕事内容は学校敷設事業の総合的な推進。教師経験者、秘書経験者を優遇。遠征多数。期間は十五年から二十年。応募資格はエルフ以外。


 求人として必要な情報のほか「学校とは」と注釈が書かれている。

 学校とは主に子どもを対象にして、知識を与え、その能力を伸ばすことを目的にした場所です。いわゆる「教育」の拠点で、他国では当たり前のように運用されており、家庭教育や地域の私塾に依存したオーダイトの「教育」を刷新する目的がありますとか、なんとか。


 学校というものが存在することは知っていた。広めの部屋にたくさんの子どもたちが座って、前には教える人が立ち、知識を伝える。他国の小説や劇にそんな場面があったりする。


 思えば、このオーダイトにはそういうものがない。ほとんどの人が親や兄弟、近所の人から、読み書きや計算、その他いろんな常識を教えられて育つ。街なら月謝制の塾もあるけど、教える人は前ではなく、子どもの横につくイメージだ。


 そこで、適齢の子ども全員ひとつの場所に通わせ、「これを教えよ」という決まり事を作るという。


「大変そう」


 私は他人事のように思った。そうして求人票をパタパタと畳んで、しまいこんだ。

 そうして、とっぷり暗くなった街をゆっくり歩きながら、考える。


 今の求人……そのまま忘れてしまうこともできた。でも、どうしてか、強く心を掴んで離さないなにかがある。


 私は、さっきまで参加していた宴会を思い出していた。

 ここ半年勤めてきた地域人口の集計事業が、無事完遂したことを祝しての席だった。契約満了ということで明日から無職。だから、さっき求人票を見ていた。


 街なら働き口はそれなりにある。私たちアンデッドは繰り返し作業に強いので地道な仕事で重宝されるし、物覚えもいいから忙しい人の傍らで業務の補佐するのが得意だ。


 ただ、私のようなアンデッドはその仄暗いイメージから、継続的な仕事に就くのが難しかった。まあ、食べなくても眠らなくても家がなくても死ぬことはないけど、それは当たり前に辛いので、辛くならないためには働くしかない。短期の仕事を乗り継いでいく日常だった。


 それで話を戻すと、人間は宴会が好きだから、仕事の節目には宴会が開かれる。

 毎回のことだけど、私が顔を出すと意外な顔をされる。


「サイルさん、来てくれたんだ!」

「サイルさんってそういうタイプじゃないかと思った」

「せっかく皆さんが用意してくれた場ですので」


 私が微笑んでそう答えると、みんな喜んでくれる。社交的なアンデッドというのは、それだけで受けがいい。


 アンデッドの起源は昔の戦争に使役された不死兵だった。彼らは今も世界中に散らばり、黙然と仕事をこなしているか、森で草木に交じっているか、海の中に朽ちているかするという。

 一方、私は「最後の世代」と呼ばれる若いアンデッドで、人の社会に入ることを選んだ私に、人との交わりを拒む理由がない。


 宴会では人間の女子に囲まれて、あれこれ訊かれた。


「えー、サイルさん、恋愛劇好きなんだ~。意外すぎ!」

「ついそういうのばかり観てしまうというか……最近だと『青い夕陽』とか観ました」

「あー、めっちゃ流行ってるやつね! いいよね~」


 青い夕陽が沈むと世界が滅ぶ──そんな終末世界に生きる恋人たちを描いた悲恋物語で、オーダイト全体でびっくりするほど流行している。


 そこへ、酔っぱらった顔の人間の青年がやってきて、愉快そうに笑いながら言った。


「でも、サイルちゃんアンデッドだからさ! 世界滅んでも生き延びちゃうね!」


 この手のいじりは慣れているので、私は笑って返す。


「そうですね」

「ていうか、アンデッドも誰か好きになったりする? 例えば俺とかどう思う?」

「もー、こいつ本当に最悪! あたしたちが話してんだから、どっかいけ!」


 ぐいぐい来る青年を、周りの女の子たちが飲み足りないおじさん方へと追放し、それから目を爛々とさせて私のもとへ戻ってくる。


「それでそれで、実際、恋とかするの?」

「あ、えっと……憧れては、います」


 咄嗟に言ってしまってから、どっかに行きたくなるくらい恥ずかしくなる。


「そうなんだぁ!」

「え~、なんかかわいい! いいなあ~!」


 女の子たちが色めき立つ。その沸いた様子を見て、私はきちんと人と繋がれているな、と実感する。この実感のために宴会に出ているところはある。


 ──それでいながら、いい感じに温まってきた会場をこっそり抜け出し、こうしてひとり帰路についてしまう私もいる。


 わからない。人間たちはどうしてほんの短い命の中で、あんな楽しそうに死ぬことと恋することを並べられるのだろうか。

 いつか、今日話した人たちは、私を残してみんないなくなってしまう。

 静まり返った宴会場。そんな未来の景色が、私を悲しくさせ、遠ざけてしまう。


「……」


 物思いにふけっているうちに、家に着いた。家といっても集合住宅の狭い一部屋だ。

 私は鏡に顔を映す。生気のない真っ白な髪、肌、くすんだ藍色の目。時の止まったあどけない相貌。

 あの酔った青年はこんな私に「俺とかどう?」と訊いてきた。もし「いいと思う」と告げたら、恋人になったのだろうか。そんなわけがないと思った。からかっているだけ。


 それに、もしその誘いが誠実だったとして──それに、なんの意味があるのだろう。


 恋なんて、私にとっては空々しく、どこまでも実感がない。よくわからない。

 私は寝台に腰を下ろすと、さっき取って来た求人票を開いた。「学校の敷設」。じっくり見ると活字がブレているし、裁断もよれていて、突貫で大量印刷されたのがわかる。


 なのに、この案件に心を囚われている。

 私は大きく息を吐いた。


 実際、長く居座れる仕事というだけで貴重だし──なにより、学校の敷設という役割を担うということ。


 私はただ人の形をして、動いているだけの存在だ。

 共に生きる誰かを望むことも、次の世代を紡ぐことも、とても考えられない。


 それでも──そういう営みの一環に加われるなら、こんな私が社会の中にいさせてもらっていることに対して、少しくらい恩返しになる。そんな気がした。

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