第1話 第2節 エルフの卒業宣言

 そもそも、わたしは周りにいつまでも子供扱いされるのが嫌だったから、森を飛び出して街で手に職をつけようとしたんだ。

 それで「エルフ歓迎」のビラを見かけて問い合わせ、あっさり採用されたと思ったら、エルフばっかりの部署で、あっさり元の鞘って感じで……。


 まあ、街というのは活動的な人間が回しているもので、保守的な性格のエルフは変わり映えのない仕事を好み、任されるのが常だった。台帳の整理とか、街路の保全とか、水質管理・樹木の剪定とか、お役人的な管理業務だ。

 単調な仕事だけど性にもあっていて、わたしもエルフなんだなあ、としみじみ思った。

 エルフは森に残るか、街に出るかの二択だけど、結局、環境の手入れという点でやっていることは一緒だった。


 でもさ、森を出るってそういうことじゃないよね? やってること同じじゃ意味なくない?


 そんな不満を抱きつつ、初めて出た街で勝手がわからなかったわたしは、ずるずるとエルフ部署で子ども役を続行するしかなかった。


 そうして、お姉さま方からいい子いい子され続けること、十年ちょっと。

 いい加減、街での暮らしも慣れて、仕事もいろいろ勝手がわかってきた今、この赤ちゃん扱いにいよいよ耐えられなくなってきた。


 わたしはばぶばぶ言って、みんなを喜ばせるだけの赤ちゃんじゃない。

 立派な大人のエルフなんだって、お姉さま方に認めて欲しかった──。


 この誕生日のお祝いの間、わたしの中にはそんな気持ちがふつふつと沸き立っていた。


「ねえ、リアちゃん、なにか欲しいものある?」

 ルヴさんが訊いてくる。

 反抗心から即座に「いらないよ」と答えかけて、わたしは考えた。

 わたしが欲しいもの……それは、わたしを子ども扱いしないことだった。


 ただ、わたしは何度もお願いしてきた。もう子どもと思わないで。ひとりのエルフとして扱ってほしいって。

 なのに、お姉さま方は聞いてくれなかった。もう、わたしが可愛すぎて、可愛すぎて、誰が一番初めに目に入れて痛くないか、勝負している段階だって。わたしは閉口するしかなかった。


 言葉でお願いして駄目なら……後は行動で納得させるしかない。

 ひとりでやっていけるエルフだって。子どもじゃないんだって見せつける。


 わたしは意を決して、口を開いた。


「じゃ、じゃあ……あの、前に回ってきた募集、あるよね」

「募集? ああ、治部から回ってきた案件?」


 治部とはわたしたちが暮らすオーダイト島嶼の中央組織で、他の国でいう政府のようなものだった。ただ、普通の政府とは違ってかなり緩い集合体なので、たまに突拍子のないことを言い出したりする。今回、巡って来た募集もそのひとつだった。


 長期にわたる大計画の担い手を募集している。

 その期間、だいたい十五年から二十年。勤務地は首都。


 この第二のエルフの里を離れて、エルフのわたしが独り立ちするには十分な長さだった。


「あの案件、わたし、やってみたい」

「えっ……」


 わたしが望みを告げた時、お姉さま方の動揺はすごいものだった。


「な、何を言ってるの? あれは経験豊富なエルフ向けの仕事よ?」

「たらい回しにされてる案件だからって、リアちゃんがやらなくてもいいの」

「とっても大変なんだよ? まだここで働いていればいいじゃない」


 本気で心配するような口ぶりに、見くびられているような気がして、わたしはどうしようもなくむすっとしてしまう。


「言ったよね。わたし、もう三十二だって。お姉さまたちにはもう、十年近くお世話になってる。いつまでも甘やかされてばかりじゃ、もう嫌なの!」


 その場がしん、となる。気まずい沈黙ならまだしも、無茶なわがままを言い始めた子をどう宥めようか、というような空気なのが、殊更に苦しい。


「リアちゃん」


 ルヴさんがわたしの名前を呼んだ。凛とした声に、わたしは思わず背筋が伸びる。


「なに……」

「リアちゃんは、ずっとそうだったよね。なにごとにも一生懸命で、なんでも挑戦して、どんな仕事でも頑張って、わたしたちに追いつこうとして」

「違うよ、わたしは……」


 追いつこうとしているんじゃなくて──と、言いかけた台詞にかぶせて「わかった」とルヴさんはうなずいた。


「あの案件、リアちゃんが参加できるよう取り計らってもらうね」

「えっ……」


 ふわっと、心が浮いたような気がした。

 やっと、認めてもらえた──いや、正確にはそうじゃないけど、そのチャンスがもらえたことに変わりなく、わたしはすごく嬉しかった。


「あ、ありがとう、ルヴさん! わたし、頑張るから!」

「ふふ……いいよ」


 ルヴさんは目を細めるとわたしの頬を撫でた。

 また子ども扱いするみたいな仕草だったけど、許しが出た以上、もう気にならない。

 周りのお姉さま方はルヴさんの決断に目を丸くしていたけど、すぐにルヴさんみたいに優しい顔つきになって口々に言う。


「リアちゃん、あんな嬉しそうに……」

「ほんとに頑張り屋さんなんだね……」

「辛くなったらいつでも戻ってきていいんだからね」


 いや、なんか……そうじゃないんだけど、もう別にいいや。

 わたしはここを出て、みんながよしよしするのをためらっちゃうくらいのエルフになる。

 そんな希望に胸を高鳴らせるわたしに、ルヴさんが言った。


「それで、どういうお仕事を任されるのか、ちゃんとわかってるの?」

「え? ……えっと、なにか、子どもたちが集まる場所を作るとかなんとか……」


 募集要件ばかり見ていて、どういう事業かはあんまり意識していなかった。

 ルヴさんは、わたしが仕事でミスするたび浮かべる曖昧な笑みを見せると、近くのお姉さまに声をかけて、くだんの書類を持ってきてもらった。


「これね。場所を作るっていうのは合ってるけど」


 わたしは改めて渡された募集を読み、困惑してしまった。


「学校の……敷設?」

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