第10話-A 中学1年生 ~藤野くんを訪ねて~

秋の行事が終わると、教室の空気が少しだけ変わった。

運動会の歓声も、文化祭のざわめきも、もう遠い。

窓の外の木々は葉を落とし、風の音が目立つようになった。


そして、冬。


健斗と桂花のいる1年2組。

昼休みのざわめきの中、由奈は教室の前方の扉から顔だけ出して覗いている。


「……あれ、また?」

入り口付近にいた健斗が気づき、笑いかけてくる。


「うん、ちょっと……藤野くん、いるかな?」


そう聞くのは、これで3回目だった。

健斗は、どこか楽しそうに由奈を見ながら首をひねる。


「んー、また図書室じゃない? あいつ。ああ

見えてけっこう真面目だからさ。」


「そっか……ありがと」


由奈はそう言って、一礼して戻ろうとする。

だが、健斗は引き止めるように声をかけた。

3回も訪ねてくるなんて、いくらなんでも確認してもいいだろう。


「何? 藤野と何かあるの?」


軽い口調。けれど、その目の奥に、由奈が気づいたか気づいていないかわからない…少しだけ、何かが揺れていた。


由奈は、すぐに笑顔をつくる。


「ちょっと、聞きたいことがあるだけ」


そう言って去ろうとした背中に、健斗が少しだけ遠慮がちに声をかける。


「……あのさ、俺が伝えといちゃだめなの?

 ……由奈が何回来ても、藤野と会えてないか

ら」


それは冗談のようでいて、どこか本気のようでもあった。


由奈は、ゆっくりと振り返り、健斗をまっすぐ見つめた。


「うん、藤野くんに直接伝えたいんだよね」

言葉は柔らかいけれど、静かで、強かった。


健斗が少しだけ苦笑して、手をひらひらと振った。


「そっか。まあ……だよな」


「ありがとう」

由奈は小さく微笑む。


---

翌週、ようやく出会えた。

藤野くんに声をかける前、由奈はもう一度、健斗に伝えた。


「高野くん、藤野くん呼んでくれない?」


健斗は一瞬、無言になったあと、うなずいた。


「わかった」


その返事に、由奈は小さく「ありがとう」と微笑んだ。


その笑顔が、なぜか、健斗には、いつもより遠く感じた―


—――

放課後、由奈は藤野と話しをする約束をした。

中庭のベンチの近く。風が少し強くて、葉がさらさらと音を立てていた。


由奈は、校舎の壁にもたれるように立っていた。

その前にいるのは、長身の男子——藤野 涼。

整った顔立ちに鋭さのある笑顔。背筋は自然と伸びていて、サッカー部のユニフォーム姿がよく似合っていた。


「えー。誰、それ? 俺のファンがいるってこ

と?」

茶化すように笑って言う藤野に、由奈は笑って返す。


「そうだよ、ふふっ。けっこう前から見てたん

だって」

言いながら、由奈の声には自然な柔らかさがあった。


実は、藤野くんとちゃんと話すのはこれが初めて。同じ小学校だったけど、クラスが違っていた。

でも、彼と話すのは、不思議と緊張はなかった。

彼と由奈、両方の人当たりのよさがそうさせていた。


藤野は頭をかきながら、ちょっとだけ照れたような顔をする。


「でも、なんか、ありがと。

……いや、俺が返 事すべきなのはその子に

だけどさ。

佐山さんが、何回も2組の教室来てくれたっ

て聞いてるから」


そう言って藤野が軽く笑った時、由奈もつられて目を細めた。


その瞬間、ふと、他からの視線に気づいた。


視線を向けると、少し離れた中庭の通路。

健斗が、こちらを見ていた。


「高野くんに、見られてるな……」


ぽつりと呟く。何か思っているような、ただの好奇心のような、読めない表情。


由奈は一瞬だけ目を逸らして「高野くんに見られてる」と藤野に笑った。


「……俺たち、誤解されてるかもしれない

な」

「……ま、私はいいけど」

「そうだな。俺も気にしない」


藤野とは、そんな風にやり過ごせる、ちょっと大人っぽいやりとりだな…

と由奈は思った。


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