第7話-B 健斗と莉乃 ~噂のあとに残ったもの~
三学期のある日、教室に小さな爆弾が落ちた。
「健斗のせいで、莉乃が泣いたらしい」
そんな噂が、昼休みに一気に広がった。
聞けば――
健斗が莉乃の“家族のこと”を冗談交じりに茶化したという。
本人に悪気はなかったのだろう。
「マジ? あれ莉乃の親? 全然似てないじゃん」
そんな軽口が、思いのほか鋭く刺さった。
「……高野くん、バカだよね。そんなこともわからないのか」
由奈はさらっと言った。
だが、その声には淡い怒りが滲んでいた。
「まあ、そんなもんじゃない? 高野って、考え浅そう」
桂花は淡々と答えた。
「由奈ちゃん……私、健斗のこと、嫌いになった」
放課後、莉乃はぽつんとそう言った。
今はもう違うグループにいる二人だが、まだ、幼い頃のつながりが残っている。
由奈は莉乃の家族の事情も少し知っていたから、何も言わずに聞いた。
「だって、あたしの家族のこと、変なふうに言ったの。笑っていいと思わなかった」
由奈は小さくうなずいた。
「そっか……それは、そうだね」
桂花は思った。
(……なんという愚かしい話か。あれだけクラスを賑わせた二人の幕引きが、こんな形なんて)
健斗は、ただ「可愛い莉乃の親っぽくなかった」から軽い冗談を言っただけだろう。
けれど、それがどれだけ相手を傷つけるか、考えもしなかった。
その無神経さが――やっぱり、子どもなんだ。
不思議なことに、二人の関係が終わると同時に、クラスの空気が少し変わった。
中心女子たちの目が緩み、由奈と桂花に話しかける声が増えた。
「なんだろ、急に」
二人で笑い合う。
前より少しだけ広がった世界の中で、それでも由奈と桂花は並んで歩いていた。
健斗と莉乃の関係が、元に戻ることはなかった。
人気者同士のカップルという夢が消え、教室は静かに均されたようだった。
あと半年で卒業。
もう二人が並んで話す姿は見なくなった。
莉乃の近くで、健斗の話に笑う女子はいたが、莉乃は視線を逸らした。
「多分、二人とも戻ることないよね。戻ろうとしても、あの出来事がチラつくでしょ。だって、泣かせたほどのことだよ」
昇降口で靴を履き替えながら、由奈が言った。
「ほんとは、二人の間には、もっといろいろ積み重なってたのかもね。
誰も知らないようなこと」
桂花は思う。
由奈は理由を考えるのが好きな子だ。
人の気持ちを観察し、言葉にするのが好き。
それを聞くのが、桂花は嫌いじゃなかった。
「ま、私にはなんでもいいんだけどさー」
「私もそう。あの二人、中学校でまた仲良くなるかもしれないしね」
二人は笑った。
けれど、笑い声の奥に――“きっと戻らない”という静かな確信があった。
春を待つ空気の中で、噂は少しずつ薄れていき、誰も話さなくなっても、
あの日の空気だけが、まだどこかに残っている気がした。
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