第6話-B 雨の図書室 ~記録の書~

翌日、昼休みの図書室。

外では、雨上がりの光がまだ曇った空を照らしていた。


由奈と桂花は、再び書庫の扉の前に立っていた。

図書委員は使うことを許されている鍵を手に、静かに金属音を響かせる。


「……あの本、もう一度見よう」


中へ入ると、奥の棚に昨日と同じ箱が置かれている。

箱の中には、数冊の古びた書物。

それぞれの背表紙には、金の文字でこう刻まれていた――

記録の書「異世界編」、そして「現実世界編」。


それぞれの巻には番号が振られている。

「異世界編」は、召喚された高校生たちの冒険が、

「現実世界編」は、彼らの日常が淡々と綴られていた。


「……たぶん、異世界召喚ものだね」

由奈がページを繰りながら呟く。


桂花は、細かな活字に眉を寄せた。

そして、最初のページに記された文言に目を止める。


肉は時に縛られ、魂は時を超える。

記録の書はその境を渡る舟。

栞を挟むとき、肉体は眠り、魂は異界へ赴く。

帰還の時、肉体は“眠りに就いた年”の姿へ戻るが、

心に刻まれし年輪は消えぬ。

――それは、「時と時空を駆ける者(シュヴァル・タン・エスパス)」に与えられし力。


紙の匂い。

古い言葉の響きが、静かな空気の中に沈み込んでいく。


「ここは難しそうだけどさ、中身はそうでもないよ」

由奈が別のページを開いて見せた。


「ほんとに?」

桂花は少し目を通す。


登場人物が、剣や魔法を駆使して魔物に挑む場面。

思いのほか、文章は平易で生き生きとしている。


「確かに……読みやすい。これ、わりと好きかも」

「でしょ? 桂ちゃん、こういうの好きだと思った」

由奈の口調は、いつもの明るさを取り戻していた。


「恋愛のことも載ってるんだよ」

由奈が指差す箇所を桂花も覗き込む。


冒険の最中に芽生える心の揺れ。

同郷の仲間同士ならまだいい。

でも、異世界の人と恋をしたら――

その結末は、どんな形をとるのだろう。


桂花の指先が、紙の端で止まった。


その時、図書室の扉が開き、健斗と晴基が顔を出す。

今日は彼らが図書室当番の日だ。


「おまえら、よくそんな分厚いの読むなぁ」

と、健斗が笑い、二人はソファへふざけた体勢で沈み込む。


(……高野と古山は絶対読まないよね)

桂花は小さく笑った。


健斗は由奈に軽口を飛ばし、由奈も負けじと返す。

そのやり取りを見ながら、桂花はふと考える。

(兄妹みたいだな……他の女子より距離が近いよね)


けれど、由奈が「高野くんが好き」と言ったことは一度もない。


そのやり取りの最中、晴基が冗談めかして言った。

「健斗、由奈と仲いいよな」

「んなわけねーよ、こんな地味なやつ。女子じゃねーし」

健斗が返すと、由奈はむっとして睨み返す。

「何言ってんの、仲良くなんてないから」


――由奈って、地味かな。

桂花は小さく首をかしげた。

たしかに莉乃と並べば大人しそうに見えるかもしれない。

でも、話せばすぐわかる。

由奈は、頭がよくて、面白くて、ちょっと頑固。

誰よりも“まっすぐな子”だ。


桂花は、そんな友達を、心から誇りに思っていた。


ページを閉じ、もう一冊――「現実世界編」を手に取る。

開いた最初のページには、また古めかしい文が記されていた。


汝、選ばれし者よ。

一たび頁を開けば、時は静寂に沈む。

我らが地〈ノートルテール〉は眠りにつき、

彼方の界〈オートルモンド〉は目覚める。

片方が息を止めるとき、もう片方が息を継ぐ。

栞を挟む者は、その瞬間に時を留め、

ふたたび頁を開くとき、己の世界を再び呼び覚ます。

然れど、記憶は消えず、心は時を越える。

汝が魂は二つの世界を行き来しながら、

年輪を重ね、同じ名を保ち続けるだろう。

時を渡る者よ、忘るるな。

世界は眠るが、汝の歩みは刻まれる。

――この書を持つ限り、汝は“時の証人”なり。


窓の外では、雨が完全に止み、光が差している。

その光が、本のページに淡く反射して揺れた。

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