第2話
父の車がやってきたのは、電話から十五分後のことだった。急ブレーキをかけ、校門の前に停車した。ブレーキ痕が黒く付いている。父である上川隆一は背が高く、俺は170にも満たず、見上げるほどだった。短く髪を整えており、若くして母さんと結婚したため、俺との年齢差は20歳ばかりであった。つまり父は35歳で、俺は15歳だった。
父は車の後部座席を開け、俺に車に乗るように促した。俺は後部座席のドアに手をかけ、運転席に座る父に話しかけた。
「本当に世界は終わるの?」
「あー。間違いはない。ここに来る途中でも幹線道路の下りは渋滞していた。つまり、西に向かう道路は使い物にならないと言うことだな」
「じゃあどうするんだよ」
「それは、空いている方向に車を走らせるしかないだろう」
「本当に皆は知らないの?」
「まあいい。とりあえず乗るんだ」
俺は後部座席に座り、父の横顔を見た。真剣な眼差しを前方に送っているが、口元は笑っていた。
「心配するな。死にやしないさ」
父はアクセルを踏み、車を走らせた。西に向かう道路には車が渋滞をしていて、父は都心に向かう道に入っていた。
「東京で何が起きたの?」
「ここも東京だ」
「そうじゃなくて」
父は笑みを浮かべ、後ろを振り向いた。
「何が起きたのか、動画サイトを見たんだろ?」
「見てない」
俺は面倒になって嘘を吐いた。
「都心に怪獣が現れたんだ」
「じゃあ、こんな道通らないでさ。引き返せよ」
「抜け道は必ずある」
父はそう言った。
父の座右の銘は、一期一会だった。一喜一憂とは無縁で、心配症な母と比べ、鈍感なところがあった。けれども、洞察力に優れていて、証券マンとして活躍できたのだろう。五年前に亡くなった母は、そんな父のことを尊敬していたようだった。
「なあ、友達いなかったのか?」
父は唐突に聞いてきた。
「そんなことはないけど」
沈黙が流れる。
「どうしてそんなこと聞くの?」
俺が言うと、父はそっと口を開いた。
「俺もいなかったからだ」
そう言って、父は笑った。
「どうして分かったの?」
「そりゃあ、なんとなくだ」
父はそう言って、ハンドルを切った。車が揺れ、俺はシートベルトをしていたが、右側に倒れそうになった。
「どうして」
俺が言うと、父は口を開いた。
「空を見て見ろ」
父に言われ、窓から空を眺めてみた。太陽の光が眩しく、すぐに視線をそらしたが、奇妙な感覚に襲われた。父から電話が来たときに抱いた妙な胸騒ぎに似ていた。手で顔を覆い、空を眺める。小さな青白い光が、雲の間を横切っていった。すぐにぼっぼっぼっぼと、煙幕のようなものが上がり、空に炎が浮かんでいるように見えた。
「空に何かいる?」
「自衛隊の戦闘機と、何かが戦っているのだろうな」
父は恐ろしいことを淡々と述べた。
「つまり、ここは戦禍の真下ということになる。いつ残骸が振ってきてもおかしくはない」
「どうするんだよ」
「この近くに、核シェルターがあったはずだ」
「どうして」
「客の個人情報だ」
父は冗談と言わんばかりに、笑って見せた。父は車を停車させると、車の後ろのドアを開けた。散弾銃を手にした父の姿があった。
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