第29話 物語の続き

 半年後

 

 オフィス用品等のプラスティック製品の製造を行う会社【大高工業株式会社】。ここが来歌の就業先だ。 


「いってらっしゃい!」


来歌は工場の片隅にある小さな部屋で、営業事務という名の何でも屋をしている。


 バッチリメイクに、白いふわふわのセーターとタイトスカートを合わせた上から、襟のついた青色の作業着を着用する。


挨拶を交わしたのは勤続30年になるベテランの男性社員だ。

この男性がいないと工場内も来歌の仕事も回らない。

元気に勤め続けてくれと、願うばかりだ。


 両親のお茶屋を継ぐ前に社会勉強をと、大学卒業後にはじめた仕事だったが、案外性に合っており、自営業よりもこっちの方がいいかもと思うことも多かった。

休みの日には店を手伝うこともあるし、親に早くしろと言われることもあるが、現状維持を望んでしまう自分もいる。


もう冒険には凝りてしまったし、反省して凝りるべきだったからだ。


 半年前にルナリア国で起こった事を振り返る事も良くある。


あの後、警察は渚を保護し、渚の訴えで来歌、ミナミカワ夫妻、ムニワナも保護対象になった。


訴えても駄目だったのが、トモキと、ディミトリ、ディミトリの仲間達だった。

トモキは警察官への公務執行妨害、ディミトリ達はそれに器物破損がプラスされ、逮捕された。


 しかしあの時、ディミトリの仲間の1人が、渚の訴えを自らのアカウントで生配信していた。

その動画は瞬く間に世間に広がることになってしまい、プシューの件で警察や政府への批判が高まったと同時に、この若者達を裁くのはどうなのかという意見が警察にあつまり、ディミトリ達は留置所に2日ほどいただけで、まさかのお咎めなしとなった。


 事件の動画はウノ国にも広がり、両国共に混乱を招いた。


ルナリア国では、若い女の子を買うなんてウノ人は野蛮だ!という人も少なくなかったが、すぐにルナリア人加害者によるウノ人の被害者も多かったという事実が分かり、その声は小さくなっていった。


 両国は協力して捜査にあたり、犯罪組織の摘発を行っていった。


被害者は犯罪組織のデータや通話記録に残っていた者、名乗り出た者を合わせると80人を超え、男性も被害にあっていたことが分かった。両親や学校にも言えず泣き寝入りをした子が殆どで、プシューのように親が事実を知っても隠してしまうケースもあった。


 逮捕されたのは現時点でたった35名だ。

犯罪組織内でのデータが消されていたり、決定的証拠に至らず踏み切れないことが多く、解析などにもまだまだ時間がかかりそうだ。


 渚の元婚約者、宇野悟はウノ国で1番先に逮捕された。プシューが18歳だったこと、禁止されている異星人との交流、しかもそれが売春斡旋業者だったことで罪は重くなり、懲役7年となった。


プシューはそれを聞いて緊張が解け、膝から崩れるほど安堵した。

渚も心のどこかで悟が怖いという気持ちがずっとあったため、床にへたり込むプシューと一緒に抱き合って、心を溶かしていった。


 しかし被害者側からすれば懲役は「たった7年」だ。


ルナリア側に悟が来れる事は生涯ないが、ウノ国では、ニュースで見せた顔もすぐに忘れさられ自由に歩き回れるようになるだろう。


 あの性格なので仕返しが怖いという理由と、すでに悟の親族が直接家に来て苦情を言いにきたり、ドアや玄関前の植木鉢を破損していく等の被害があったため、渚の家族は引っ越した。

剣崎姉弟が育った家を離れるのは大変惜しかったが、仕方がなかった。

そしてこの引っ越し費用は、加害者側も国も誰も負担はしてくれない。

まだ大学生の子供を抱える剣崎家では、そこも辛いところであった。

 

 渚は、それを期に一人暮らしをすることになった。

場所はルナリアのナガオカキョだ。


動画が広まったおかげで、渚は有名人になってしまった。


ウノ国では「異星人を助けた人」「勇気のある人」というイメージなだけで、何年かすれば悟と同じように忘れさられるだろうと、渚は思っている。


ルナリア国では、動画が広まると同時に、渚のファンが急増した。


「ルナリア人の少女を助けた尊い人」「弱者の心に寄り添う聖女」「エキゾチックな魅力も兼ね備えた美女」と言われて、テレビや動画のインタビューに応じたり、雑誌の表紙にもなった。


 その雑誌をみた来歌は、あまりにも独特な化粧をされた渚を見て爆笑してしまい、渚に雑誌で腹を小突かれてしまう。


 勤めていた保育園は、ルナリアに保護されている間に辞める事になってしまった。


人員が足りなくなることへの心配、子供達と会えなくなることが辛かったが、事情聴取などが連日続き、仕方がなかった。

子供達がさよなら会をしてくれた時は、子供がひくほど号泣してしまい、渚をうっとおしく思っていた同僚達も慰めてくれるぐらい酷い様子だった。


 現在は、渚自身が過度なメディアでの活動は望んでいなかったため、たまに雑誌や講演会で話す程度に落ち着いている。


 基本的には「話を沢山聞く人」になるためにルナリアで日々活動しており、ルナリア政府に働きかけ、ウノ国から心理カウンセラーや心療内科医、その道の権威と連携を取ってもらい、まずはプシューの事件の被害者の心のケアからはじめていった。


 最終的には、子供大人関係なく誰もが相談しやすい機関を作り、そこで働きたいと思っているが、現在は小学校を回って話を聞いたりする活動をしており「教師」として登録され、給料を得ている。

 

 今ルナリアで活躍しているウノ国の心理カウンセラーや相談員は、様々なテストを受け、志を高く持った者が厳選されているので、この順路だったら私はルナリアに来れてなかったなと自虐気味に来歌に話している。

来歌も「無理むり」と笑っていた。


 有名になっても、違う国に住んでも、接し方の変わらない来歌に渚は強く感謝していた。


一生の友達がいるということは、こんなにも心強いんだなと感じる。


しかもめちゃくちゃ面白くて、めちゃくちゃいい奴で、めちゃくちゃアホで最高だ。

来歌の気の抜けた笑顔に癒されるために、渚は頻繁にウノ国に帰っている。


 プシューとはどうなったかというと、これまたべったりと仲良くなり、仲の良い姉妹のようだった。


半年かけてゆっくりプシューの治療は進んでいて、発作はあまりでなくなってきていた。


渚はプシューがどれだけ頑張ったかを知っているので、フードコートでアイスクリームを食べながら笑顔で話しかける様を見るだけで泣いてしまう。


 警察に頼み込み、被害者には事件から1カ月後に聞き取り調査をはじめてもらった。

それでも短いと思ったが、被害者の心のケアの優先と、セカンドレイプになったり、言葉で傷を抉らないように警察側に勉強してもらう必要があったからだ。


 今考えれば、ちょっと勉強しただけの保育士が偉そうに言えたもんだなと思うが、その無茶のおかげでプシューも聞き取り調査を受け切ることができた。


 プシューの現在の目標は「バイトをすること」だ。


クレープ屋の仕事は勿論辞めた。

同僚であったサロメは逮捕され、詐欺組織の中間管理職であったハイダイも逮捕されたので、プシュー自身は店に戻りたがったが、渚とヴァイオレで必死に説得して留めた。


真面目なプシューは働いたり、何かしたがり、今は休む時期なのだと伝えることが1番難しかった。

頑張り過ぎず、沢山休んでいいんだと、それがまた頑張るために必要なんだとゆっくり伝えている最中だ。


 渚とヴァイオレで、可愛い可愛いと甘やかし、更に渚の両親からのお土産攻撃でも甘やかされることで、自分は愛されるべき存在なのかもとプシューは思いはじめていた。着実に自分を大切にできるようになってきていると、渚はほっとしている。


 頭を撫でることすら成功していない男といえば、漆黒のヒーローことトモキだ。


事件のスピーチで更に渚に惚れてしまったトモキは、留置所から出て真っ先に会いに行き、プロポーズをした。


来歌の予想通り断られてしまったが、次は指輪を持参しプロポーズ、その次は花束を追加しと、手を変え品を変えトライしている


 実際渚はトモキの人柄には惹かれていたが、2歳年下の26歳であること、両国間での結婚の制度がまだないことも気になるうえ、したいことが多く、忙し過るので、なかなか真剣には考えられなかった。


トモキは、行き先々で縁談の話をもらう渚にヤキモキしつつ、言い寄ってくる男をみつけては

「俺が1番先に見つけた」

と牽制をしている。

 結婚の話はうまくいかないが、忙しい中何度も食事をしたりする仲であることは間違いなく、悪くない雰囲気の2人だった。


 少し話はズレるが、両国には結婚の制度もないが、それより先にウノ国はルナリア国の支配下にあるという現状や鎖国状態になっている現状を少しでも改善しようという運動が、若者の間では広がっていた。


 若者からすると侵略があったのは過去の話で、新しい関係を築くのも、お互いの国の発展に良いという考えだった。


それまでルナリアの政府は、ウノを発展途上国という扱いにしていたが、今回注目の集まった心のケアの方法であったり、優れている部分もあることを認め、もう少し交流を深めようという姿勢になってきている。


 ルナリアから一方的に与えられてきたものや、搾取されてきたものを見直して、軍事基地はそのままに、一般の人々が行き来出来ないかを模索しているところだ。


 先に企業同士の交流や情報交換などからはじまり、2〜3年後には一般人も旅行などができるように体制とったりと、現在制度を決めている。


 若者からこういった声が上がったのは、事件の動画を見て「同じ人間なんだ」と思った人が多かったからだ。


 人種が違っても信じあえる、仲間になれる、ここまで相手のために考えることができる、というメッセージを受け取っていた。


 そしてウノ国で反響が大きかったのはヒーローの存在だった。


勿論トモキ!ではなく、麗しのディミトリだった。


渚がスピーチをしている動画に映り込んだディミトリの容姿に、ウノ人女子は熱狂した。


スピーチを見る横顔や、動画の途中からポロポロと涙を流す姿の美しさに、ハートを射抜かれる人が続出し、すぐにファンクラブが出来た。


何故か渚を助けるために、バイクで駆けつけたことになっており、そのストーリーも王子様感に拍車をかけていた。


 来歌が見ていたあの動画を見て、前から惚れていたという人々も現れ、前々から来歌だけの王子様ではなかったことも分かった。


 それに目をつけたのは、ルナリア政府だった。

ディミトリを広告塔のように使い、前に出す事で、事件の悪い部分が目立たぬように蓋をしたのだ。


 ウノでは、暗い過去を乗り越えた勇気のある美貌の青年として、ルナリアでは混血差別をなくすための運動の象徴的存在、冴えない見た目に反して幸せになった男として。


 とにかくメディアに出し続け、過去の話よりもこれからの明るい未来を語らせるようにテレビ業界や、動画配信者に圧をかけた。


 ルナリアでは何故か渚レベルの美人がディミトリに惚れて密入国していた、という話になっており、醜男が美人に惚れられ、その想いに応えるために異星人の友達を助けるも、2人は両国の関係により結ばれなかった、という悲恋の物語が大ウケしている。


 ここからが来歌を筆頭に関係者全員が恥ずかし過ぎて悶絶する所なのだが、その悲恋の物語がドラマ化しているのだ。


来歌役には今をトキメク人気女優が抜擢されており、特殊メイクで額の目を消している。

ディミトリ役には、人気のブサイクを売りにしたお笑い芸人、渚役には元子役の天才女優を。

トモキ役に今まで差別を受けてきた混血の俳優志望者を使うことで、更に話題になり人気が出た。


1番人気のあるシーンは、来歌がディミトリに告白をするシーンで、丘の上に駆け上がり美しい星空の下

「貴方を愛してる!!国が!星が!許さなくても……この気持ちは変わらないの!……好きなのーー!」

と叫ぶ所だ。


 来歌の部屋で渚と2人で鑑賞会をしたのだが、この瞬間渚は缶酎ハイを吹き出し、来歌にクッションで3回しばかれている。


「私いなかったんだけどさ……丘の上だったの?」

と笑いながら聞かれ

「きっったないバーの中!!!」

と顔を真っ赤にして怒るのだ。


あと数年はこの下りで笑える自信がある渚だが、渚が個人的に面白いのはトモキが全然活躍してないことだった。本当にただのガイドくらいに描かれていて

「トゥクトゥク乗ってるか歩いてるシーンしかないね(爆笑)」

とトモキにメールをしている。

トモキの頭の良さや、思い切りの良さは映像では伝わらないよね、と会った時のフォローも忘れてはいない。

 

 ダブル主演の片割れディミトリの現在は、ウノやルナリアを行ったり来たりして、インタビューを受けたり公演会や握手会と生活が一変した。


 それを支えていたのはトモキだった。


トモキは差別をうける人を助けたいという夢を、ディミトリを通じて叶えていたのだ。


ディミトリもトモキの夢を聞いて共感し、仕事にやり甲斐を感じている。


 ディミトリの体調や、メンタルの管理も怠らない。持ち前の頭の良さと元不動産会社の営業という経験を武器に、マネージャーとしてバリバリ仕事をこなしていた。


ディミトリが1番好きな仕事は、渚と一緒に小学校や保育園、孤児院などを回ることだった。


 ディミトリにとっては嫌な思い出しかない所だったため、最初はキツかったが、子供達の笑顔を見たり

「イジメられてましたが勇気がでました」

と感想をもらうたびに、過去の自分も癒されていくのを感じた。


妹のような子供を1人でも少なくするために、活動を続けて行く予定だ。


 前と変わったのは仕事だけじゃない。


ディミトリにはパートナーができた。


残念だがそれは来歌ではなかった。


事件の日も一緒に来ていた男性で、前からディミトリの人柄が好きだったが、同性ということもあり言い出せずにいたらしい。

有名になり、ディミトリがどんどん遠い存在になってしまい、気持ちだけでもと伝えた所、カップル成立となった。

 ディミトリ曰く実は自分も運命を感じていたが、自信がなかった、見た目の良し悪しではなく中身を見てくれて嬉しかったということだった。


そのことを来歌はトモキ→渚経由で聞いた。


 渚の前では「良かったね〜☆」と言っていたが、家に帰るとディミトリと一緒に写る、建築現場のおっさんみたいな男性の顔を思い出し「ぃ゙ーーーーーー!!!!」と悔しいがゆえの奇声を発するのだった。


 ディミトリは自分に想い会える相手が出来たことが奇跡だということと、パートナーを作ることを自分に許可してあげれるようになったことを、両親と妹の墓に報告しに行った。


 ディミトリは花束を墓に供えると、静かに次の目標を決めた。


「厚かましいかな……」


と呟きながらと願ったことは、来歌もルナリアに呼んで、渚とトモキ4人呑むことだった。


小さな、でもディミトリにとっては大きな願いは、まだウノ国にいる来歌には届かない。

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