第28話 スポットライト
3人は入国管理施設の入口に向かう。
すると、1番避けたかったことが起こってしまった。施設の入口に、警察官が何人か立っていたのだ。
ディミトリがせっかくパトカーを止めてくれているのにと、来歌は悔しい気持ちになった。
警察はウノ人らしき女性がいると通報をうけ、入出国管理施設に警察官を数名配備していた。
トモキは気の立った黒猫ような顔をしていた。
ディミトリと違って、捕まったことなんてないだろうし、緊張しているのだと来歌は思った。
「ねぇ、ライトを避けながらって入れると思う?」
渚の小さな声が聞こえる。
来歌は、渚の声が聞こえる方に寄り手を振りますと、運良く服に当たることができたので、そのまま探り手を繋いだ。
「分からない、一か八かしゃがみながら歩いてみる?」
会話を聞いたトモキが、少しだけ振り向き、こそっと告げる。
「俺が話しかけて、ライト当てられないようにする……見た目怪しいから、食いつくはずだし」
その言葉を最後に、3人は無言になった。もう話し声が警察官に聞こえる距離になったからだ。
来歌と渚の2人は、自分が密入国の犯罪者なのだと再度痛感していた。目的は悪事を働くためではなかったが、罰せられて当然である。
入口が近づくと、硝子の自動扉越しに、中でツアーコンダクターのムニワナが待つのが見えた。
近かくにはミナミカワ夫妻もいるのだろうか?警察が来る前に入れたのだろうか?
ルナリア人の血が入っていてるミナミカワ夫妻は、元々政府が暗に認証しているこのツアーの参加資格が正式にあるため、形上捕まってもすぐに釈放されると思われる。
ただ一般のルナリア人に示しがつかないので、一度は捕まってしまうのではないかと思われる。
ミナミカワ夫妻の日常に何かしらの影響が出る事は間違いなく、自分の失態のせいで迷惑をかけていると思うと、来歌は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
警察官が目の前にきた。
トモキはわざとマスクを外して、額の目が無いことをアピールするために、髪もさらっとかきあげて見せた。
警察官は構えるような姿勢を見せたが、うなじから手の甲にかけての黒黒とした毛を見たのか、少し取り直した。
「どうされましたか」
「すいません、道に迷ってしまいました。あの車で来たんですが、警察官の方が見えたので聞こうかと……」
トモキがそう言っている間に、来歌と渚は通過しようとしたが、奥に自動扉があり、今扉が開くと不自然になってしまう事に気がついた。
ツアーの集合時間も迫っている、どうしようと思った時、渚が大胆な行動に出た。
「ホッカイドから来たばったりで、うわぁっ?!」
話しているトモキの腕を引っ張り、こけさせたのだ。
すると、トモキの頭に自動扉のセンサーが反応し扉が開いた。
お世話になったのに本っ当にごめんと、渚は小さく片手を上げる。
反対の手でびっくりする来歌の手を引くと、扉の内側に入った。
施設内のエアコンの風が身体にあたり、なんとも気持ち良かった。これでどうにか帰れると思った時。
右側からピカッと大きな光が来歌と渚を照らし、2人の姿を映し出した。
見ると、横50センチ、縦2メートルほどあるLEDライトのような板が煌々と光っている。
透明コートを暴くのは、大きい懐中電灯のようなものだと思っていた2人は、万引き防止装置のようなそれに驚き過ぎて動けなくなってしまった。
その様子は、夜道で車のライトに照らされて動けなくなったタヌキと同じだったと、後にトモキは語る。
警察官の1人がトモキを起こそうとした手を止め、こちらに向かってくる。
「そこの2人、動かないで」
もう1人は無線で連絡をしていたので、応援まで来たら振り切ることはもうできないなと悟り、来歌と渚は大人しく待った。
ライトで照らされた渚は肩を落とし、片手を頭に添えると絶望した表情で視線を落としている。
それを見た、床で四つん這いになっていたトモキはいてもたってもいられず走り出すと、警察官の腰に飛びついた。
「いけ!!!今のうちに!!ライトから出ろ!!」
漆黒のヒーローは大声で叫ぶ。
「ウノ国側で保護してもらえば、まだどうにかなるだろ!!」
たった1秒ではあったが、渚と来歌はお互いの顔を見あわせる。
ほぼ7時間ぶりに見た顔に安堵を覚えると、同時に勇気が湧いてきた。
2人は同時に駆け出した。
トモキはこれで完全に共犯者だ。
であれば、こちらがここを抜け出すことに成功しない限り、重い罪に問われるかも知れない、トモキの言う通りウノ国側で保護してもらえば、まだ弁解の余地もあるかも知れないし、トモキやディミトリの罪を軽くしてもらえるように訴えることができる。
ウノ国側はルナリア人の支配下にはあるが、ある程度の人権は守られているし、こちらで捕まる数倍は来歌や渚、混血であるトモキとディミトリの扱いはましになるはずだ。
ウノ国に出るためのゲートまではすぐだ。
ツアーコンダクターのムニワナが先を走っている。
ゲート前が混乱する前に出ようと思っているようだ。
来歌と渚もその列に並ぼうと後についていった。
しかし施設内全体に警告のアラートが鳴り響いた。
耳をつんざくようなアラート音は心臓を早くさせ、緊張感を煽った。
ムニワナは更に足を早め、ミナミカワ夫妻に告げる。
「ダイジョブヨ!デレル、ハシッテ!」
だが虚しくも、ゲート前には多くの警備員が集まってきていた。
ムニワナを見た出国審査官は、申し訳なさそうな顔をしている。
膝に手をつきハァハァいいながら、ムニワナは眉を潜めた。
ミナミカワ夫妻の声が聞こえる。
「なんでこんな事に……」
本当に申し訳なく思ったが、来歌と渚は何と謝罪していいかも、ここにいると言ってもいいかも分からず口をつぐむ。
するとムニワナは、冷静な声で話した。
「いつかこうなると思っていましたが……仕方ないですね」
翻訳機から聞こえる言葉に、二重の意味で驚いてしまう。
「今まで行儀良くしてもらってた事が奇跡ということですね。まぁ……すぐに釈放されるでしょうから、安心してください」
行儀の悪い、純粋なウノ人である来歌は、更に何も言えなくなってしまった。
こちらにくる足音に気づき振り返ると、応援で呼ばれた警察官が何人も向かって来ていた。
人生で警察官に追いかけられるような経験をしたことがない来歌と渚は、あまりの気迫に押されてしまう。
「全員動くな!!」
警察官の1人が持っていたロケットランチャーのような物のスイッチを押すと、大きな光が放たれ、その先に来歌が映し出されてしまった。
来歌は咄嗟の判断で、繋いでいた渚の手を押すように離す。
「いたぞ!!目撃者の情報と一致する!取り押さえろ!!」
諦めた表情で立ち尽くす来歌に、警察官が群がり手錠をかける。
そんな親友の様子を見てショックを受けた渚は、自分も名乗りでようかと思ったが、手錠をかけられるんだと思うと震えて足が出せずにいた。
手錠をかけられ、警察官に囲まれた来歌は、バッドエンドに終わってしまった物語を眺めていた。
異星人をたまたま好きになり、運命を感じ、会える事が当たり前のようにお膳立てされてやってきて、蓋をあけたら運命の人ではなく、ただの犯罪者になる。
そんなヒロインがどこにいるのだろうか。
自分はトモキとディミトリを出会わせるための歯車の一部なのかとも思ったが、彼らもまたバッドエンドを迎えようとしている。
そもそもこのエンディングに来る予定だったのか。どこかで選択を間違えた?
だからこんなに異星人の警察官に囲まれてるの?違う選択って何?
大勢の警察官がいるその後では、取り押さえられるトモキが見える。
巻き込んで本当にごめんなさい、悪い事なんてするべきじゃなかった……。
そして更にその後ろの自動扉から、2つの光が少しづつ大きくなるのが見えた。
更に応援のパトカーが来たのか……異星人から一般人を、守らないといけないもんね……。
するとその光は異様なまでに近づいてくる。
おかしいと思ったときには、1台の車が自動扉の寸前まできていた。
次の瞬間。
ガシャーーン!とド派手な音を立てて硝子を破り、車が入口からはいってきた。
それは先程、ディミトリの所に集まった車のうちの1台だった。
そしてブゥーン!とエンジン音がしたかと思うと、更にその後ろからバイクがやってきていた。
前輪を上げ飛び上がると、車のボンネットをバネに更に高く飛び上がった。
乗っていたのはディミトリだった。
粉々になった硝子の粒をキラキラとまき散らしながらスローモーションで舞い降りてくる様は、天から降りてきた大天使ミカエルのようだった。
その天使は鋭い目つきで、でも舞うように着地をすると頭のゴミを払い、またバイクのエンジンをふかせた。
トモキはあまりの異常事態に緩んでしまった警察官の手から飛び抜け、ディミトリの所に駆けつける。
「何してんだ!怪我はないのか?!」
「ふふ、大丈夫。友達を守るためにだから……トモキも来歌さんも助けるよ」
「でもこんなことしちゃ駄目だろ!」
「……俺もこうやって助けてもらったんだよ……お説教はあとで聞くよ」
そういうとトモキをひょいと抱え、座席の前の部分に立たせた。
「えぇっ」
と驚いた声を出したトモキは、これ以上何も言えなくなってしまった。
ディミトリのバイクが進むと、後ろの車がすすみ、その後をパレードのように別の車バイクが続く。
警察官がそれを遠巻きに囲み、行く末を見ている。
ディミトリは来歌と警察官達の前まで来ると、威嚇するようにまたエンジンを吹かせる。
「ディミトリさん!!!トモキ!!」
来歌は思わず叫んでしまう。警察官に囲まれ、親友はどこにいるか分からず、あまりに心細かったのだ。
ディミトリはにこっと笑顔を来歌に向けると、トモキに小さな声で言った。
「あんな顔を見て助けたいと思ってくれたのが、今の俺の友達なんだ」
ディミトリは大きく息を吸い込むと叫んだ。
「このゲートを開けてください!!!友達が自分の家に帰るのを見おくりにきました!!」
ディミトリは、なるべく長く妨害する間に、来歌と渚を逃がそうと思っていたが、来歌がすでに捕まり手錠をしていた事は想定外だった。
警察官は拡声器で応答する。
「こいつは密入国者だ!帰すわけにはいかない!君も大人しくしろ!!」
「ルナリア人の血を持つウノ人は入国が許可されているはずです!!手錠を外してください!!それまでここを動きません!!」
警察官もディミトリも引かない。
「罪を重ねるな!!」
「じゃあ俺はいいからら罪のないウノ人だけでも帰してやれ!!」
その言葉のあとに、無線が入る音が聞こえると、拡声器を持った別の警察官が大声で叫んだ。
「制圧ーー!!!」
一斉に大勢の警察官がバイクや車に飛びかかる。
ディミトリやトモキに群がる警察官を見て、来歌は真っ青になった。
「やめて!!!傷つけないで!!」
拘束された身体を動かし、前に進もうとする。
「私だけ悪いの!!その人達は関係ないの!!お願い!!」
ディミトリはバイクから手を意地でも離さず、大勢の警察官を引きずりながらゆっくり進み、来歌の間近までくると
「ごめん思ったより引っ張れなかった」
と小さく言った。
これが愛でなかったら、何と言うのだろうか。
色恋ではなかったが、来歌は確かにディミトリの愛を手に入れたのだった。
車からはディミトリの仲間が引きずり出され、拘束されていく。
それぞれ言いたいことを叫んでいたが、どれもが悪態などではなかった。
警察官の怒号が飛び交う中、来歌はただディミトリの申し訳なさそうな黄金色の瞳を見ていた。
近くで警察官の
「返しなさい!」
と言う声が聞こえた。
そしてディミトリの後ろの車からバン!バン!バン!と音がすると。
宙に浮いた拡声器から声が響く。
「聞いてください!!」
拡声器に注目が集まる。大部分の人がポカーンと口をあけて眺めている。
「あっ」
という声がすると、次の瞬間には車の屋根の上に渚が現れた。
耳まで真っ赤になり、拡声器を持つ手が震えている。
それを見た来歌は、普段目立つ事を好まない渚の行動とは思えず、驚きを隠せなかった。
先程口を開けていたルナリア人達は、今度は渚の美しさに息を飲んだ。
ディミトリが来歌にとって大天使ミカエルに見えたように、ルナリア人にとって渚は絵画の中の美しいヴィーナスのように映る。
ディミトリも
「言ってた美人ってあの人か……」
と納得したように、トモキに小さく呟いた。
「わ、私は!意味があってここに来ました!確かに、秘密裏に来たのは良くなかったのかもしれません、でもそれ以外に方法がなかったのです!!」
渚は来歌のために頑張るトモキやディミトリを見て、共犯者であり親友である自分が何もできないことに悔しくなり、どうにか前に進めないかと考えた。
その結果全てを話してしまおうと思ったのだった。
「私は!!ルナリア国で詐欺にあったルナリア人の女の子と、ウノ国で出会いました!」
警察官がざわつき出し、無線で連絡をとり録画をはじめた。
渚はここで下唇を噛んでしまう。
今から言うことを警察の前で行ってしまうと、プシューにも負担をかける可能性があるからだ。
私がきちんと説明すれば、プシューが怖い取り調べを受けずにすむかも知れない……プシューちゃんごめん!と腹を括ると口を開いた。
「その女の子はルナリアの売春斡旋業者に、ルナリア語の教師の仕事だと騙され、ウノ国に来ていました!!ウノ国で男性に押し倒され犯されそうになっていた所に出くわし、私が保護しました!!」
ざわつきは更に大きくなる。
民間の間では殆ど国交がないはずのルナリアとウノを跨いで、痛ましい事件があったのだから驚いて当然だった。
ムニワナも口に手を当て
「なんてこと……」
と漏らしている。
しかしディミトリの仲間の1部は、暗い顔をしていた。被害にあっても恥ずかしくて誰にも言えない者も多かったのだ。
「保護をしたあと、その女の子はショックを受けパニックを起こすようになりました。それを心配し私はこうしてルナリアにやってきたのです!そして偶然にも会うことができ、サポートをしたいと願いでる事ができました。しかし、ルナリアには最先端の医療はあっても、心をケアする医師や話を聞く人がいないと聞き、困惑しています!」
渚はこう言いながら、政府に直接言いたかったことをこの場で伝えられている事にびっくりしていた。
私は捕まるけれど、ルナリアは変わるかもしれないと。
そして1番の大声で叫んだ。
「私のした事は犯罪ですが、ルナリアにはそれよりもっと大きな闇があります!!」
ビリビリと施設内に響き渡る言葉は静寂を生む。
「夜の街をもっとパトロールしてください!被害に会う前に子供達を救ってください!被害にあった子供達には適切な心のケアをしてあげてください!」
心当たりがある人々が息を飲む音が聞こえる…。
「大きな犯罪だけじゃない!学校でのイジメや虐待にあった子供や大人達も!ルナリアの最先端の心のケアをお願いします!」
そう言い切ると渚は深くお辞儀をした。
すると周りから小さな声があがりはじめた。
「私も騙された」「高校の時にルナリアの中で同じ被害にあった」「差別にあったけど誰も助けてくれなかった」
ポツポツとした呟きのなかに、人に言えなかった経験や想いが溢れ出ていた。
ディミトリは大粒の涙を流しながら、自分の人生にこんな人がいてくれてたら、何か違ったんだろうかと思っていた。
トモキはひたすら、ディミトリの背中を擦った。
来歌は、渚がこの8時間で別人になったように感じていた。
そして生き生きとした渚を見て……嬉しくなった。
渚は頭をあげると、スッキリした顔をしていた。
そしてルナリア人の心を掴む、最高の笑顔を見せた。
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