第30話 そしてきっと

 来歌は過去の事を回想しながら、会社のトイレの個室でボーっとしていた。


仕事中にどうしても疲れた時は、トイレでスマホを片手にボーっとすることがある。

パソコンの画面から離れたおかげか、少し気持ちが晴れた来歌が立ち上がろうとした時、奈緒子さんからチャットが届いた。


「仕事中かなー?今度土曜日に前のカレー屋さんで会われへん?」


あの事件のあとから、奈緒子さんとはカレー屋巡りをする仲になっている。


事件の話をしているのは、両親とツアーを紹介してくれた奈緒子さんだけだ。


 この半年で良かった事は、親友が有名人になってルナリアのなにかしらのグッズを貰えるなどのプチ恩恵がある事と、奈緒子と友達になれた事ぐらいだ。


 大人になって、ここまで気の合う新しい友達が出来るなんて思っても見なかった。お酒も飲まず、ただ美味しいカレー屋を開拓し、近況や気になっている物のことを話あう、そんな素朴な幸せを分かち合っている。

年上だと感じさせない、丁度いいラフさが心地よかった。相手もそう思ってくれているのか、頻繁に誘ってくれる。


「勿論です!この前と違うやつ頼むか迷う〜」


と返信する来歌の最近の目標は、奈緒子への敬語をやめることだ。


 土曜日になり、カレー専門店の最寄り駅についた。


来歌は今日も気合いの入った装いで、メイクはピンク系でまとめてビビットピンクのリップをポイントに、服は白のハイネックのフレアワンピースにベージュのファー付きコートだ。


カレーがつくかもって考えてなかった……とワンピースに目を落とし、自分の抜けた所に嫌気を感じる。


しかしカレー屋はもうすぐだ。

黒いブーツを履いた足は軽く、口の中はもうカレーへの期待でいっぱいだ。


 目当てのカレー専門店に近づくと、知ったような顔があった。


良く見ると、奈緒子の弟の匠海だった。


こちらに気づくと、近寄ろうかどうか迷った動作をしたあと固まってしまったので、こちらから向かう。


「こんにちは」


意味が分からなかったが挨拶をしてみる。


「こ、こんにちは……」


匠海は酷く緊張しているようだった。


前とかなり風貌が違い、もじゃもじゃのひっつめた長い髪の毛は短くなり、ヒゲもない。

 

 よく顔を見ようと思った時、下の方を見ていた匠海と目があった。


来歌の全身を、久しぶりの感覚が駆け巡る。


電気で痺れたようにピリピリと皮膚は震え、熱湯のような血が全身を駆け巡り心をまで熱くする。

肺も火傷をしたように上手く呼吸が出来ず、息があがってしまう。


初めてカレー屋であった時に見た瞳の中に、今は宇宙を見つける事ができる。


「えっ」


来歌は声に出てしまった。


これはディミトリの動画を見た時に感じる感覚だったのに、と狼狽えてしまう。

確かに前に目があった時に似たような感覚はあったが、ディミトリと会うためのヒントだとしか思わなかった。


そんな来歌を余所に、匠海は話はじめた。


「急にすいません、俺のこと覚えてますか?」


「も、勿論……」


「あの、姉に頼んで会えるようにしてもらったんです。まずは謝りたくて」


「えっ……」


「……すいませんでした!ねぇちゃんがツアーのことを気軽に話したばっかりに、危険なことに巻き込んでしまって」


匠海は思いっきり頭を下げる。


「あ、いや、行った私も悪いので……謝らないで下さい」


「来歌さんが行くって話やと思ってなくて、ルナリア人のハーフの人に渡すんかと思って、地図とか渡してしまって、俺にも落ち度があるなって」


匠海を真面目な人だなと思うと同時に、奈緒子さんも本当に何も思わずに教えてくれたんだろうなと思いながら、奈緒子の屈託ない笑顔を思い出した。


「本当に気にしないで下さい!私もほら!今こんなに元気なんで!!」


来歌は力こぶを作る動きを見せて、アピールをする。


 匠海はようやく頭をあげた。


「……ありがとうございます……来歌さんで良かったです」


そう言われると、来歌は嬉しいと同時に何故か帰りたいような気分になっていた。


 この先を聞いてしまうと、また違う物語に巻き込まれてしまう気がする。

 

「あと!もう1つ言いたい事があって」


来歌は息を呑む。


「今日顔を見て、絶対やと思ったんですけど……初めて会った時からめっちゃ好みで可愛いと思ってました!友達からでいいんでお願いします!」


匠海はまた頭を深く下げると、手を差し出した。


来歌は予想してなかった物語の続きに呆気に取られたが、ある事に気がついた。


「あっ……!」


匠海はディミトリの友達がインタビューを受けた時に、透明コートを着てかなり近づいて見ていたと言っていた。


「突然で、びっくりしはるとは思うんですけど、本当は何回もねぇちゃんに来歌さんの連絡先聞こうと思ってて、でも俺ルナリア人のハーフやし」


動画を見た時に感じていた運命が、ディミトリではなくその横にいた匠海だとしたら。


「黙って告白するのも違うかなと思って……前に付き合った子も申し訳なくて別れたし、そしたら事件で色々変わって」


ディミトリを格好良いと思うドキドキと、運命を感じた感覚が別のものだとしたら。


「向こうでは、ハーフの存在が認められて差別をなくそうって運動もあるし、ディミトリって人も格好良いってなってるし、今なら言えるかなって」

 

 恥ずかしそうに説明する生真面目な匠海を見て、胸の奥からグッと熱い物が溢れてくる。 


ディミトリの

「この物語は絶対ハッピーエンドだよ」

という言葉が頭に鳴り響く。


そして渚やトモキが、来歌が先に進む事を応援してくれた言葉を、そして、行こう!と肩を叩かれた感触を思い出す。


「こんなの、想像してなかった……」


「すいません、急やったから。嫌やったら言って下さい」 


来歌はぶんぶんと頭を横に振り、とびきりの笑顔で伝えた。


「嫌なわけないです!……宜しくお願いします!」 


匠海の顔が輝いた。


「ほ、ほんまに?!あ!そう、ディミトリさんみたいなのが好きって聞いたから、似てる感じで髪切ったんですよ!これが良かったんかな?」


と笑いながら言う匠海に

「関係ないですよ!」

と笑いながら突っ込む。


「でも素敵ですね」

と加えると、また匠海は照れてよく話した。


 この物語の続きを知りたがってたトモキに報告すれば

「すげー!MANGAだ!!」

っていうだろう。


渚は喜んで朝まで呑みに付き合ってくれるだろう。


……ディミトリはどうだろう、話しを聞いてくれるだろうか。


「お店はいりましょう」


という匠海の心地よい低い声を聞きながら、来歌は物語の番外編を決めた。


 トモキと渚……そしてディミトリと4人で朝まで語り尽くす物語。


そして絶対ハッピーエンドだ。


《完》

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超えろ!異星人ラバーズ 赤虎 @akatora_ou

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