第27話 愛のお返し
パトカー。ディミトリのその言葉で、トモキと来歌も我に返った。
「透明コートしてないからだよ!叫んでるのを見て通報されたんだ!」
ディミトリは、元々白い顔を更に青白くして慌てている。
「……ご、ごめんなさい……!」
来歌は涙を拭き、透明コートのスイッチを押そうとしたが、パニックになってしまい上手く押せなかった。
するとトモキがさっと近寄り、変わりにボタンを押してくれ、無事に来歌の姿は見えなくなった。
あれだけ怒鳴りつけたにも関わらず助けてくれるトモキに、自分の幼さが恥ずかしくなる。
「さっきはごめんなさい……八つ当たりだって分かってたのに……」
「……いいよ、一個も俺の悪口なかったしな!」
2人が仲直りをしようとしていると、ディミトリが割って入った。
「喋ってる場合じゃないよ!来歌さん?かな?逃げよう!!」
トモキと来歌が「透明コートがあるのに」と思っていると、見透かしたように続けた。
「警察は通報があったら、透明コートが見えるでっかいライトを使える許可が下りるんだよ!」
それを聞いた2人は背筋が凍ってしまう。
「パ、パトカーが来るまでに考えないと」
来歌は自分らしさを取り戻し、頭の回転の良さも戻ってきた。
「2人を巻き込みたくない!だから私1人で行動するから、離れて逃げてほしい!」
来歌の提案にトモキは食ってかかる。
「俺は元々共犯者だ!渚のとこに連れてって、入出国管理施設まで送る!だから早くバイクに乗って!」
「駄目!私のせいで捕まったりしてほしくない!」
するとまた、ディミトリが割って入った。
「もう1人がどっかで待ってて、拾わないといけないの?」
「そうなんだ、渚っていうどえらい美人がトゥクトゥクで待ってる」
すると、ディミトリが一瞬考えた様子を見せてから、はっきりと言い切った。
「俺が来歌さんを直接バイクで入出国管理施設に送る。トモキは俺の自転車でその美人のとこに行って。それで決まりだから」
「な、」
来歌は反論しようとしたが、来歌にとってこの世で最も美しい生き物であるディミトリが、口元に長い人差し指を当て、別人のような怪しい表情を浮かべる様を見ると、何も言えなくなった。
「大丈夫。俺、何回も捕まってるから問題ないよ」
と、こちらを見て微笑む。
あまりの格好良さに「はい」と答えるしかなかった。
計画通りに、トモキの借りてきたバイクにディミトリが乗り、来歌は後ろに乗る。おずおずと腰に手を回すと、ディミトリはエンジンをかける寸前に小さな声で言った。
「気をつけてね、俺、免許持ってないから」
バイクは人通りの多い飲み屋街とは思えない早さで出発し、来歌は死ぬかも知れないと、ディミトリの腰に必死でしがみついた。
「ははははは!」
心底楽しそうに警察から逃げるディミトリを見て、来歌はこっそりと運命の人じゃなくてよかったと肩を撫で下ろす。
密入国ではなく、スピード違反で捕まってしまうのではないかと思うほど早くバイクは走る。
行き道にトゥクトゥクに乗っていた時間も短ったので、すぐ着くだろうと思っていた来歌は少し寂しさも感じながら考えていた。
出会ったディミトリは不思議な人だった。
根暗そうに丁寧に喋る一面も、粗暴な振る舞いも、今のような大胆な明るさもごちゃ混ぜで、まるで誰かと誰かを繋ぎ合わせているように来歌は感じた。
そうしてこないと、生きて来れなかったんだろうか。写真を見た時トモキは、ディミトリに何があったのかと心配していたが、彼の人生にどんな事があって、ああなったのか、もう運命の人ではないのかも知れないが人として知ってみたくなる。
本当の彼を知った人はこの世に何人いるんだろう、トモキと抱き合っていた時の彼は……少なくとも本当の彼に見えた……つまり……私は本当の彼に出会えたともいえ……差別して……その人自身を見ないなんて……もったい………………ない。
「来歌さ……!!……来歌!!!」
腰に回した手を強く握られ、夢の世界に旅立ちそうだった来歌は現実に引戻された。
「寝たらバイクから落ちるよ!」
ディミトリは大きな声で呼びかける。
「ありがとう!」
と、返事をすると手に力を入れ直した。
朝から動き続けたり神経を尖らせる事が多くて疲れが出ている。
今が1番頑張らないといけないのに!と自分に活を入れる。
広い道路に出ると、ディミトリはまた大きな声で話かけてきた。
「警察を完全に巻きたいから、少し遠回りするね!まだ時間ある?!」
さっき時計を見た時に18時20分だった事を思うと、バーの前を出たのは18時30分くらいだ。
それであればまだ大丈夫なはず、と来歌は返事をする。
「大丈夫です!!19時集合なので!!」
「分かった!!」
すると、ディミトリのポケットから電子音楽が聞こえてきた。ディミトリは躊躇もなくポケットからスマホを取り出すと、耳にあてる。
来歌は、この国ではバイクの運転中のスマホの使用は禁止されてないのかな?と思ったが、そもそも免許も持たずに運転しているので、この人に常識は通じないのかもと聞くのは諦めた。
「もしもし?!うん今バイク乗ってて!あ!店の鍵開けっ放しだった?ごめん今大変でさ!!うん!はは、ありがとう!!入出国管理施設の近くだよ!!」
そういうと通話を切り、スマホを元のポケットに収める。
信号で停まると、ディミトリかこちらを振り返る。
夕陽が沈み暗くなった空には月が昇り、ディミトリを照らして神々しく見せた。
「……この物語は絶対にハッピーエンドだよ!任せて……!」
電話で何か嬉しい事があったのか、特級の笑顔をこちらに向け、ニッ!と笑う。
貴方の愛がないハッピーエンドは想像してなかったな、と心で思いながらも、その笑顔を堪能し「ありがとう」
と小さく返した。
しばらく走ると入出国管理施設が見えて来た。
そしてそれよりかなり手前で、バイクは停まってしまう。
あれ?と思いディミトリを見ると、バイクを脇に寄せはじめる。
「気をつけて降りて」
と促され降りると、バイクを停める。
「今だけ透明コートなしでもいい?」
と言うと、こちらに向き直った。
来歌は送るのはここまでなのだと悟り、透明コートのスイッチを切り、お礼を言おうと口を開くと、ディミトリが大きな手で来歌の口を塞いだ。
「ご、ごめん……勇気がなくなる前に、言わせて欲しい」
先程までの威勢はどこにいったのか、自信なさげな顔で目が泳いでいる。
来歌が黙ってる様子を見て、手を外すと、俯き加減でこちらを見ずに話だした。
「…………格好良いって言ってくれて……運命の人だなんて思ってくれて……嬉しかった、ありがとう……そんな事言われたことがなかったし、これからも言われる資格もないって思ってるけど……トモキに怒ってるのを見てるうちに、本気で会いたいと思ってくれて、来てくれたんだって分かったんだ」
俯いていた目線を来歌に移すと、困ったように笑う。
「今から俺は来歌さんのこと助けるよ。だから振り返らないで前に進んで欲しい。嬉しい事を言ってくれたお礼だから」
来歌はこれで、ほんとうの本当に最後なのだと思った。
そしてこれくらい許してほしいと思いながらディミトリに近づくと、Tシャツの袖を引っ張って屈ませ、大きな肩をぎゅっと抱き締めた。
「ありがとう……好きになって良かった」
ディミトリの体温が伝わり、あまりにも早い心臓の音が伝わる。
肩ごしに、遠くに街の灯りがキラキラと輝いているのが見えた。
ディミトリは慣れてない手つきで来歌を抱き締め返した。
パトカーの音が向こうから近づいてきているのが分かる。
ディミトリは身体を離すと、少し照れたように笑ったが、パトカーの光が見えるとすぐバイクに向かった。
振り返った彼にさっきまでの面影はなく、悪い笑顔を浮かべている。
「じゃあね!後は任せてウノ国でゆっくり休んでね!」
あ!と付け加える。
「絶対に振り返ったら駄目だからね!真っ直ぐに進んで!!」
ディミトリがそう言ってこっちを見ているので、後ろを向き入出国管理施設に向かわざるをえなくなった。
「分かった!…………さようなら!」
透明コートのスイッチを入れると、ディミトリが大きく手を振った。
言われた通りに、入出国までの道を真っ直ぐ進む。
集合時間まであと10分ほどはあると思うけど一応急がなきゃと走りだす。
パトカーの音が、かなり近くまでやってきた。
警察官に、透明コートを暴くライトで照らされたらおしまいだと焦ると、後ろからバイクのエンジン音が聞こえた。
キキキキキというタイヤが道路を擦る派手な音がしたあとに、すぐにガーーーーン!!という大きな金属音がする。
振り返ってはいけないと言われていたが、驚き見てしまうと、ディミトリのバイクが大きな立て看板に衝突していた。
名前を叫ぼうと思ったが、彼が言っていた「助けるから」という言葉を思い出し、口を塞いだ。
わざとやったんだ、目立つように、私が見つからないように。
告白したお礼にここまでしてくれるの?何度も捕まった事があると言っても10代の話しだよね?
平気な訳がないはずなのに……来歌は困惑したが、彼の気持ちを無駄にしないほうがいいのかも知れないと、ディミトリを見ながら後退る。
警察官がパトカーから降り、ディミトリを囲んだ。
やっぱり「私のせいです」と言いに行こうかと思った時、来歌の背後から車3台バイク4台が固まって通り過ぎた。
1番はじめに車から降りてきたのは、スイーツショップで会ったコイヌだった。
隣にいた女性も同じ車から降りてくると、続々と他の車やバイクから皆降りてきて、あっと言う間にガラの悪い人達が道路を塞ぐ形になった。
微かに「ディミトリ何があった!」といった声や「久しぶりに馬鹿やってんのか」とからかう声も聞こえた、そしてはっきりとディミトリが嬉しそうにしている様子が伝わってくる。
来歌はそれを見て、意を決して入国管理施設に向け走りだした。
前方に小さな2つの光が見える。近づくにつれそれは1番大事な友達だと気づく。
渚の乗ったトゥクトゥクだった。
叫びだしたい気持ちを抑えて、変わりに足を早める。
向こうも同じだったようで、駐車スペースにトゥクトゥクが停まると「来歌!」とすぐに降りてきた音がした。
目を合わせて早く話したいのに、透明コートがある事が辛かった。
運転していたトモキが「えっ」という声を出し、遠くでパトカーが光っていることに気がつく。
「ディミトリと、ディミトリの友達が気をひいてくれてるの!」
と来歌が言うと、トモキは今にも駆けつけたいという表情でそちらを見たが、唇を噛み、2人がいるであろう方向を見る。
「最後まで安全にガイドするから行こう!」
と言って入口を目指して早歩きで進んだ。
渚と来歌の二人も気を引き締め、最後のステージへと歩きはじめた。
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