第24話 物語

 渚とショッピングモールの入り口の前で別れたあと、来歌とトモキは動画で見たガードレールを目指した。 透明だからと手を繋ぐのはどうもお互いに恥ずかしく、仕方がないのでトモキの後ろをぴったり着いていき、はぐれないようにした。


 来歌はこんな時でもお喋りだ。


「さっき、渚のことめちゃくちゃ美人だって言ってたけど、ルナリア人的には私はどうなの?」


来歌は仲が良くなった相手には、頭に浮かんだ事をポンポン言う癖があり、止められない。


「うーん……普通……かな?俺的にはブスだとかは思わないよ」


トモキはバカ正直に答えてしまう。残念なことに、何がいけないのか本人には分かっていない。


しかし、本当の事を知りたかった来歌にはこの正直さがありがたかった。


「普通かぁー……ディミトリさんの好みだといいなぁ」


来歌は少し傷つきながらもストレートに返すと、トモキは「はぁ?」といった表情で振り返り歩みを止める。


「好みもなんにも、ディミトリが女の子に好かれるわけないんだから、好きって言ってくれるだけで女神に見えるわ!」


来歌はきょとんとしてしまう。


「な、なんで好かれるわけないの?」


「いや、見た目が……悪すぎるだろ。7歳までしか一緒にいなかったけど、その時でも顔が可哀想って、ひそひそ幼稚園の他の親に言われてたくらいなのに。しかもあの白さは異常だよ、ホッカイドならまだしも、こっちでは俺と同じで差別対象だ」


意味が分からない来歌は口をポカンと開けてしまう。


あの芸術的な美しさをもつ素晴らしいお顔が?!と思考は宇宙の果て、ルナリアの母星まで飛んでいった。


「もしもーし」


トモキは来歌がいるであろうところに手を振る。


ルナリアの母星で、トモキのご先祖様のお墓に手を合わせてから我に返った来歌は、目を大きく開き説明した。


「あのね?!ディミトリさんはウノ国ではめちゃくちゃモテる顔だよ?!白さもそこまで気になるほどじゃないし!」


「はぁーー?!ウノ人趣味わるーーー!!」

「うるさーーー!」


2人は、来歌が人から見えてない事を忘れているのではないか、という音量で言いあう。渚がいないとどうも自由になりすぎるようだ。


トモキが思い出したように歩きだす。


「そうだ!俺は?俺の顔は格好良いの?」


「うーーん普通?でもトモキの顔好きな女の子多いよ!目元シュッとした清潔感ある系?」


「おお!渚さんは俺の顔好きそう?」


「……渚の事好きになったの?」


「好きになった……?うーん、というよりあんな美人にだったら、誰でも好かれたいもんじゃね?」


「渚の好みかぁー、うーん渚は男の趣味悪いからなぁー多分好みだと思うよ、ふふふふふ」


来歌は途中から笑ってしまう、トモキとの会話はスピード感がありポンポン進むので楽しかった。

相手も同じだったようで、わっはっはと豪快に笑っている。


 ガードレールに着くまでの間、ディミトリについて色んな話を聞いた。

幼少期に一緒にどんな遊びをしたか、1歳年上の自分の言い方やしぐさを真似していて可愛かったという話、優しく活発で子供らしい子供だった話、同じ顔をした2つ目の妹がいた話。


「あんな雰囲気の奴じゃなかったのになぁ」と言う背中からは哀愁が漂っていた。


トモキが受けたような差別を、子供の頃から受けていたのだとしたら……かなり寂しい人生を送っていたのかも知れない、と来歌は考え、胸がぎゅっと締め付けられた。


 目的地に近づくに連れて、ルナリアの土地に初めてくる来歌でも分かるほど、治安が悪くなっていった。

飲み屋街やホテル街だと思われる所、昼間からお酒の匂いをさせて歩く男女を見かけるくらいまでは良かったが、明らかに目つきのおかしい人が前から歩いてくるようになり、女の子が髪をいじりながらぽつんと1人で佇む姿を見かける頃には、周りの建物はボロボロで落書きだらけだった。


動画を撮った時は、偶然こんな所にいたんだろうか。それとも日常的に出入りしているのだろう か。来歌の中で、ディミトリのイメージがゆっくり変化していく。


 2時間ほど辺りを歩いてみたが、ディミトリは見つからず、木陰で休むことにした。


「休んでる時間がなんてないのに、疲れた……」


「冷たいもの買いたいけど、この辺にはないわな、街の中心部にまで戻るか」


「うん……」


「……落ち込むな、この辺りが動き出すのは6時くらいからが本番だ、それまで違うとこを探すのもありだと思うし」 


トモキが汗をふきつつ、慰めてくれる。


「ありがとう」


素直に礼を言ながら、もう歩きだしたトモキに急いで着いていく。


 案内してくれたのは持ち帰り専門のスイーツショップだった。チョイスはトモキに任せて、店の外の壁際で待つ。


「どうぞー」と言いながら渡されたのは、カップに入った3色の綺麗なジェラートのようなもので、食べて見るとそれぞれ味が独立していて1色づつ違う甘さだった。汗だくで2時間歩いた身体に冷たさが染み渡り、一気に涼しくなった。


どうしても透明コートからカップとスプーンが出てしまうので、来歌が食べているのが見えないようにと、トモキは壁側に身体を向け隠してくれた。気が使えないようで気が使える不思議な人だなと思いながら顔を盗み見る。


 するとトモキは目元をニコっと細める


「ディミトリと会った後さ、どうなるかな?」


聞きながら少年のように瞳を輝かせる。

反対に来歌は目線を下げ、考え込むような顔つきに変わる。


「……分からない……ここまできたからには運命の人!とかって思うけど……現実的に考えたら最初から信じられない事ばっりだし……どうなるんだろ」


「俺はさ、めっちゃ楽しみだよ!」


「付き合うかな?とか?」


「んーん!物語の続きが!」


「MANGAとか小説みたいに?」


来歌の質問にトモキは一呼吸置いて、拳を顔の前で握る。


「……そう!主役じゃないけど、俺も、もう物語の一員だからな!!クライマックスまでに俺が大活躍するシーンも欲しいし、来歌さんとディミトリの結末も気になる!」


異星人というだけで変わった人だと思うのに、喋り方も発言も相当変わっているなと思いながも、来歌はトモキの明るさに助けられていた。


「ふふ、じゃあ私も楽しみにしてよぉーっと……トモキくんが渚にどんな振られ方するか!ハハハ!」


「惚れても告白もしてないし!ハハハ!」


 バンッ!!!


突然、2人が笑っている横で大きな音がした。


「1人で壁と喋んな、気持ち悪い」

「ちょっと!頭おかしい人だから絡むのやめな……」


スイーツショップに並んでいた男性が、壁を思いっきり叩いた音だった。


一緒にいる女性も、嫌悪感たっぷりの顔でトモキを見る。


2人は舌打ちをしたり悪態をつきつつ、店員に怯えながら注文を聞かれると、1つづつスイーツを頼み、嬉しそうに受け取ると、店の前にあるピンクのスケルトンタイプのおしゃれな椅子に腰をかけた。 


「ごめん、ちょっとはしゃぎ過ぎた」


と来歌が小声で謝ると、大丈夫、大丈夫と笑顔で返し、トモキは食べる速度を早めた。


 先ほど悪態をついた2人を横目に見ると、来歌の偏見ではあるが、ウノ国のヤンキーと同じ雰囲気を感じる髪形や服装だった。

例えば男の方は、青色の髪の横を大きく刈り上げ、そこに模様が剃られていて、サングラス、黒いTシャツにピッタピタのデニム、蛍光イエローのスリムなスニーカーという出で立ち。

女性は、ボサボサの金髪で、大きなフープ型のピアスをつけ、ぶかぶかのダメージジーンズにどこで買えるのが分からないキャラクターのサンダルといった塩梅だった。


ウノ国では、話す機会があれば普通に話すがお互い友達にはなれないタイプだ。


 2人の会話が聞こえてくる。


「あっちーな、二日酔いやべーのにマジ無理だわ」

「ほんと!めっちゃ飲んだよねーこれで今日も飲みに行くんだから笑える、明日バイトなんだけど」

「俺も仕事だわ!」


来歌は土地が変わろうが異星人であろうが、あんまり会話の内容は変わらないなと思いながら最後の一口をスプーンですくい、液体になったものを飲み干した。


「てかさ!ディミトリってなんであんなお酒強いわけ?!やばくない?バーテンだから?」


女性のこの一言に2人の耳は大きくなる。同じ気持ちで、会話を盗み聞きする。


「あいつは、親が二人とも酒強かったから遺伝じゃねぇかって言ってたな、親父はあれじゃん……チュア人だろ?寒いとこに住んでたチュア人だから、強い酒で身体をこうカッカさせてたらしい」

 

「何それ!暖まるための方法エグくない?なんで酒なの?子供は?」


「知らねぇよ!てか子供は飲まねぇだろ!てかディミトリは来ねぇの?」


しょうもない会話でも、今はありがたいと感じる。


「今日もギリギリまで寝てるって!あいつ夜が友達だからね!」


「そうだな……だから俺達が夜遊んでやらないとだよな」


「うん!今度夜に公園で何人か呼んで運動会しよって言ったら、小学1年の時以来出てないから嬉しいって喜んでたよ!大規模なの想像してそうでウケる」


「じゃあ俺、ガチの餅食い競争のやつ作る係な」


「あれをガチはウケる!」


 そこまで喋ると、今度は餅の話になってしまった。


ある程度まで聞き、2人は身体の特に耳の緊張を解いた。

来歌は心臓の音がうるさいくらいに聞こえていて、苦しいくらいだったが、小さな声で呟くように言った。


「あれ……ディミトリさんの話……の可能性あるよね?」


視線をうつして会話の相手を見ると、目がギラギラ輝いていた。


「だね……もう物語の続きを知れたな」


興奮を治めるように、トモキも液体になったカップの残りを飲み干すと、来歌のカップもまとめて重ねぐしゃっと小さくした。


「どうしよう後をついていく?」


「4時間くらいかかるし、現実的じゃない」


 そう言うとトモキはスタスタと椅子に座る2人に近づいていった。


来歌はそれを見て驚いたが、止めるでもなくただわたわたとするだけだった。


「あの、すいません話が聞こえてしまって」


「はぁ?」


2人揃って眼光鋭くトモキを睨む様は、警戒心の強い犬の兄妹の様だ。


「あっち行こう」


と、女性の方は立ち上がろうとする。


「えっと、さっきお酒の強いバーテンの話されてたんですけど、どこのバーですか?僕お酒強くて、勝負できる人探してたんです」


「ん?あぁそうなのか」


男性はトモキの方を向きサングラスをずらして見ると、案外あっさりと警戒をといた。


「トライズって店だ、ディミトリって真っ白なバーテンがいるからやってみろよ」


細い目をサングラスにしまい少し笑うと

「じゃあ店でな」

と立ち上がって、逆方向に2人で去っていった。


トモキは振り返ると、来歌がいる方へ親指を立てて誇らしげな顔をした。


物語をクライマックスへ導くような素晴らしいヒントを得たヒーローに、心の中で最大の感謝をし、コートの中で小さな拍手をした。


それと同時に、来歌は親指を立てるトモキを見ながら、ずっと近似感があるなぁと思っていた事の正体が分かった。


昔にマッチングアプリで出会った、特撮オタクの男性だ。いちいち身振り手振りが大きくアニメのようで、声もリアクションも大きい。プロフィールと全く違ったので2回目のデートはお断りした人だった。

こんな機会がなければトモキとも絶対に行動を共にする仲になったり、色眼鏡で見て楽しく会話出来なかっただろうなと思う。


 「縁」とは不思議なものだし、人は見かけや1片だけ見ただけでは分からないものだなと来歌は感じた。


そして、特撮オタクの男性の事を思い出したことで、全て上手く行っているのにも関わらず、心のずっとずっと奥底で、臆病な来歌の一部分が

「これが運命でなかったらまたマッチングアプリでもすればいいよ」

と囁きだしたのだった。


 素晴らしい行動をしたに思えたヒーローだったが、調べた所トライズというバーはこの街に2店舗あることが分かった。

1店舗目はあのガードレールから数分離れた場所で、飲み屋やラウンジが入ったビルの2階にある「トライズ3」である。

2店舗目はガードレールから10分ほど離れた、SMクラブが一階に入ったビルの地下1階にある「虎イズ」だ。

トライズ3は、営業が18時半からで虎イズは18時からだった。


 4時間ほど時間があるので、店の下見に行くことになり元来た場所へ戻ったが、来歌は今すぐにでもその辺りからディミトリが出てきてくれないかと焦っていた。


渚とトゥクトゥク前で約束した時間は18時45分だ。


街からトゥクトゥクまでを走ったとして、時間を逆算するとディミトリが30分前から出勤するとしても虎イズは1時間、トライズ3は30分しか話す時間はないし、バーで働いた事がないので分からないが、早番遅番があったりすれば会えない可能性すらある。


絶対に会える場所が分かったのにも関わらず、何も叶わない可能性の方が強くなり、泣きたい気持ちになっていた。


「どうしよう」

と弱音を吐く来歌に対してトモキは

「絶対に大丈夫だ、ここまで来たんだろ?」

と励ましてくれたが、それさえ焦りや不安の材料になった。


今後もこの土地に住むトモキは必ずディミトリに会うことができる、なんだたっら来歌が会えずに終わったあとにバーに行き、ディミトリと呑めや歌えやと時間を過ごせるのだ。


 犯罪に関与してまでガイドをして、自分のために動いてくれていることは分かっているが、あまりにも、もどかしく、トモキにワガママを言ってしまう。


「バイクとか自転車借りたりして、少しでもバーの滞在時間伸ばせないかな?」


と言って料金は客である来歌持ちで、トモキに中心街まで戻ってもらい、自転車を借りて2店舗の丁度間くらいにあるビルの脇に停めてもらった。


それでも信号などの関係で、5分ほどしか時間は変わらないらしい。


 焦ってスマホを落とす来歌を見かねて、トモキはなるべく時間のロスを減らそうと作戦を練った。


・17時半になったらまずは虎イズでディミトリを待つ。虎イズの待機場所はSMクラブの表玄関横にある下り階段前。

・17時45分になった時点で来歌はトライズ3に向かう。待機場所はビルの登り階段前。

・18時に虎イズが開店したらトモキは中に入りディミトリがいるか、いない場合勤務しているか、遅番かどうかなどの確認をして、自転車でトライズ3に行き来歌に報告をする。

・トライズ3にディミトリが来た場合を除き来歌はトモキが来るまで必ず待機場所から動かないこと。

・18時半には必ずこの街を出ること。


 透明コートを着ているので、はぐれる可能性があり、なるべく一緒に行動をしつつ約束の時間や場所は守るように決めた。


これが最短のコースだと思えるまで作戦会議をして決めたが、来歌は思っていたより更に話す時間が短いことに気がついた。

来歌の焦りを解消しようと決めた作戦だったが、来歌は上辺のみ元気を取り繕い、心は深く暗い闇の中に迷い込んでいってしまった。


 物語の結末は【ディミトリには会えませんでした、いつもの平穏に戻りましたとさ】なのかも知れないと思わせるほど、その闇は濃かった。

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