第22話 渚の歯車

 渚は、来歌とトモキに大型のショッピングセンターの前まで送ってもらうことになった。


待ち合わせは18時45分に、トゥクトゥクを停めてある駐車場に決まった。

集合場所にトモキと来歌がいなかった場合は、別のガイドに電話して入出国管理施設に送ってもらうようにと、電話番号と公衆電話の場所を教えてもらった。

先に飲み物を鞄に入れておこうかなど、歩きながらあれもこれもと現地でのアドバイスをもらい、ガイド以上の事をしてもらっているなと、渚はトモキに再度感謝をした。


 プシューに会うためにルナリアに来たが、1人で行動する上で最優先なのは、危険なことを避け、警察に捕まらずに帰ることだ。 


幸い渚には、悟との結婚資金にと貯めた貯金があるので、また来ようと思えば来れるし、今回は下見としての縁だったと思えば諦めもつく。


 ショッピングセンターの入り口で、来歌と繋いでいた手を離すと、急に心細くなった。

相手も同じだったようで、再度手を握ろうと探ってみるが来歌の手は見つからなかった。

透明コートは大変便利だが、人から認知してもらえない寂しさも同時に感じる。来歌、トモキと目があっていたのは個室に入っていた時のみだった。


「じゃあ、行ってくるね」


 見えない分、声の明るさで伝える。


「うん!いってらっしゃい!きっとプシューちゃんと会えるよ〜!」


人から見えてないことを忘れているのか、というくらいの大きな声で来歌は返事をした。


トモキは、それじゃっ!といった感じで片手をあげたが、1人で何もない空間に挨拶してる人のようになってしまっている。


2人が面白くて、少し肩の力が抜ける。渚は振り返り大きな自動扉を見た。


 いよいよだ、残り6時間をずっと歩き続けるつもりで、渚は一歩を踏み出した。


 ショッピングモールに入ってみると、これがなかなか歩きやすかった。

こちらでは平日なのか、そこまで混んでいなかったのと、道が広くとってあることで人とぶつからずに歩くことができ、息を殺したりすることもなかった。

ベビーカーやショッピングカートを押して歩く人も快適そうだ。


 ベビーカーが止まった時にこっそり近づいて見てみたが、溜息がでるほど可愛い赤ちゃんだった。1歳になってないくらいだろうか。目が3つあろうが毛が多かろうが、どんな生物も赤ちゃんは最強に可愛い。


 子供が好きで保育士になった渚だったが、最近は「子供にどうしてあげれるか」や「発達のためには」と考える事も多かった。


もっと自分が子供達の可愛さを楽しんで働いてもいいのかも知れないと、異星人の赤ちゃんをみて思い直す。

 そもそも、保育士以外にも子供と触れ合う仕事はあるんだし、考え直す時期が来てるのかもしれないなと、赤ちゃんに手を振り、帰ろうとすると、赤ちゃんは見えないはずの渚に対し手をくりくり回して返した。


……よく赤ちゃんは幽霊が見えるって言うけど、本当は幽霊じゃなく隠れてる異星人だったりするのかも…と、渚は旅行の思い出を増やしつつ前に進んだ。

 

 プシューちゃんに会えたら、どうやって話しかけようかと、エスカレーターに乗りながら考えてみる。

もしここで奇跡的に会うことができたら……とりあえず人がいないタイミングで声をかけるべき?いや、普通に怖いよね、どうしよう、でも思いきらなきゃはじまらないし、いや、もしかしたらプシューちゃんにとって私は悪い思い出なのかも……というところまできて、あっというまに目標だったフードコートに到着した。


 クレープ屋にはプシューの姿はなかった。そう簡単には会えないよねと思いながら、ふと客席の方見ると、プシューと同じ髪色の女性が座っていた。あまりにも毛色、毛質が似ていたので、母親かも知れないと思ったが、核心的なものはなく触れないことにした。

まず、そうだったとしても、透明人間に話かけられて嬉しい人間はいないし、プシュー以上になんと言っていいかも分からない。

 その女性は立ち上がると、飲み物を片付け、渚がきた方向へ歩きだしエスカレーターを降りていった。

顔も少し似てるかも知れない。ただプシューはふっくらしていて、苺大福のように可愛いのに対して、この女性は痩せていて頭が小さく足が長い。

目の色はプシューと違い紺色だった。


 エスカレーターを上がったばかりだし、もう少しこのフロアを散策しようと渚が歩きそうとした時。


 通路のライトを浴びながら、目の前にその人が現れた。 


ラズベリーピンクの髪を揺らして歩いてきたのは、まさかのプシューだった。


今日も艷やかで色白な頬を赤く染め、ピンク色のつぶらな瞳を潤ませている。小さな唇はライトピンクのリップが塗られ、赤ちゃんのような佇まいだ。


数秒見惚れた後に、渚はどっと汗をかいてきた。


散策をはじめて20分もたっていない。


渚はあまりにもびっくりしてしまい、汗の滑りもあって手に持っていたペットボトルを落としてしまった。


透明コートの範囲からでたペットボトルは、通路にコロコロと姿を現した。

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