第20話 見られている

 トモキが選んだ店は、ウノ国でいうカラオケ店のような雰囲気だった。受付は無人で、端末が置かれているのみ。そこにスマホをかざし、中に入っていく。

部屋に入るとゆったりしたソファーがあり、床にも人がだめになりそうなクッションが置かれている。壁際には拳大ほどの機械が置かれていて、中央には、3人で囲むには、少し小さいくらいのローテーブルがあった。


「先に注文するね」


と、トモキはスマホの画面をテーブルの真ん中に置くと、どれがいい?と言いながらスクロールしてくれる。目に翻訳機がついているわけではないので、見てもあまり分からないが、こちらでは高級店でしか見ないパスタが、とんでなく安い値段で提供されているのを見て、2人共それを頼んだ。

トモキは、笑いながら


「ウノ人は皆、パスタが好きなんだな」


と言い、注文をしてくれた。


 暫くすると、ポーンという電子音と共にドアが開き、猫型ロボットが入ってきた。どことなくディティールが違い、パチモン感が漂っている。


「クールだね!MANGAのタヌキだ」


と、トモキが言うのを見て、なんとも言えなくなる。

猫型ロボットのお腹のポケットが、ガコンという音と共に、前にせり出すと、中にはトモキが注文した、ラーメンが入っていた。

それを取り出すと、次の商品がまた押し出されて提供される、というシステムで、提供し終わると猫型ロボットは、ドアを閉め帰っていった。


「んじゃ、食べよっか、透明コート取りなよ」


 トモキに促され、2人は透明コートのスイッチを切る。若干あった締め付けから解放され、深く息を吸う。

30分ぶりくらいに来歌と渚はお互いの顔をみるが、なぜだかとても久しぶりに感じて、まじまじ見てしまう。

「お疲れ……」

と、渚の口から自然に声がでる。


 ふとトモキを見ると、渚の顔をみて、驚いた顔をしている。


「何?」


「渚!!お前めちゃくちゃ美人だな!びっくりしたわ!こんな綺麗な人と、俺が普通に喋ってたとかウケる」


「……え?」


「顔に体毛がないけど、こっちでモデルとか、女優とかできるよ!透明コートしてなかったら、そこの通りでスカウトされまくるぞ!」


「…………」


来歌は言葉のまま受け取り、渚は綺麗系だもんねー!とお気楽に同意しているが、渚はショックで動けなくなってしまった。


「よし、時間ないし早く食べよう」


と言われても、渚は

『私は一般的に見てブスなのか?いやそんなにいうほどブスじゃないはず、この人の価値観がウノ人寄りなんだ、血だけでいえば殆どウノ人だし』

と頭の中でブツブツ言いながらだったので、なかなか箸が進まなかった。


 渚が、自分の右斜め前を見ると、トモキがマスクを外している。

すっとした一重の目元から、なんの特徴もない顔を想像していたが、小鼻の狭い高い鼻と少し尖った顎のおかげで、とても清潔感のある男前に見える。歌舞伎役者みたいな感じだ。

すごく悔しい……と思っていると同時に、こんな時になんて幼稚なことを考えているのか、と嫌になる。


 視線に気づいたトモキが、ラーメンを啜りきりこちらに微笑んだ。


「俺……不細工だろ?顔の体毛もねぇし……マスクして、目と眉毛だけ出してればそれなりなんだ」


「え……?」


渚はすぐに、そんなことないって言おうとしたが、付き合ってもない男性を真正面に褒めたことがなく、言い淀んでしまった。


代弁してくれたのは来歌だ。


「全然格好いい方だと思うよ!どこが不細工なのか、分からないくらい!」


トモキは、パァーっと顔を輝かせた。


「ほんとに?!そんなの久しぶりに言われた!」


そこで、渚はやっと


「私も、素敵だと思う」


と言えたが、顔は赤くなってしまった。


 それを聞いたトモキは、顔をクシャっとすると、ラーメン鉢を置いて、残ったラーメンのスープを飲みながら話した。


「俺な、ホッカイドーから来たって言っただろ?ホッカイドーってのは、ここからすごい遠い北の方にあって、そこには、混血の奴が多く暮らしてるんだ。普通に楽しく過ごしてたし、2年不動産会社で営業マンもしてたんだけど、なんかこのまじゃ駄目だって思って、一回だけの人生なんだし都会に行ってなんかやってみようって、思ったんだ。」


 来歌も渚も話に聞き入る。

ここでしか食べられないであろう、パスタの味はあまり感じず、ただ口に運ぶ作業になっていた。


「こっち来て、船降りたら、皆俺見てぎょっとすんの。はじめは全然分からなかったんだけど、こっちには、黒毛の人がいないんだわ。顔も一般的なルナリア人とは違ってアレだし、女の子に叫ばれることもあるけど、変態か犯罪者を見る目で見られんだよ、酷いよな。とりあえず仕事しないと思って面接受けたけど、内容見る気もないって感じで、断られてオシマイ。」


 トモキはラーメン鉢を持ち上げ、スープを飲み干す。


「だからさ、ここの土地で、今俺の見た目を褒めてくれるのは、来歌さんと渚さんだけだよ」


そういってニカッと笑う。


来歌は綺麗に食べた皿に、フォークを置いて、トモキを真っ直ぐ見つめる。


「ホッカイドーには、帰ろうと思わなかったの?」


その質問に、トモキは肩をすくめてみせる。


「嫌だったんだ、負けたみたいだろ?絶対この見た目で生き抜いてやろうって、だからわざと服も真っ黒にしてんの。そんで、できたら毛色で差別されることのない、世界にしたいなって。この仕事で金貯めて、皆が認めてくれるような、大きな事をするつもりだよ」 


 渚は、部屋のライトにあたってキラキラ光るトモキの黒い瞳を見て、強い人だなと感じ、今まで来歌が惚れるような、夢見る男なんてあまり好きではなかったが、この人とは友達になりたいかも、とまで思うようになっていた。


「俺の話はおしまいな、時間決まってるのにごめん、どこから話す?」


来歌はぜーんぜん!と言って手を振る。


「知らない人との出会いとか、会話って、旅行の醍醐味じゃない?ごめんじゃないよー」


来歌は全然旅行とか行かないのにな、と思いながら、渚は質問を考える。


「……さっき、ギリギリ犯罪って言ったのは、これが密入国だからだよね?」


個室とはいえ、一応少し小さな声で聞くと、トモキも声を潜める。


「うん、このツアーは、ウノ国側では秘密売に行われているけど、こっちでは政府が黙認してくれてる商売なんだよ。ウノ国に事情があって引っ越した国民と、その子供や孫のためのツアーだ。ウノ人を弾くために高額になってるが、帰りに入出国管理施設の受付で身分を証明し、申請すれば20万ほどは戻ってくる。まぁそれでも高いけど……だから来歌さんや、渚さんみたいな純粋なウノ人が入国にこの方法を使ったとなると、政府や法律的には、アウトになるってことだな」


渚と来歌は、気まずそうに目を合わせる。


 先に謝罪を口にしたのは、渚だった。


「ごめんなさい……もう分かってるかも知れないけど、私達は密入国になるって知ってて、ツアーに申し込んだの。一緒にきた人達も、密入国の怪しいツアーに参加してるんだと思ってた。ガイドの人を頼む時に、犯罪に巻き込むことになるってことまで、頭がまわってなかった……本当にごめんなさい!」


テーブルにつくほど頭を下げ、ギュッと目を瞑る。

隣で来歌も、ごめんなさい!と言って頭を下げた。


 2人の心情とは裏腹に、トモキはカカカ!と笑う。


「いいよ、いいよ!ガイドの担当が俺で良かった。他のやつだったら、通報されてたかも知れないしな。ま、はみ出し者同士仲良くしようや」


そう言ってテーブルにあった、グラスの水を飲み干し、でも!と声をあげる。


「その頭を下に降ろす仕草さ、他のウノ人も使ってるけど、こっちでしたら変だからやめた方がいいよ。急に謝りながら、人間が2つ折りになるの怖いから」


来歌と渚は、ルナリア国にきてはじめてハハハ!と声をだして笑った。


 3人はテーブルの上を空にして、地図を広げ、今後の予定について話すことになった。

今度は、ウノ国側の2人が事情を話す番だ。


 渚がこれまでの経緯を話すと、トモキも一緒に怒ったり悲しんだりしてくれる。


「ひでぇ話しだな……ルナリア人に、そこまでヤバい奴がいることもショックだし、被害にあった子も心配だな……あと渚さんみたいな美人を手放してまで、そんなことするなんてソイツ馬鹿だな!」


トモキは不機嫌な顔で頬杖をつき、吐き捨てるように言った。

渚は『私はウノ国では並の顔(だと思いたい)です』と、少しふざけて言ってしまおうと思ったが、彼が慰めてくれているのが分かったので、言わなかった。

代わりに、今考えていることを共有する。


「その子に会いたいんだけど、知ってる情報は18才、クレープ屋で働いていた、連れて行かれたバーで仕事の話を持ちかけられた、母親と住んでいるってことぐらいなの。だからとりあえず、来歌がもらった地図にあるクレープ屋さんに行ってみるつもり……ただ男の人が引き金で、パニックになる可能性があるし、知らない人を沢山連れていけば、不安になるかも知れないから、ここからは私1人で動くつもり」


 来歌は、渚の顔を覗きこむ。


「ギリギリまで着いていくよ?」


渚は頭を振る、さっき言ったことも本当だったが、これ以上、誰かを巻き込みたくない気持ちが強かった。


「来歌には、来歌の目的があるでしょ?最初に聞いた時と違って、今は応援してる。だからトモキさんと頑張って探してほしい」


渚の芯の強さを知る来歌は、これ以上言っても駄目だなと諦める。


「うん、分かった……あ!じゃあトモキさんに頼んで、周辺のクレープ屋やバーのあるとこの地図だけ、写真撮らしてもらいなよ!」


「それ良いね!」


トモキも了解!とスマホで地図を開き、それを渚が写真を撮る。それを何回か繰り返して、渚の準備は完了した。


 次は来歌が、トモキに経緯を相談する番だ。

トモキは何度も「へー!すげー!」など感嘆の声をあげ、感動していた。


「すっごいな!運命ってやつだ!ぜーんぶ揃って、導かれてここに来てんだな!まるでMANGAだ!」


目を少年のようにキラキラさせるトモキに称賛され、ふふふと、少し自慢気に来歌が胸を反らせる。

反論するところはないが、なんかツッコんでやりたい気持ちになった渚だが、別で1つ気づいたことがあった。


「……ちょっと待って、来歌にツアーを教えてくれた姉弟って、ルナリア人かその子孫ってことだよね」


来歌は「あ!」っと声をあげ、トモキは「そうなるね」と簡単に肯定した。


「奈緒子さん、匠海さんにルナリア人の要素あったかなぁ?」


 思い出すように、顎に手を当て、考える来歌の口から2人の名前を聞いて、トモキが答える。


「あぁ!その2人をこの前接客したの俺だ!お姉さんの方は初めてだからって、観光地も案内したんだ。弟さんの方は2回目で、すっかりおばあちゃんっ子になったから、生きてるうちに沢山会いたいって言ってて、いい奴だなと思ったからなんか覚えてる」


へーっと言いながら来歌は、匠海の髭面を思い出し「おばあちゃんっ子」というフレーズに笑みが溢れた。

しかし顔を思い出しても、ルナリア人っぽさはない。

それを見透かしたように、トモキが続ける。


「ルナリア人の特徴があんまりないからこそ、ウノ国に住めるんだと思う。俺も4分の1しかルナリア人の血がないから、この前の姉弟と一緒で、おでこの目もないしな」


それを聞いた2人は叫んだ。


「わーーー!!本当だ!おでこに目が無い!」


「なんで気づかなかったんだろ!当たり前過ぎてかな?!」


2人が口々に言うと、またトモキはカカカ!っと笑う。


「さっき差別されてるって、話の時に言わなかったな、これも気持ち悪がられる原因なんだ」


とまた笑う。


「まぁ首と腕の体毛は、ルナリア人らしいだろ?姉弟も、もしかしたら見えない所にルナリア人の血が入った印があるかもな……さてさて!そんなことは置いといて、来歌さんの予定は?」


トモキは本腰をいれるように、胡座をかいた膝の上に手を乗せ、来歌の方を見た。


「あ!ありがとう、とりあえずさっき言ってた、動画の場所を中心に探したいの!ロケしてた場所は、奈緒子さんが地図に書いてくれてる」


 地図のメモはウノ語で書いてあるので、場所を指さす。トモキは眉を寄せ口元を曲げた。


「あんまり、治安の良い場所じゃないな、この街の裏側って感じ。一緒に探すんなら、どんな奴か見ときたいんだけど写真ある?」


「あるよ!動画をスクショしたやつ!ほんっっとめっちゃ格好いいの!!見て!!」


来歌は、お気に入りのシーンのスクリーンショットを、スマホでみせる。

どんな反応をするか、ワクワクして待ったが、来歌の期待虚しく、トモキは口を開けて目を開き画面を凝視するだけで、うんともすんとも言わなかった。


「え?格好良くない?」


 そう言われて、ようやくトモキは魂が入ったような顔に戻ったが、画面から目を離す事はなく、来歌のスマホを奪いそうな勢いで、スマホに手を添えていた。


「ご、ごめんびっくりした……」


「どうしたの?」


異様な様子に心配になり、渚が横から尋ねる。


「俺、こいつ知ってると思う」


「「え?!」」


来歌と渚は、息のあった双子のように同じリアクションをしてしまった。


 これまでの経緯を踏まえ、3人の身体の中を、怖いとも興奮とも言えぬ感情が巡る。


定まった運命が壁の向こうから顔を覗かせる時、人は神を見て恐ろしくなり、逃げ出したくなるのだ。

それが美しい未来だったとしても、必ず不安と共にやってくる。


「こいつ幼馴染だった、ディミトリだ。7才くらいの時に引っ越したから、変わってることもあるし絶対じゃないけど、こんな色が白くて、毛がないルナリア人ホッカイドーにもあんまりいねぇよ。ここまで色白なのは、ディミトリか、チュア人だった、ディミトリの父ちゃんくらいだ」


 来歌は、運命が近づく足音に身震いをしていた。


トモキと出会えたのは、運命以外の何者でもない。彼、ディミトリと会うために、全てが回っている。

本当に会える。

絶対会えると思って来たが、いざとなると上手く行きすぎることが、とてつもなく怖かった。


 信じていい未来なのか。


日常に戻れば、この恐怖を感じずに生きられる。

新しい恋をまた探して、結婚して、できれば親の店を継いで、2人で店を切り盛りして、子供ができて、子育てを終えて、2人でたまに帰ってくる子供と孫を楽しみしながら老後を過ごすのだ。


 恐怖を乗り越えて自分に賭ければ、また新たな恐怖が来るだろう。知りたくなかった己を知るだろう。

知ってる道を、知ってる自分で歩くほど心地良いものはないからだ。

知らない道を知らない自分で進むことのできる勇気を、一歩を。


 ……全てのことが、来歌の身体の自由を奪った。

動かなくなってしまった来歌を、2人は心配して顔を覗きこんだが、反応がない。


「来歌しっかりして。びっくりしてるの?」


渚からのこの問いに、かろうじて「……うん」とか細い声で答える。


「……運命なんでしょ?今までと違うって言ってたじゃない、ここまできたら、私も100%信じるよ」


肩にとんっと手を置かれて、少し気持ちが和らいだ。


「ごめ……なんか怖くて」


そこでようやく来歌は、自分が小さく震えていることに気づいた。

震えを止めようと、二の腕をぎゅっと抱きしめるように握る。

すると次の瞬間、渚が手を置いた反対側の肩に衝撃を感じた。トモキがパァン!という音を立てて来歌の肩を叩いたのだ。


「痛っ!!」


痛さに驚き、震えが止まる。トモキを見ると、いつの間にか立ち上がっていた。 


「ごめん、思ったより力強くなった……けど!こんなのMANGAだ!!正直羨ましい!!主人公かよ!」


トモキの子供のような発言に、来歌は目をパチクリさせる。


「俺がこんなんしたかったわ!運命の出会いして、運命のヒントもらって、手助けする仲間がいて、全部上手く行って……!羨ましい!やらないなら変わってほしい!なんで俺が仲間側なんだよ!」


座って下から見ていても、トモキが少し涙目になっているのが分かる。


渚は2人を和ませようと、わざと少しくだけた話し方をする。


「仲間側だけど、クライマックス前の重要な仲間じゃない?もしかしたら裏切る系のキャラ?」


「違うわ!」


トモキもノって返す。初めて会った異星人でも、ここまで仲良くなれるという素晴らしい事例だ。


ようやく来歌も、笑顔になってくる。


渚は来歌の肩に手を回すと、再度おどけた口調で歌うように話した。


「35万円かかってるんだよ!やらなきゃ損そん!やろうよ!」


「そうだね!私は5回払いだしね!」


 来歌もノッて明るく応える。


「……それくらい払えるように、貯金しとけよ」


 トモキが呆れたようにボソッつと呟くのを聞いて、異星人にも言われるくらいだしこれが終わったら、どうにか貯金しようかなと、来歌はこっそりと思った。


「んじゃ行きますか!」


「「おー!」」


 皆で渡れば怖くない。

振り向くな、運命はいつでも見ている。

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