第19話 道標
集合場所には、長い黒髪を1つに束ねた男性が立っていた。
髪と顔の雰囲気だけ見れば、ぱっと見ウノ人に見えるが、うなじと、腕から手の甲にかけて黒い体毛がふさふさと生えている。
黒いタンクトップに黒のサルエルパンツ、黒の編み上げブーツ、黒いマスクをつけているその様相は、さながらカラスのようだった。
20代前半のように見えるが、マスクのせいではっきり分からず、身長は、ウノ人女性として少し高めな渚とあまり変わらない感じだ。
太く長い眉毛と、一重のすっきりした瞳が印象的で、片手には『ガイド』と書かれた、画用紙を持って立っている。
近づいて、先頭に立つ渚が代表して肩を叩いてみると、彼は渚の腕をぱっと掴んだ。
想像してなかった動作に驚き、思わず声がでてしまいそうになる。
「ツアーの客だな、タチバナライカ、間違いないか?」
ウノ国のような、ツアーガイドを期待するのは難しいらしい。
「私は剣崎渚です。後にいるのが橘です、途中まで一緒に行きます。」
「分かった。ルナリア国は、はじめてと聞いているが、どこへ行きたい?会いたい人は?」
会いたい人というフレーズに、渚はドキッとしてしまう。
このツアーはなぜ、会いたい人や、ルナリア国で行きたいところが明確な人がいる前提で組まれているのかと訝しんだ。
正直なことを話していいか躊躇してしまう、来歌はどう思っているだろう。
「とりあえず、ご飯が食べたいの。このフードコートが入ってるお店分かる?」
一旦、核心的な話は伏せることにして、来歌と握った手を離し、地図を出してもらう。
それを受け取ると、カラスのようなガイドは眉を寄せたあと、面白がるように笑った。
「あはは、これすっげー昔の地図じゃん、地形で判断するとか難易度高いな」
つられて、来歌も笑う
「あはは、だよね!」
フランクな会話なら『距離なし来歌』にお任せだ。来歌は初対面の人ともすぐに会話してしまえる、ただし連絡を取り合うほど仲を深めるのは苦手だ。
「でも分かるよここ、1番デカいショッピングセンターだわ。同じとこに噴水があるんだ。下からシャーッて出て子供が喜ぶやつ」
建物は全てなくなったと聞いていたので、昔ウノ人が使っていた物がそのまま使われているというのは初耳だった。噴水が、地中に埋まってるタイプのやつだからかな?となんだか考え深い情報だ。
「良かった!連れてって下さい!」
来歌が少し声を張ってしまい、渚は慌てて謝罪する。
「すいません、私達見えてないのに」
人から見れば、何もない所から地図を取り出し、一人で大声をだしてる、真っ黒な男以外の何者でもない。
「気にしない、気にしない。変なやつだと思われるのは慣れてるから」
じゃあ行こうかと、渚と来歌に背を向けて歩きだす。
頼もしいガイドに少し安堵しつつ、2人も歩きだした。
施設を出ると、目の前には4車線ほどの広い道路があり、先ほどまでいたウノ国側とは、まるで違う景色だった。
様々な色や形の車が行き交い、バイクなのかよく分からない物も走っている。
右手を見ると施設の駐車場があり、左手には、ドライブスルーができる飲食店が何軒か並んでいる。
渚はその飲食店の中に、確かにウノ国の有名ハンバーガーチェーンを見た。どうやって売り込んだんだろう、とそのチェーンの商売根性を感じる。
駐車場に向かうと、黒色の奇妙な3輪の自動車が停めてあった。前に運転席が1席、後ろに2席あり、側面にドアがない。
これで道路を走るのは怖そうだし、この車じゃありませんように、との願いも虚しく、ガイドは手に待ったリモコンで、その車の鍵を開けた。
「変わった車だね」
と、怖ごわ来歌が聞くと、ガイドは不思議そうな顔で声の方を見る。
「これはウノ国の、トゥクトゥクって車だって聞いたけど違うのか?地元のホッカイドーではそう言われてて、よく近所行く用に使われてたけど」
「うーん、私は見たことないなぁ。沖縄とかにあるのかな?」
ガイドは、トゥクトゥクと呼ばれた車の屋根を、ペシペシと手で叩く。
「ま、いっか、どこ産かなんて。俺のお気に入りだからな」
そういうと、目元を細めて笑ってみせた。
「ほんじゃ乗って」
と、ガイドがエンジンをかけて運転席に座ると、2人も追って飛び乗ったが、シートベルトがジェットコースターのベルトのように、2人でベロンベロンの長いやつを1本付けるだけの物だったので、すぐ降りたくなった。
従わないわけにも行かず、しばらく乗っていたが、ドアがないおかげで、通り抜ける初夏の風が心地良く案外悪くない。それをサイドミラー見たのかガ、イドが声をかけてくる。
「気持ちいいだろ!俺もこれに乗ってる時間好きなんだよ!楽しいっていうか、落ち着くっていうか、なんか伝えにくいんだけどさ」
街を見ながら、渚が応える。
「心地良いって言うのかも」
「それ!ありがとう!」
渚は小さな声で来歌に「良い人で良かったね」と言った。
トゥクトゥクが進むごとに、住宅地から繁華街に変わり、入出国管理施設から10分ほどで、次の駐車場に着いた。
ガイドは、運転席に座ったまま後ろを振り向くと、説明を始める。
「ここの駐車場代や、飲食代はお客様持ちね。俺の分のご飯は払わなくて良いけど。電車とか乗る時は、俺の分の切符代もお客様持ち。大丈夫?」
「うん」
と、来歌が元気に答える。トゥクトゥクに乗った時間が緊張をといてくれたようだ。
「19時集合だから18時50分くらい?にはここを出るぞ」
来歌は「はい!」と元気に答えたが、ギリギリの時間で行動する事が嫌いな渚は、口をつぐんだ。
トゥクトゥクを降り、まわりを見ると、高いビルが沢山並び、人もかなり多い。道路は交通量がかなり多く、一車線は渋滞を起こしていた。
各店の前には、電子ポスターが鮮明な映像をうつし、あなたに必要な物はこれですよ、と人々に訴える。渚はその映像を見て、あることに気づいた。
ウノ国とは美的感覚が違う……?
人それぞれの趣味もあるとは思うが、ポスターや、イメージ映像に映る人々が、ウノ国でいう「一般的」または「美しくない」とされる顔をしている。
そういった人をわざと使って、美しさに囚われない素晴らしさをアピールしているのか、そういった人がこちらでは美しいのか……。
後を振り返ると、高級感のある化粧品店らしき店があったが、そこのポスターにうつる女性は、艷やかなロングの赤い髪に、同じ色の極太の眉毛、横に広がった大きな鼻に、まつ毛がふさふさの小粒の目、頬にホクロが2つといった風貌で、口紅を片手持ち、顔の横に添えポーズをとっている。
太い眉毛……と思い、思わずガイドを見た。彼をよく見ると、元の眉毛の上から少し眉毛を足して書いてあった。
やはりウノ人とルナリア人では、美醜の感覚に差があるようだ。
ではプシューはどうなのだろう?もしかすると、ルナリア人の中では、あまり良い風貌ではないのかもしれない、コンプレックスがあったから、仕事に誘われて嬉しかった、とも言っていたことを思い出し、渚は1人胸が苦しくなった。
一方、車を降りた来歌は、わくわくして周りを見渡していた。少しお腹が空いていて、ルナリアのグルメも気になるが、何より意中の彼が、どこにいるか気になって仕方がなかった。
あそこの角から出てくるかも?カッコいいし、あんな感じの服屋で働いてるかも?と妄想は止まらない。
運命のライン乗ってるんだから、絶対会える。と信じていたし、その考えが崩れれば、きっとこの場でへたり込んでしまうと、心の底で感じていた。
2人が当たりを見回してると、ガイドは「あ!」と声をあげた。
「自己紹介してなかった!名前はトモキ!半年前にこっちの方に越してきたけど、ガイドはもう50回以上してるから、それなりにこの辺は分かるよ、このツアーの参加者ってことは、親戚はこの辺の人なんだろ?案内できると思うよ」
と言って、トゥクトゥクの鍵を手の中で弄びながら、2人の返事を待っているが、なかなか返事がない。
「え?いない?どっかいった?」
と、トモキが目を泳がせると、急いで来歌が返事をした。
「ご、ごめん、いるよ!びっくりしちゃって!」
「何が?名前?お客様にはウノ人っぽいって言われる。まぁ父親がウノ人で、母親がルナリア人とウノ人の
ハーフだから、そういうところから、名前はきてるのかも」
とトモキはガハハハハハ!と笑った。
「え、え、ちょっと待って情報が多すぎる!来歌も今びっくりしてるよね?!」
この気持ちを共有したくて顔が見たいと思うのに、透明コートで何も分からない。
「してるよ!え、トモキさん、まず親戚って何?なんの話?」
「……?このツアーは親戚に会うためのツアーだろ?」
3人の間に、数秒静かな時間が流れたあと、トモキが沈黙を破った。
「……違うの?」
再度数秒の沈黙があったあと、今度は来歌が沈黙を破る。
「ち……違う」
「…………えー……純粋なウノ人なの?」
「はい……」
気まずい雰囲気が流れる。
トモキは前髪をちょいちょいっと触ると
「これは、ギリギリ犯罪だね……もう立ち話してても仕方ないから、ご飯に行こうか、予定とは違うけど、個室の店があるから、そこでちゃんと話そう」
と言って、困った顔をした。
「すいません……」
渚は、密入国に関わらせてしまったことを申し訳なく思ったが、トモキは「んーん」とわざと気の抜けた返事をしてくた。
昼食の店へガイドを続けるトモキの背中は、より一層頼もしく見えた。
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