第18話 出国

 ツアーバスの出発時刻3分前になり島本駅前のロータリーには来歌、渚を含め4人が列を作っていた。


お互い目を合わせてはいけないような雰囲気が漂う。


島本駅付近はルナリア国との国境に近いため、高槻市ほどではないが、ほんのり観光に力を入れており、それなりに店があり、賑わいもある。

こんな所に、違法なツアー会社のバスが来るのだろうかと、2人は不思議だった。しかし前の夫婦は慣れているかのように「楽しみねー」なんて話しているので、更に分からなくなる。


 そこへ1台のミニバンがやってきた。

ボディは少し白みがかった青色で屋根は白、ステッカーが何枚も貼られていたりと、目立たないようにしようという気が微塵もない。

来歌と渚は同時に「なんじゃこりゃ」と心の中で思い、顔を見合わせる。緊張感を保っていたいのに、それを維持する糸は、体の中でぐらぐら揺れはじめていた。


 4人の前で車が止まると、運転席から人が降りてきた。


「ツアーノヒトカ?」


挨拶もなく、カタコトで話しかけてくるその女性は、明らかにウノ人とは違う雰囲気を纏っていた。

髪全体は黒色だが、頭頂部が緑色なので、わざと染めているように見えるし、おでこにはヘアターバンが付けられていて、額の目を隠しているようにも見える。大きなマスクから、顔周りの毛がみえている気がしなくもない。

この季節には不似合いな、ハイネックの長袖シャツを着ているが、小さな紙を持った手は丸出しで、手の甲から指にかけてふさふさと緑色の体毛が生えており「そこはいいんかい」というツッコミをせざるをえない、風貌であった。


 前に並ぶ夫婦が「そうです」と普通に応えると、後部座席のドアを開けた。


「ミナミカワ ダイゴ、ミナミカワ モトコ、マチガイナイナ?」


と、まぁまぁ大きな声で言うと、はいと応えた夫婦を奥に座らせる。

名前をそんなに簡単に大声で……と呆気にとられる2人に、順番が回ってきた。


「タチバナ ライカ、カ?アナタハジメテ、ムコウツイタラ、セツメイアルカラ、スワッテ」


彼女はカタコトながらも、早口で説明すると、来歌を2列ある後部座席の、前列の奥に座らせる。そしてクルッと振り向き、愛想を使う気は一切ありません、という顔で渚を見た。


「アナタ、ナニ!ダレ?」


気迫に押されそうになるも、渚が食いつく。


「あ、予約、してないです、でも、乗りたいから、来ました」


分かりやすいように分けて話してみる。


「お金、あります、カード、すぐ払えます」


すると彼女はさっさと、運転席に戻ってしまった。

駄目かと思い、食い下がろうとして追いかけようとしたが、彼女はすぐに運転席から降りてきて、ラミネート加工された紙を渡してきた。


「コノQRコード、ガメンノニュウリョクシテ、オカネハラウ、セツメイアトスルカラ」


そう言うと、手をさっと車に向けてはらう動作をし、また運転席に戻ったので、乗っていいんだと思い、ホッとして来歌の隣に乗り込んだ。

2人は小さくハイタッチをして、無言で喜びあった。


 15分ほど車に揺られていると、景色がどんどん変わっていく事に気づいた。

民家がどんどん少なくなっていき、途中から建物が忽然となくなり、自然だけが残されている。

しかし、入出国管理施設へ続く車道だけは綺麗に整備されていた。更に5分ほど行った所で、車は停止する。


 車の窓からは、煉瓦色の大きな建物が沢山並んでいるのが見える。物々しい雰囲気にとうとう此処まで来てしまったかと来歌は唾を飲んだ。

エンジンを切った運転手の女性は、車を出て外から後部座席のドアをあけ、呼びかける。


「ヒトタチー」


 皆さんって言いたかったんだ、と分かると渚は笑いそうになってしまい、その雰囲気は来歌に感染してしまう。笑ってる場合ではない、と己に言い聞かせて平静を保つ。


「ワタシハ、ダイヒョノ、ムニワナ、イウ。イマカラ、トウメイコート、クバルダカラー、ヒトチュジュツ、モッテ」


裏にフックがついた小さな丸い装置が配られる。

急いでいるのか、後ろのミナミカワ夫婦にも回している途中で、次の説明がはじってしまう。


「オプション、アリマスカラ、ヨンデ、ユッテヨ」


そう言うと、ペラペラの紙が1枚づつ配られる。

内容はこうだ。

 

オプション

・換金 1000円→700デヨン

・マイク付きイヤホン型翻訳機 レンタル 5000円

・ツアーガイド 20000円


 後ろのミナミカワ夫婦は、慣れたように換金だけをお願いしていた。

来歌はオプションの件を事前に奈緒子から聞いていたので、オプションをフルで注文した。


「渚、何か向こうで食べたり、電車に乗るなら換金は必要なのと、翻訳機もベター、ツアーガイドは私が頼むから、私と一緒にいるならいらないよ!」


まるで私が全て考えました!というかのように、渚にアドバイスする。


「透明コートで見えなくなると、ご飯の注文や受け取りとかができないでしょ?だから変わりにガイドさんにやってもらうの」


渚はビームの出そうな目で、


「カフェで言ってた、カレー屋の人の受け売りでしょ」


と鋭く言うと、来歌の言うとおりのにオプションを追加する。

そしてニヤリと笑うと


「お金ないだろうからガイド代は私が払うよ」


と、からかうように付け加えた。


「もー」


と言いながらも来歌は、心の中でガッツポーズをして、紙吹雪の中でダンスを踊っていた。

来歌にとって2万円は大きい。


 ムニワナは、全てをタブレットにメモし終わると、電話をかけはじめた。

スマホをポケットにしまい、こちらにまた視線を戻すと、ツアーの概要とルールの説明がはじまり、2人は再度緊張しながら聞き逃さないようにする。


「セツメイスルダカラ、キイテ。ココデ、トウメイコートキルネ、ソコノタテモノ、テチュズキシタラー、ワカレル、ガイドオプションノハ、ガイドガクル、マツ」


説明の難易度が高い。

帰れなくならないように、最後だけでも聞いておきたいと焦ってしまう。


「シュウゴウハ、シチジ、バショハーココナ、ゼッタイダメコトハー、トメイコートキカイトルコト、ダメ、ソトデシラナイ、ルナリアジン、ハナシカケルモ、ヨクナイ、ワカッタ?!」


「は、はい」


 なんとか聞き取れたと思うが、不安でいっぱいになっていると、ムニワナはそれを察してか来歌と渚を指さし


「アナタタチ、ガイドイルカラ、ゼッタイ、カエレマスカラ」


と言ってくれる。

ぶっきらぼうに思うが、親切なのかも知れないと感覚が麻痺してくる。


「ジャ、トメイコートツケテ、オリロ」


 首元をトントンと叩くジェスチャーをするので、小さな白い装置のフックを、襟元に付ける。

来歌が後の夫婦をチラ見すると、同じことをしていたので、あっているみたいだと安心した瞬間、ミナミカワ夫婦は綺麗さっぱりいなくなってしまった。


「ひっ!!」


怪談話のような状況に驚いて声をあげると、隣の渚も続いて「んえっ?!」と間抜けな声を出した。

すると先程ミナミカワ夫婦がいた所から、男性の声が聞こえてきた。


「スイッチをONにするんですよ、サイドに付いてます」


出会ってはじめての会話がこんな形になるとは、思ってもいなかった。

2人が素直にボタンを押すと、虹色の膜がしゃぼん玉のように広がり、全身を包みこむ。すぐにお互いが見えなくなってしまった。


「服のコートじゃなくてコーティングの方なのね」


息苦しさなどはないが、少々はりついたような感覚はあり、着たことはないが全身タイツを着るとこんな感じなのかも、と来歌は思った。


 「私らもはじめは、秘密道具の透明マントみたいな着るコートやと思ってたんですよ」


柔らかい、上品な女性の声がする。

こんな状況じゃない時に、詳しく話が聞きたかったと思うほど、雰囲気の良い話し方だった。

もう少し聞こうと思ったが、ムニワナがイライラしたように音を鳴らし、足元の砂利を踏みしめていたので、急いで車を降りた。


「ココカラァ、ツクマデハー、ダマッテ」


と言い、駐車場の砂利道を歩き出したので慌てて付いていく。

 

 木々に囲まれた、ひっそりとした駐車場で、他の車や人の姿はない。

駐車場が終わると、次は木と木の間にある、獣道のような、人1人通れるくらいの幅の、土の道が現れた。

そこを1列になりながら通るのだが、お互いが見えずなかなか難しい。

どうにかぶつかりながらも歩いていると、後ろからミナミカワ夫婦の、奥様のささやき声が聞こえてきた。


「2人で行動しはるんやったら、手を繋だらいいですよ……むしろそれ以外に、はぐれない方法はないです」


なんと素晴らしいアドバイスかと、手探りで来歌と渚は手を繋ぎあった。


「ありがとうございます」


と、二人とも声を潜めながらお礼を言ったが、その後考えこんでしまった。


 来歌は、ルナリア人の彼に告白する時に、渚が真隣にいるのは微妙ではないかと思い、渚は渚であちこちと当てもなく探しまわるのに、来歌を連れ回すのはどうかと思っていた。


そしてお互いに、どこで待ち合わせしようか、どうすれば相手が分かるかと、別行動を取ることを前提に考えを進めた。


 気づけば、煉瓦色の建物の前まで来ており、ムニワナは自動扉を抜け、ぐんぐん進んでいってしまう。

空港のような雰囲気のロビーには、本物のルナリア人が何人か座っていて、本当にここまで来てしまったんだな、と来歌は感じた。

普段たまに見る軍服をきたルナリア人ではなく、私服でかつ年齢や雰囲気も様々だ。

お土産屋には、漢字で書かれたTシャツがかかっていて、忍者や侍モチーフのグッズが並んでいる。地方のお土産屋と変わらないな、と思っていると、前を歩いていた渚が歩みをとめる。


 目の前には白いカウンターがあり、そこには施設の職員と思しき男性が立っていた。

先に並んでいたルナリア人の女性が、何かカードを渡すと、男性職員は機械にカードを通し、パソコンの画面を見ながら入力をする。


「入国ですね、どうぞ」


と言うと、カウンター横のバーが上がり、ルナリア人女性はその先に進んいった。


 入国審査官だと分かる。


どうやって4人も通り抜けるのだろうと思っていると、ムニワナはスタスタとカウンターに向かい、審査官と話をしだした。

少し笑いながら、なんだったら冗談を言い合っているように親しげに話し、最後にムニワナが茶封筒を審査官に手渡すと、カウンター横のバーがいとも簡単にあがった。


ムニワナは手をさっとあげ、審査官にお礼をすると、先に進む。来歌は遅れてはいけないと急いでついていくと、こちらが見えていないはずの審査官と目があう。


審査官は「おかえりなさい」と笑った。


 入出国管理施設を出た所で、ムニワナはイヤホン型の翻訳機を差し出した。オプションを追加した来歌と渚が装着し、本体の真ん中にあるボタンを押す。


「テスト、聞こえる?」


ムニワナの口からウノ語が聞こえてくる。


「ちゃんと動いてるみたいね、良かったです。じゃあ七時にここで」


びっくりしているうちに、会話は一方的に終わり、彼女は去って行った。


来歌と渚は目を合わせたかったが、お互いがどこを向いてるか分からず、手をぎゅっと握りあい分かりあった。


 ミナミカワ夫婦は、既にどかに行ったかは分からない。もしかしたら近くにいるのかも知れないし、もうこの施設を出たのかも知れない。


 渚は急に来歌の手を引いて、早歩きで進みだした。

ここの施設はお酒と木のいい匂いがするな、と思いながら進んだ先には謎のマークが3つあったが、来歌もなんとなく気づいた、これはトイレだとだ。

男性用、女性用の間に大きな扉があった。

幸いにも空いており、中に滑りこむと、中は清潔に保たれていて、異臭などもなく問題なく過ごせそうだった。

便器の形が違うのは、チュア人と排泄の仕方が違うのか、お尻の形が違うのかは謎だなと来歌は思ったが、将来恋人になるかもしれない異星人の事なので、結構重要だなと思い直した。


 音もなく目の前に急に渚が現れる。来歌も急いで透明コートのスイッチを切ると、すぐに話しはじめた。


「き、来ちゃったね!あと8時間くらいだよ、どう行動する予定?」


渚スマホを取り出した。


「あ、やっぱ駄目だ電波ないや、とりあえず急いでさっきの所に戻って、ガイドの人と落ち合うでしょ?とりあえず普通の観光っぽい感じを装って、まわりの様子見ながらご飯食べよう」


「ガイドの人がいないと食べれないもんね」


「来歌は、ずっとガイドの人と一緒にいる予定?」


「うーん、そうなるかも?彼が見つかったら、いったん席外してもらうかもだけど」


「私は、ご飯後にひたすらプシューちゃんを探す予定だから、すぐ来歌と離れると思う、待ち合わせはもう集合場所で大丈夫?」


「うん、大丈夫……まぁどうなるか本当に分からないけど、安全にいこう。私はここのフードコートに行きたいの!奈緒子さんオススメのクレープ屋があってね」


と来歌が奈緒子から貰った地図を広げると、渚がかばっと近寄る。


「どうしたの?」


「プシューちゃん、クレープ屋で働いてるの、そこの先輩から変な人紹介されたんだよ……」


「え!」


「まさか……ね」 


「うん、でも一応行ってみよ、どうせご飯しなきゃ行けないし」


「うん」


渚は期待に胸が膨らんだが、来歌のように運命という言葉を口に出すのが恥ずかしく、まるで何も思ってないかのように振る舞った。


「じゃあガイドさんのとこ行こう」


2人は再度透明コートのスイッチを入れ、トイレを出ると急いで集合場所に戻った。

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