第11話 ヒーロー

 私の身体はどうしてしまったんだろうか。

自分のものではないように強張っていて動かない。頭の中身だけ空に浮いているような感覚だ。

恥ずかしいような辛いような…怖いような……そんな気持ちが身体の中にいっぱい入っていて、私は中に入れないのだ。


 入ったらまた、あの気持ちに支配されてしまう。沢山泣いてしまう、呼吸ができなくなってしまう。

そう思うと、このままでもいいのかもと考えてしまう。


元の身体に戻りたくない、どうせ戻るならもっといい子の身体が良い。

ルナリア国にいて普通にバイトをしていて、ちゃんと勉強して、家に帰ったらお母さんが抱きしめてくれる……。


 …………誰かの声が聞こえる。心配してるみたい。


身体から離れたまま目線を前に向ける、身体は頭を下げて膝を抱えたままだからどうもしてあげれない。 


ウノ人の女性が「大丈夫……怖かったね……」と話しかけてくれている。


 怖かった……?何があったんだっけ?


なんかあった気がする……この人が腕を引っ張ってくれたんだ。

思い出しちゃいけないんだけど、思い出さなきゃ……。


女性越しに見えるのは歩いているウノ人の人達……毛が少ない……ふふっ。


 目の前の人は泣いて顔が真っ赤だ……そういうところはルナリア人もウノ人も一緒なんだな……鼻が真っ赤になるタイプなのは私と同じ。


あれ……そうだ、この人私のために泣いてくれてたんだ。


思い出した……「怒っていい」……って言ってた……へへ。嬉しい……。

思い出さなきゃ……ありがとうって言わなきゃ……。なんでここにいるんだっけ……、なんで……。


女性がスマホをリュックから出し手に取る。

あ……。

 

 スマホを耳元に当てたとたん、私は私の身体に急スピードで引き戻された。


「駄目!!!……だ、げほっ、駄目!!」


急に身体が動き咳き込んでしまう、心臓の動きが大きくてうるさい、足は震えていてどうにもならない。

やっとガチガチに固まった身体を動かし、女性の足にすがるようにパンツの裾を握る。


「やめて……ぐだざぃ……警察に電話しないで……」


きっと私は今怖い顔をしてる、涙でぐちゃぐちゃになった顔で。


 女性はびっくりした様子でこちらを見ている。


「捕まっちゃう……悪ぃ……ことしたから……」


悪いという言葉で喉が絞まる。悪いのは嘘をついて入国したことだろうか、ウノ人の男性に乱暴されるような女の子だったことだろうか。


「お、お、おがぁさんに……ひっ……嫌われちゃう……」


また涙で前が見えなくなった、もう目の周りが痒くて痛いような感じだ。

女性もまた顔をくしゃくしゃにすると、口元に手を当てて震えている。


ああ、また私のために泣いている。


少し躊躇してしゃがむと、私の肩にしっかりと手を置いた。細い指だ、暖かい、人なんだこの人も。


「きっと大丈夫、こんなにも……いい子だから……お母さんは嫌いにならないよ」


鼻を啜りながら、そういって口の両端をあげて笑って見せた。


「安心して、警察には電話しない、でも必ず守ってあげる」


肩の手に力が入る。

私は掴んでいたパンツの裾から手を離し、何度も頷いた。


「私は渚っていうの。あんな事したけど怪しいものじゃないからね……説得力ないか!めちゃくちゃ叩いてたもんね!」


と少し笑った。記憶が朧気でよく分からないけどこの人が助けてくれた事は分かってた。

ヒーローみたいに活躍してくれたんだ。


口の端があがらない、上手く笑ってかえせないのが悔しかった。 


「今から他の人になるべく見つからないように、安全な所に行くから、ちょっと待ってて」


 そう言うと渚さんはスマホを手に取り、こちらの様子を伺いながら電話をかけた。


「お母さん?あのね今日夜帰る予定だったんだけど事情が変わってしまって、今からでも大丈夫?あと車で迎えにきて欲しいの」


電話の向こうから「お父さーん!なぎさが迎えにきてほしいってー!」という声がする。

すると渚さんは慌てて訂正をした。


「違うの!お父さんじゃなくてお母さんにきてほしいの!うん知ってる……うん、ほとんど乗ってないのは分かってて無理言ってるのも分かってるんだけど、事情があるの」


少し静かな時間が続く。


「ありがとう!助かる!あとお父さんと一輝は、、リビングから出てこないようにしてほしい、あとで説明するから」


早口で言い切ると、心底ほっとした様子で胸に手を当てる。


 それを見てルナリア人もウノ人も、心は胸の真ん中にあるんだと思った。

 

別れをつげると、電話を切りこちらに向かって微笑む。


「もう大丈夫!」


夕陽が渚さんを照らし、髪が風になびく……お鼻が真っ赤な私のヒーローは、あまりにカッコよすぎた。

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