第7話 さよなら運命
3人が店内に入ると、生憎カウンターの席しか空いておらず、自ずと隣の席に座る事になった。
「全部美味しそう!オススメはあります?」
とメニューを見た姉がカウンター内の店員さんに尋ねる。ものすごく真っ直ぐで人懐っこいな人だなという印象だ。
店主の男性はその質問に熱心に細かく答えている横で、来歌もメニューを見た。
ここのお店はインドやネパールのカレー屋を何軒も巡って研究している夫婦が営んでいて、夫婦の研究熱心で優しい人柄も気に入っている所の1つだ。
一応迷ってはみたが、いつも通りのチキンを使ったカレーを注文した、すると来歌の左隣に座った弟の方が
「良さそう、僕もそれにします」
とメニューを指さして言った。
柔らかい喋り方と声の人だなと思った。
メニューを立てる所へ戻そうと手を伸すと、水を取ろうとした弟の方と小指が触れてしまった。
なぜかパチッと弾けるような刺激を感じ目線をあげると相手の顔が毛穴が見えるほど間近にあった。
はっきりとした大きな二重の目と目があった瞬間、光の玉が自分の周りでバチバチ音を立てて飛び散った。
何度も何度も強いフラッシュを焚かれているような感覚に目がくらみそうになると【あの動画】を見た時と同じ高揚感が、お腹の下あたりからぐわーっと上がってくるのを感じた。
頬が熱くなってきて、相手にバレないか恥ずかしくなり来歌は目を反らした。
そしてカウンターの奥を見つめ考えた。
あの動画を見た時と同じ感覚が起こったという事は、動画のルナリア人の彼と繋がっているという事かもしれない……と。
この男性は何か彼の情報を持っているか、話しの中にヒントがあるはず、間違いない、私の身体が教えてくれた。
来歌は今までなかったような体験に興奮していた。
目が間近で会ってしまった弟側は、数秒止まっていたが、すぐに正気を取り戻すと来歌と同じように目を反らしカウンターの奥を見た。
カレーを待っている間、姉弟の会話が聞こえてくる。
来歌は話の内容に何か気づくことはないか、必死で耳をすませていた。
「おまたせしました!」
お待ちかねのカレーが、ほぼ3人同時に運ばれてきた。カウンターにむせ返るほどのスパイスのいい香りが立ちこめる。
「いただきます」
弟の口からまた静かな優しい声が聞こえてきた。落ち着く声だ。
1人の外食でも「いただきます」を言う派の来歌には何か嬉しかった。
続いて姉の方からも「いただきます」が聞こえてきた、こちらも明るく少し甲高いのになぜか落ち着く声だった。
来歌自身も「いただきます」と呟くとスプーンの先端に巻かれた紙を外し、サラサラのカレーをサフランライスにかけ掬って食べた。
口の中に鶏肉の旨味とスパイスの香り、酸味、唐辛子の辛味が押し寄せ、すぐに額と鼻には汗が滲んだ。
「あーこれこれ!」と心の中で叫ぶと同時に足も少しばたばた動かしてしまう。
隣の姉弟からは素直に「美味しい!」という声が聞こえた。
奥に座った姉が来歌に声をかける。
「すっごい美味しい!教えてくれてありがとうな!」
「いえいえ!」
自分の好きなものを共有することで、喜んでもらえるのはとても嬉しい。
「ちょ、そっち行くわ!」
というと姉は、私の隣に移動してきた。
「男くさい顔見ながら食べるより、可愛い子見ながら食べる方が美味しいからな」
ニカッと今度は、イタズラをする子供のように笑う。
「私は奈緒子、名前聞いていい?あ、タメ口で大丈夫やんな?」
来歌と同じレベルの早口だ。
「タメ口大丈夫です、橘 来歌っていいます。あの……二人は御兄弟ですか?」
奈緒子は、ハハハっと大きな口を開けて笑った。
「そうそう!顔いっしょやろ?1番下の弟で1番顔似てんねん」
奈緒子が指をさすと、弟もハハハと笑った。笑うと、二人共目元がくしゃっとなるのが印象的だった。
「匠海です、枝 匠海、1番似てるのは本当やな」
こちらをみて少しだけおどけて言う様に、来歌もふふっと笑ってしまう。
すると奈緒子が、身を乗り出して一本指を立てた。
「あれやで、普段からは一緒におらんからな!弟は仕事で長い休みがあるとすーぐ旅行に行くんやけど、今回は特別なとこやったから、私も連れて行ってもらうことにしてん、ずっと一緒やと思われたら気持ち悪いから、先に言うとくな」
奈緒子の話し方が面白くて来歌のカレーを口に運ぶ手が止まってしまう。
「こっちも気持ち悪いわ」
とテンション低めに匠海が突っ込むと姉弟漫才のようだ。
「特別なとこってどこですか?」
さり気なく来歌が聞くと、奈緒子と匠海は目を合わせ、二人にしか分からない通信をしあった。
しばらく沈黙があったので、来歌は聞いたことを後悔し始めていた。
「途中ですいません、ちょっとトイレ借ります」
というと匠海は急いで席を立った。
彼がトイレに入るのをしっかり見送ると、奈緒子は来歌にずいっと近寄り、ここぞとばかりに話しはじめた。
「あんな、さっきスマホの画面少し見てもうたんやけど……来歌ちゃんはルナリア人に興味あるん?」
来歌は突然の事で動揺してしまう。
ルナリア人の写真を待ち受けにしている人なんて、殆どいないはずだからだ。
「え……あ……」
言い淀んでいると、奈緒子は小さな声で話しを続けた。
「実はな私等ルナリア国に行ってきてん」
来歌の頭に衝撃が走った。
私が待ってたのはコレだ。
「ど、どうやって行ったんですか!?」
内心大きな声で叫びたかったが声をひそめて聞いた。
「うーん……あんまりちゃんとした方法じゃないねん、言ったこと匠海にバレたら怒られるから、後でチャットで送っていい?」
来歌は高速で頷くと、スマホを手に取った。
チャットアプリを開こうとしたが、興奮して上手くいかない、匠海が帰って来るまでに終わらせたくて、焦ってしまった。
「すいません、すぐ開きます」
「大丈夫大丈夫、友達なったから連絡先交換したって言ったらいいんやから!落ち着いて」
奈緒子さんは、笑顔で続ける。
「やっぱり言ってあげて良かった、絶対必要やったやろ?」
また来歌は高速で、頭がもげるほど頷いた。
お会計が終わり店を出る。
「ではまたー」と姉弟と別れ家に向かう。少し歩いて振り向くと匠海も振り返っていた。お互い手をふり再度前を向く。
来歌は我慢できずガッツポーズをした。
家に帰らず近くの公園に立ち寄り、さっそく奈緒子にチャットを送る。
「先程はありがとうございました。ルナリア国へはどうやって行かれましたか?」
ドキドキと返信を待ったが1時間たっても、うんともすんとも言わないので、これ以上は緊張しすぎて駄目だと思いとりあえず帰宅した。
来歌がお風呂から出てスキンケアをしていると、チャットアプリの新着のお知らせがきた。
飛びつくようにスマホを手に取り、ベッドにダイブする。
心臓の大きな音を聞きながら、アプリを開くと奈緒子から返信があった。
「こちらこそありがとう!カレーめっちゃ美味しかったわ!旅行のことの前に、一旦待ち受けの子について聞いていい?あの子とは連絡とったりしてるん?」
すぐに教えてもらえず、少しがっかりしたが彼のことを誰かに言えるのは少し嬉しかった。
動画を見て一目惚れをしてしまったこと、どうしても会いに行きたいということを書き、動画のリンクと共に送った。
しばらくすると、返信があった。
「動画見てみた!旅行行くんなら、此処がどこらへんか分かっておいた方がいいかなと思って、匠海に心あたりないか聞いてみてん。あ、来歌ちゃんの名前は出してないよ。ほんなら、この取材風景を見たって行ってたで!姿が見えへんのをええことに、結構近づいて見たって。あの人が他のルナリア人と見た目も違うし、すごい色白やったから覚えてたって。場所聞いといたから、また旅行行くの決めたら教えてな!」
来歌は、手で口を押さえて飛び上がった。
比喩表現ではない、ベッドで寝ながら本当に1cmほど飛んだのだ。
匠海さんは、彼と間近で会っていた!
昼にカレー店で感じた【彼と繋がりがある】という感覚は、間違いなかった。
しかも、動画を撮影した場所まで分かるという……私はどこまでラッキーなのか。
違うラッキーなんじゃない。きっと運命に導かれているからだ。
さっそく来歌は、旅行にいく旨を返信した。
「OK!ここのサイトから申し込むねん」
メッセージの下には、リンクが貼り付けてあった。
「このサイトは、一部の人間だけの秘密なんと、結構値段もするから覚悟してな。私は見に行く価値があったと思ってるよ!ルナリア人の文化もやけど、昔ウノの土地があった場所を、色々見れたのも良かったわ!頑張って!」
とメッセージが添えられている。
今日1日を通して、情報と感情の揺れがあまりにも多く、だんだんと疲れてきたが、本番はここからだ。
この行為は明らかに違法だ。
普段なら友達である渚に相談したかも知れないが今回は難しい。
来歌は自分に問いかけた。
「これは本当に必要なこと?」「撮影場所が分かっただけで、彼に会えると決まったわけではないのに、大金を払うの?」「法を冒してまで?」
そして答えたのは自分ではなく【心】だった。
「自分の気持ちを思い出せ」「今日あったことが偶然じゃないと思うのか」「運命を信じろ」
来歌は大事な【身体】の答えを聞かないまま、リンクを開いた。胸の高鳴りは来歌のセンサーを狂わせはじめていたのだ。
リンクを開くと「旅券申請代行サービス」と書いてある下に、個人情報の入力欄があるだけの見るからに怪しいサイトが表示された。
名前と住所、年齢、メールアドレスを入力すると、決済画面が現れる。
金額は35万円。
来歌はクレジットカード決済を選び、5回の分割払いを選択した。
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