第5話 大人の人

 そして私、プシューは家に帰り、お風呂に入ってしっかりメイク直しをした。

顔の良し悪しでバイトができるか決まるかもしれないのだ、自ずと力が入る。


「こんな遅くにどこに行くの?またバー?」


母親が怪訝な顔をして部屋を覗く。


「うん!お世話になってる人のところ!なんか紹介したい人がいるんだって!」


私は素直に答える。

母親にはあまり嘘をついたことがないし、つきたくなかった。

「大丈夫?気をつけてね、お酒を飲まされないようにしないと!お母さん心配してるんだから」

部屋に入ってきて私の顔を鏡越しに覗きこむ。

「大丈夫!私はバカな子とは違うし!」

心配かけたくなくて鏡越しにニコッと笑いかけると、母親は後ろからかけより私を背中から抱きしめた。

「私の苺ちゃん……!」

嬉しくてえへへと口から声が漏れる、私はお母さんが大好きだ、殆ど反抗期もなくここまできた。

 「苺ちゃん」は私が産まれてから、ずっと呼ばれいるあだ名だ。

私の膨らんでもちもちしたほっぺは、いつも苺のように赤いのだ。

「今日もぷにぷにね!本当に可愛い!」

と頬をつつかれる、その行動は私をまた笑顔にする。


 そこでスマホにチャットが入った。

「いつものバー着いたよ!来てね〜!」

私はスマホを鞄にしまい、母に軽くハグをすると家を出た。

 自分は人より劣っているような気がしてたし、今までは家を一歩出ると、敵ばかりのような気がしてた。

でも今日から変わる気がしてくる。きっと私は今人から見ても、キラキラしてる。そんな気がしていた。


 バーにつくと、カウンターの後ろの、2人用のテーブル席で、サイロ先輩は飲んでいた。

ちなみにカウンターという形式のお店はチュア人の文化から来ている。


 ウノ人とチュア人の文化はかなり似ている。

勿論わざとそういう星を探して降り立ったのだ。

母星から当時の船の早さで10時間以内、人が生きていける環境で、できれば自然が豊かな所という条件で探し、1つの星がヒットした。

 そこはチュア星と名付けられ(現地人からはアースとか、ウノ国ではチキュウと呼ばれていたが)精密な調査や検査が行なわれた。

 その結果文明レベルは違うが、かなり似た文化を持った宇宙人が、生活していることが分かった。

 つまり私達も快適に住めるという太鼓判がついたのだ。

 移住後、チュア人の領域へは姿が見えないようにして行くことが多かった。

国境にある施設から、透明になる装置をレンタルして、チュア人の国へ入る。

そして観光をしたりどんな新しいものがあるか視察したりするのだ。

その時にギターやこういったカウンターといったスタイルを輸入してくる。

 文化もとても似ていて、生活スタイルも似ているのに、全く同じようには発展しないという事実はとても面白い。

 私は中学校の修学旅行で、一度ウノ国の沖縄という所に行ったことがあるだけだけど。

  

 サイロ先輩は、私に気がつくと手を振ってくれた。

先輩と向かい合わせで座っている人は、こちらに背中を向けていて分からないが、男性のように見えた。

「プシューちゃん!」

サイロ先輩が声をあげると、男性が振り返る。


 ぴたっと空気が止まってしまった。

思ってた数倍大人な人だ。

なんというか独特の雰囲気がある。

黒々とした髪を後に撫でつけ、目は妖艶なのに鋭い、頬はこけていて、細みの身体に、肩幅のあるストライプのスーツを着こなしている。

両目は銀色で、額の目は潰れて無く、額に雑な縫いあとがあるだけだった。


 私は圧倒されてしまい動けなくなってしまった。


「こっちにおいで!」

促されてようやくテーブルに向かうと、スーツの人が後の席から1つ椅子を持ってきてくれた。

「来てくれてありがとうね、君がプシューちゃんね」

「あ、ありがとうございます、はい」

「緊張してる?俺顔怖いでしょ?傷とかさ」

口の両端をあげて目を細める表情はより大人の色気を放った。

友達のお父さんや学校の先生からは感じたことのない雰囲気だ。

「あ、だ、大丈夫です」

慌てて否定するも2人に大笑いされてしまう。

「プシューちゃんいつも通りでいいよ!」

とサイロ先輩に言われても、なかなか笑えない。

私がテーブルを見ていると男性がテーブルに紙を置いた。

「これ俺の名刺ね、バイトお願いしたいって聞いてるでしょ?」

そこには【株式会社ラブバード 社長ハイダイ】と書かれている。

「しゃ、社長さんなんですね!」

「対した会社じゃないから役職は気にしないで」

ハイダイさんは名刺入れをスーツの内ポケットにしまうと、今度は電子タバコを手に取り吸い出した。

サイロ先輩はその様子をのんびり見ている。


 「んじゃ本題なんだけど、ウノ人って興味ある?」


急な質問に面食らってしまう。

チュア人……のウノ国の人に興味?

ウノ人とチュア人は陸続きとはいえ、お互いあまり関わらないように生きているし、過度な干渉や個人的なやり取りは法律で禁止されていて、インターネット上でも深い情報は得られないようになっている、興味を持とうにも難しい。

 観光に行くのだって、回数や時間の制限もあるしパスポートの制度も厳しい、ウノ人に興味がないですというための言い訳は山程ある。


 だがこれは面接でもある、変な回答はできない。

「あ……なくはないです……面白いですよね」

私は表情を伺うように質問者の顔を見る。

口元は微笑みをたたえている。

「良かった。仕事はね、ウノ人を相手にする仕事だから、興味がないと難しいんだよね」

「ウノ人相手ですか?わ、私、ウノ語喋れませんよ」

想定外の仕事で狼狽えてしまう。

「大丈夫、内容としてはね、チュア人の文化に興味のあるウノ人に会って、ルナリア語を教える仕事なの、ネイティブとの会話を求めてるからこちらはルナリア語しか使えなくてOKだし、一応翻訳機も2台用意して渡すから」

 急過ぎて頭が回らない。

「え……ウノ人と直接話していいんですか?」

「勿論。実は今後、政府はルナリア国とウノ国の距離を縮めていくつもりなんだよね、お互いの発展のためにもね。その政策の1つとして秘密売りにお互いの言語を喋れる人材を育ててるんだ。そこでね、うちの会社にも依頼があって、ルナリア語を教えるを探してたってわけ」

 そこまで言い切ると少し上を向きタバコをすーっと大きく吸い肺を膨らませゆっくり吐き切った。

私が口を挟む時間はあるようでない。


「サイロから教えてもらって良かったよ。プシューちゃん文才があるんだって?話す言葉も丁寧で品があるしさ……で、会って思ったけどさ、めっちゃ可愛いじゃん?……一応ルナリア国代表として行くから、それなりに容姿は整ってないと駄目なんだよね」

ハイダイさんは目だけで笑うと私の肩に手を置いた。


 ぞくりと悪寒がした。


……でもそれより自分を賛美する言葉が洪水のようやってきたことに感動してしまい……私は溺れてしまった。


 社長さんが、しかも政府から仕事を貰う凄そうな人が私をすごく認めてくれてる。

とても大事な仕事を任せそうなんだ!私は誰からみても可愛い!

立派にルナリア語講師の仕事をこなす自分と、喜ぶ母親の顔が交互に思い浮かんだ。

こんな高揚した気分ははじめてだった。


「つまり合格だからさ、やるよね?」

ハイダイさんからの言葉で現実に戻り慌てて返事をする。

「あ…………はい!!や、やりゅたいです!!」

思わず噛んでしまい、また2人に笑われる。

「うん!やる気いっぱいだね!」

ハイダイさんに連絡先とフルネームを伝える。

待ち合わせ場所や講義の相手の詳細は後日連絡してもう事になった。バーではジュースまでご馳走になってしまった。

ハイダイさんを見送ったあと、サイロ先輩にお礼を言うと


「こちらこそありがとう!」


と満面の笑みが返ってきた。


その笑顔とありがとうの意味を……まだ私は知らなかった。

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