第4話 日常を超えて

ここはオオヤマザキステーション前の広場だ。

駅では1日2便のみ船がやってきては、大勢の人を降ろし大勢の人を載せていく。


私はルナリア国で産まれ、まだ一度も母星に行ったことがない。

大きくなったらねと親に言われて育ったが、なぁなぁになり18年もたってしまった。

 母星までは船で8時間もかかるから、小さい子供を連れて行くのは、なかなか骨が折れるのだろうし、旅費もなかなかに高額だから、片親のうちの家には難しいのかもしれない。

 生まれ育った所で、余生を過ごしたい、と田舎に帰ってしまった祖父母は、数年に一度ルナリア国に顔をだしてくれる。そのため母星に帰省する理由もあまりない。


 虹色に反射する巨大な船を見あげ、私は溜息をついた。何かがしたい。新しい事がほしい。

 52年前にこの土地に来た人達は、さぞ楽しかったんだろう、期待に胸を膨らませ船を降り立ち、新しい家に住み観光して回る。

どんどん新しい自家用小型船、高速鉄道が出来、ルナリア国だけではなくチュア星全土を楽しんだ。

未来に希望を感じドキドキした毎日を送ったんだろう。


 この時代に産まれた私にとっては、どれも当たり前のことで、見慣れた土地、見慣れた観光名所、見慣れた人達に飽き飽きしてしまう。


「バイト行きたくないな……」

思わず口をついてでてしまう。

変な人だと思われていないか気になり、見渡すけれど、皆自分かスマホに夢中で、人など気にしてなかった。


 木陰でスマホを見つめる女性の髪が目にはいる。

流行の色に染められいて、キラキラ輝いて見えた。

服もとてもセンスがよく、流行りを取り入れてあるのに、上品で清楚に見えた。

 スマホケースに「特別な曜日」と書かれていて釘付けになる。

先週発売された『曜日』というブランドの限定のやつだった。


……欲しかったやつ……あっ、肌も綺麗だなぁ。


私はちらりと自分の肌と、ピンクラズベリー色の髪を思い出し嫌になった。

いいなぁ……。


 でも彼女の左薬指に、キラリと金色の指輪が光っているのを見ると、なんだか心がもやもやしてきた。

左薬指に指輪をはめるのは結婚してるか、彼氏がいますのサインだ。

元々チュア星の多くの民族がしていた習慣で、ルナリア人の間でも流行るようになったものだ。

 私は恋愛には全く興味がなく、そういった話をされるとなぜだかモヤモヤしてしまう。

同世代の子とは話があわないのは、私が恋愛以外に重きを置く大人だからかも?

人生には愛だ恋だよりもっと大事なことがある!なんて言い過ぎかな?


 スマホを見ると小さなヒビの入った画面には13:30と表示されていた。

バイトにギリギリ遅れない時間だ。

ふと先程の女性に目をやると、太陽のように顔を輝かせ、立ち上がり手を降っていた。

視線の先には、これまた綺麗な女性だ。同じ金色の指輪をつけて、手を振っている。

小走りで近寄ると、彼女の腕を取り抱きしめる。

彼女も、やだー!なんて言いながら満面の笑みで抱きついた。彼女達のまわりはピンク色の幸せなオーラで包まれていた。


 私の先程までの、もやもやはどっかにいってしまった。恋愛に興味はないが、人の幸せは大好きだ。


 バイト先では、同じ時間帯から入るハナ先輩が、既にキッチンに立っていた。


「間に合ってるんだけどさ、もうちょっと早くきてよ」


 眉間に皺をよせ、額の目を細める様子から、こちらへの不満と苛立ちをひしひしと感じる。

冷蔵庫から生クリームを取り出すとバンッ!とわざと大きな音をだして扉を閉める、もう毎回のことだ。

 42歳だと言ってたと思う。ひっつめただけのプリンになった染めた髪と、疲れた顔。

彼女はいつも就業時間の20分前にきて準備をはじめるのだ。

就業時間外労働っていうんじゃないのかなとか、私もやるべきなのかな、とモヤモヤは積み重なる。

店長には何度か相談したが、先輩の考え方や態度が変わることはなかった。

それどころか

「まぁ女性同士上手くやってよ」

と言われる始末。

「はい……」

そう答えるのが精一杯だった。


 本当は彼女の髪色が規定違反な事も、手袋をせずにイチゴのヘタ取りをしている事も、指摘したかったけど揉めるのが嫌で言えず、ただ後ろ姿を眺めながら、キッチンのドングの位置を変えたり、まな板にラップを貼り直したりしていた。

銀色に光るシンクに手を置くとひんやりして気持ちよかった。


 「オーダー!バナナチョコ2、イチゴ1!」

レジから注文が飛んできてホッとする。調理に集中していれば何も気にしなくていい。

お玉でクレープ生地を掬い熱い鉄板に流す、すぐに伸ばさないと均一に薄くならず食感も良くならない。

生地を専用の板に置き、真ん中に生クリームを乗せていく。イチゴやバナナをトッピングしカラフルな紙を巻いて完成だ。


我ながら芸術的な仕上がり。

将来クレープ屋でも開こうかな、お店でもいいしキッチンカーでもいい。可愛いクレープをデザインして、お店も可愛く装飾をする。

高校生辺りから火がついて人気になったりして……。


「ここの店はこんなもんだすんか!!!!」


 レジの方から男性の怒鳴り声がする。

楽しい妄想は跡形もなく消えてしまった。店全体に緊張が走る。


「どうされましたか?」

レジのバイトの男の子が対応する。

「どうしたかやあらへん、ここ見てみ!紙のとこにチョコついとんねん!こんなんなってる思わんから普通に持ったら服に付いてもうたやろ!!どないしてくれんねん!!」

4、50代に見える強面の男性は顔を真っ赤にして捲し立てる。

白いヨレたTシャツの襟元にはチョコレートが掠れ付いている。


「すいませんでした」

と頭を下げ対応するも納まる気配はない。

明らかにあのクレープは私が作ったものだった。

レジの子が怒られていることも、自分に矛先が回ってくることもどちらも怖くて、真っ直ぐに前を見れず先程まで自分が嵌めていたくしゃくしゃのビニール手袋をぎゅっと握りしめていた。

迷惑をかけたことがとてつもなく申し訳なくなる。

 すると突然背中が温かくなる。

びっくりして顔を上げるとハナ先輩が横に立っていて私の肩を叩いた。

レジの方に聞こえない音量で話す。


「大丈夫、普通に次の注文のやつ作ってて」


そう言うと店長をスマホで呼びはじめ、終わるとレジに向かった。その背中を緊張して見つめる。

何かを男性客に伝え、深々とお辞儀をすると、レジからお金をだし、店の連絡先が書いた紙を渡した。

男性は乱暴に受け取ると振り上げた手を下ろし、鼻を鳴らして去っていく。


 そこから先輩は、レジの男の子に何かを話して背中を優しく叩いた。

店長が応援にくる頃には全て終わっていた。

その後学校の終わる時間帯に差しかかったので、飛ぶように注文が入り、店が忙しくなった。

 ハナ先輩は子供が通う小学校から体調不良の連絡があったようで、慌てた様子でバックヤードに向かうと

「忙しいのにごめんねー」

と両手をあわせてまわりに挨拶し、早めに帰っていった。


こちらもすいませんでしたとか、ありがとうございましたとか……何も言うことができなかった。


 仕事が終わりバックヤード戻ると、たまにある無力感に襲われた。


ハナ先輩は特別だったな。


 少し落ち込んでいると


「お疲れ!!!」


と明るい声が飛んできた。

顔認証システムでタイムカードを記録しているのは、サイロ先輩だった。彼の顔を見るだけで心がフッと軽くなった。

 紫色の3つの瞳は綺麗な切れ長の一重で、髪色は濃い茶色に染めている、口はいつものように片方をあげて笑っていた。

ダボッとした、胸が見えそうなタンクトップにあわせたレザーパンツは、ピカピカ光っている。

反対の肩で担いでいるのは、ギターという楽器だ。

チュア人が使っている伝統的な楽器で、元々ルナリア星には打楽器しかなかったこともあり、チュア星に移り住んだ人々がこぞって習い出した。

ギターが上手い=格好いい、という認識もなくはない。


 「お疲れさまでした!」

何事のなかったように明るく返す。

「お!今日も可愛いな!」

サイロ先輩はニコッ笑うと私の頭をポンポンと撫でた。


インディーズデビューをしている 〈ナスカニア〉というバンドで、ボーカル兼ギターを担当しているサイロ先輩は、私を可愛がってくれ、バイト後にはバーやライブハウスなど、大人でないと知らない特別な所へ連れて行ってくれる。

 綺麗な奥さんと可愛い1歳の娘さんがいて、家族想いな所も尊敬でき、作詞作曲の才能も凄い。

この人と友達であることは内心自慢であった。


「今日この後時間ある?紹介したい人がいてさ」


タンクトップの上から制服を着るサイロ先輩にそう言われると私の胸は高鳴った。

誰かに紹介したいくらい私は信用されてる!こんな凄い人に認められてる!と。


「え、え!嬉しいです!どんな人ですか?」

「なんか簡単なバイトを頼みたいみたいなんだけど、可愛い女の子で文才がある子って言ってたから、プシューちゃんかなって」

「あ、だ、だ……え?!」

言葉にならない。


「いけそう?」

「も、勿論です!あ、一度家に帰って着替えてきますね!」

「ん!じゃあ後でね!お疲れさまでした!」


 サイロ先輩は細く長く骨ばった手をひらひらさせて笑うとキッチンに消えていった。


 胸の高鳴りが消えない。

バックヤードにある、身だしなみチェック用の鏡をちらっと見た。

そこにはニヤニヤと嬉しさが隠せない私が映っていた。

 ピンクラズベリー色の髪はふわふわしていて、小さな瞳は3つともピンク色で、期待に潤んでいた。

 ぷにぷにでマシュマロみたい、と学生時代に揶揄われた身体や頬も、良く見ればグラマーと言った方があう気もしてきた。


 ……私可愛いんだ。


しかも文才がある?話してる時かチャットしてる時に気づいたのかな?


こうやって人の縁って繋がるんだ……。

なんのバイトだろう、もしかするとサイロ先輩の友達だし音楽関係なのかも、作詞の手伝いとか?顔も条件なんだったら表舞台にもでる仕事だと思うし……。


 考えてもちっとも分からないけど、今の自分とは違う自分になれる機会なのは間違いなかったので、私は浮足だった。

ハル先輩のことと、失敗したことは入浴剤の小さな泡と同じ早さで心から消えていってしまった。

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