第3話 置いてけぼり
高槻駅近く、サラダ食べ放題のイタリアン店。
イタリアンと言ってもパスタやパンの取り扱いはなくリゾットやドリアがメインだ。
現在ウノ国は、地球に存在する他国とは鎖国状態で、海外の様子は一切分からず、勿論食品等の輸入もできない状態であった。
そのため自国での生産物に頼るしかないのだが、ルナリア人が持ち込んだ技術で農業は飛躍的に進歩し、米、野菜等は問題なく供給されている。
国民の人口が約半分になったことも大きいのだが。
しかし小麦粉に関しては別である。
ルナリア人は小麦粉と小麦を使った料理をいたく気に入りそれ以来小麦粉の生産量の9割を上納させている。
そのためウノでは小麦粉は高級品となってしまった。
パスタやパンも基本的に米粉で作られたものが一部売られているが、現代のウノ人にはさほどうけず食べるのは祖父母世代が多い。
当時1番ショックを受けたのは関西人だ。
お好み焼きやたこ焼きは高級品となりフルコースの最後にキャビアを添えて出されるようなものになってしまった。
生粋の関西のおばあちゃんおじいちゃんの「あの頃は本当に良かった、お好み焼きやうどんが……」という嘆きはもはや定番でベテラン漫才師の鉄板ネタだ。
ネット回線はあるが、見れる範囲や投稿できる言葉はルナリア国が管理しており言論の自由はない。
ルナリア人が襲来した時に、配偶者、子供、親戚を亡くした者は多く、勿論、皆怒り悲しんだ。
しかし圧倒的な武力と技術力を前に、何もできなかったのだ。
なんせ大阪と京都の境目から日本の東側がたった30分で跡形もなく整地になったのだから。
人や建物はなくなり、山々や川等の自然だけを残して「整え」られてしまった。
当時は通信会社の本社が殆ど関東にあったため、ネットが繋がらず情報がなかなか拡散されなかった。
一般人が正しい全貌を知るには3日もかかった。
分かったあとは泣き叫ぶだけ。
それ以降は今日に至るまで暴動は起きなかったのかというと、小さなデモ運動はあったものの、すぐ制圧されてしまうことと、ウノ人はデモや暴動にあまり向かない人種だったため、お察しの事だった。
更に言うと「宇宙人に征服される」ことになった元日本国ことウノ国の幸福度はルナリア人襲来前より高くなっている。つまり若者世代はルナリア政府に不満がないのだ。
イタリアンレストランの4人席では女性が2人と幼児が1人座っていた。4歳くらいの男の子が
「イタリアンって何ー?」と聞きながら椅子の上に足を乗せている。
母親らしき女性は「足!」といった後に「肘つかない!」と言い男の子の体勢を直した。
向かいの女性が
「昔イタリアンって国が海の向こうにあったんだって。違ったけ?イタリア?」
と言った。
奥のソファー席では来歌と渚が目を見開き早口で話しあっていた。
「いや、今までで1番無いから!!!」
渚は見せられたルナリア人の写真を見ると大きな声で抗議した。
顔面にはかなりの嫌悪が示されている。
「えー……?めっちゃ格好良くない?」
来歌は何が駄目なのか全然分からないといった様子でもう一度まじまじとスマホの画面を見るとニヤニヤしだした。
「ほら!くっきり二重の感じ!甘ーいのにするどい感じ?すんごい色白なのも良くない?手大きいし」
「いや、私が馬の写真持ってきて惚れたって言ったらドン引くでしょ?それと同じなんだけど?ルナリア人じゃん」
見せられた写真のルナリア人は確かに一般的なルナリア人とは少し見た目が違う。
大体のルナリア人は、ウノ人とさほど変わらい肌色か、褐色くらいで、目は3つある。
そして顔の輪郭、うなじから指先にかけてウサギや犬猫のような毛がフサフサと生えている。
写真のルナリア人はどこかウノ人味を感じる雰囲気だった。
ホワイトブロンドの髪、両目と額の瞳は金色でキラキラ輝いており、肌の色はかなり白く、冷たい印象すら覚える。
黒い長袖のTシャツでよく分からないが体毛がないようにも見えた。
渚は両肘をついて手で顔を覆うと信じられないと言った様子で目だけで空を見た。
「でもさぁ運命感じちゃったんだよね……好きになった!じゃないの、なんかこうー細胞が喜んでるみたいな」
途中から珍しく真剣な声になった来歌の顔を覗くと渚は心の奥が何故か痛くなった。
「前の人は?好きになったって言ってたティッシュ配りのバイトの人」
「あーヒロミチさん!駄目だった。」
「なんで?」
「なんかぁ葉っぱ?を吸ってるって言ってて、はじめは、大丈夫気にしないよ!ってアピってたんだけど、3回目バーに行ったらなんか目が血走ってて……ちょっと無理かなって!」
「なんじゃそりゃ!」
通常運転の来歌のエピソードトークに渚は笑ってしまう。つられて来歌も笑ってしまった。
「最初の段階で普通無理でしょ、なんでオーケーするの」
「多少のことは目は瞑らないと?夫婦も些細な事は見ないフリをし合うものって言うじゃん?」
「些細じゃないし!!」
盛り上がってたのも束の間、来歌の顔はまた曇ってしまう。
「……来歌?」
来歌はスマホをじーっと見つめると、すーっと息をめいいっぱい吸い込み、脱力するかのように息を吐き話しだした。
「変だよね…ルナリア人好きになるなんて……でもなんかここに来て渚に言われるまで気づかなかった。それくらい人種がどうかなんてどうでもいいくらいグッときてたの」
どう返していいか分からずに、うんーとかあーとか曖昧な言葉を発してるうちに、目の前の親友は別人になってしまった。
「決めた」
「なに?」
「恋するの、止めない、たぶん運命だし」
「え?!」
渚はなんのことかさっぱり分からなくて困惑してしまう。
「これで諦めたら、自分のこと嫌いになる気がする」
渚は背中からぞわぞわと寒気を感じ目を見開いた。
「絶対彼に会う、確かめる」
「な、なにを?」
「細胞が教えてくれた行く末を」
目の前にいる人は誰だろう、こっちを見ずにスマホを見つめ、目の中に炎を滾らせる来歌は渚にとって知らない人に思えた。
それは渚にとって恐怖でしかない。
ちょっと変でスボラで優しくて真っ直ぐで私のことが大好きな彼女を元に戻したくて思わず大きな声をだしてしまう。
「やめな!無理だって!」
こんなマイナスな事を本当は言いたくなかった。
「まず会えるわけないじゃん、偶然観光しにくるとか?実際会ったらめっちゃ気持ち悪いかもよ?」
渚は半笑いで続ける。
「てか昔一緒にいた時に、ルナリア人見てうわぁって言ってたじゃん…」
渚が食べていたリゾットから顔を少しあげ、目だけで来歌を見ると、少し口をあけて考えこんだような表情でドリアを見つめていた。
その目は潤んでいるのに灰色のようにも見える。
「ごめん…あの…心配で……傷つかないかって」
心配という使い勝手の良い言葉を使ってしまい渚は更に頭を垂れた、肘をつき頭を支えてないと、彼女を引き留める酷い言葉が無限にでてきてしまいそうだった。
カチャリと食器の鳴る音がした。
来歌はドリアを一口食べると目尻を下げ笑った。
「いつも心配してくれてありがとう……ごめんね!違う話ししよ!」
言い終わると先程まで穴が空くほど見つめていたスマホをさっと鞄にしまう。
その行動が渚の胸を更に抉ったが、悟られないように声を弾ませて返した。
「うん……あ!昨日配信されたヒロム〜&タエコの都市伝説的テレビ見た?あれ70歳の動きじゃないんだけど!」
そして心の底から願った。
来歌の新しい恋が実りませんように、と。
話しはいつも通り盛り上がったがそれ以降ルナリア人の話は出なかった。
途中、渚の婚約者の話になり、同棲における暗黙のルールの話や彼への愚痴などを話すうちに、男ってそういう所があるよねというあるある大会に発展していた。
来歌はその話をしている時も本当はスマホを盗み見したかったが鞄に手を伸ばすことを我慢していた。
彼にもそんな所はあるんだろうか?ルナリア人男性あるあるとか存在するのかな?なんて頭の隅で考えながら次の話題に話しを移す。
渚に心配をかけないためにも、もう彼の話をしばらくはしないと心の中で決めていた。
友達に聞かなくても大丈夫。もう結末は分かってるから。
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