第2話 親友を愛してる
「保育現場における手作りおもちゃ100」
子供達が真剣な眼差しでペットボトルのおもちゃを眺める写真が本の表紙を飾っている。
渚は、勤務している保育園の工作時間に使える案はないかと、パラパラと本をめくり探っていた。
在園生の親から寄付してもらえそうな材料が望ましい。牛乳パックや小さな箱やペットボトルに毛糸あたりだとありがたい。
高槻駅近くの百貨店の本屋で立ち読みしているとスマホに来歌からチャットアプリの着信があった。
『もうすぐつく!ごめんね!』
でしょうねと思いながら
『大丈夫ーゆっく来なよー』と送り返した。
来歌が遅れるのはほぼ毎回なので、渚自身も約束時間ギリギリまで別の場所でゆっくり過ごすことにしている。
来歌が遅れてくることに、渚が怒ることはない。なぜなら会ってからが最高の時間になることが分かっているからだ。
出会ってもう8年になる。一時期半年ほど連絡も取らないほどの喧嘩をしたこともあったが、それを越えたあとは1番の親友となった。
来歌にとっても、そうであってほしいと思うくらいには好きだった。
出会いはビジュアル系バンドのライブ会場だった。
当時渚は19才で来歌は21才。
その日は6組が出演するライブで渚の好きなバンド「モノクロダイブ」はトリを飾ることになっていた。
一組目のバンドには全く興味がなく、会場内もスカスカだったため端で座っていたが、ボーカルのメンバーが「立てー!前に詰めろー!盛り上がろうー!」と叫ぶのがあまりも健気で可哀想になって最前列に立った。
すると隣に風のように走り込んできた女の子がとんでもない声量で叫びはじめた。
「ヒビトーーーーーー!!!響音!響音!響音ーー!!!」
遅れてきたのか汗だくで沢山の荷物を足元に投げ出している。
叫んでいるのは彼女1人、恥ずかしげもなく真剣な眼差しでボーカルを見つめながら声援を送り続け、曲の振り付けも完璧だ。
バンドのメンバーもこの子がいるからどうにか最後の曲までモチベーションを保っているように見えた。
彼女の瞳にうつるステージの光が輝いているのを見るとなんか心がキュンとしてしまったと同時に自分もこんな目をして見てるのだろうかと思った。
ライブが終わり荷物を持って端で座り込んだ彼女はメイク直しをはじめた。
たぶんこのあと会場であるであろうグッズの手売りでメンバーと会えるからだ。
いつもなら誰かに、ましてや違うバンドのファンに声をかけるなんてしなかったが、どうしても話しかけたくなった渚は近くにしゃがむと
「気合い入ってましたね!」
と言った。
彼女は鏡から顔をあげると嫌な顔1つせず
「見てました?!めっちゃ恥ずかしいです」
と照れた笑顔を見せた。
すぐに良い子だと思ったし、はじめて会ったのにおかしな話だがなんで今まで話さなかったんだろうと思った。
ボーカルの響音がどんなに魅力的か、響音とメンバーとの友情やこれまでの努力など来歌の熱いプレゼンを聞き、渚も負けじと好きなバンドの話をするうちに打ち解け1時間もしないうちにタメ口で話せるようになった。
お互い関東弁というところも親密さに一役をかった。
ここ大阪では関西弁を話す者が圧倒的に多い。
関東弁を話す人間は大体ルナリア人が来る前に移住してきた人達とその子孫である。
ルナリア人がくる1年ほど前から大手の企業は本社を大阪か岡山、福岡あたりに移している。
その際に東京本社への勤務だった人間は移住を半強制されていた。
渚の祖父母も東京から大阪に来た口だ。
大阪万博があった夢洲はいくつかのパビリオンでの創造物を記念に残したあとにカジノ計画を中止し、多くのマンションが建てられ、示し合わせたように移住がはじまった。
舞洲の中には大型のショッピングセンターや外資系の家具雑貨屋、自然が楽しめる広い公園、子育て世帯や高齢者に嬉しい福祉施設などがあり生活が舞洲、夢洲の範囲内で終るようになっていたことからあまり関西弁に侵食されずに時が過ぎ、その子供達が他の土地に移った後もなんとなく元関東勢で固まって住むことが多かった。
今では元関東人が多く住む街をカントータウンと呼び、消えた関東料理が食べられる飲食店街となり観光名所のようになっている地域もある。
余談ではあるが来歌の両親は高槻市にあるカントータウンで静岡茶屋を営んでいる。(なお祖父母は静岡となんら関係のない土地から来ているため両親も静岡とは縁がない。「静岡の有名茶畑から引き継いだ茶の木を兵庫県の山間で育てている農家」と契約し販売している。)
そんな所もあり連絡先の交換をしたあとは、月数回ライブ会場で会い、バンドメンバーの出待ちをしたあとは格安イタリアンレストランで語り合うのが定番となりチャットアプリでのやり取りはひっきりなしだった。
その後渚から先にバンドの追っかけを卒業しそれをきっかけに喧嘩、半年後に来歌も追っかけを辞めまた会うようになって現在にいたる。
来歌といる時の渚は本当によく喋る。
来歌の頭の回転の早さ、口の早さは凄まじくそれについていける自分も誇らしいし、会う時に普段しないおしゃれを思いっきり楽しんだり、特別感のあるランチも自分の休日を、人生を、素敵に見せた。
来歌といる時の自分が好きだし、毎日こんな高揚した気分で過ごせたらと思う。
時間になり、本を棚に戻す。駅に向かう途中眼鏡屋の鏡に自分が映る。
ダークブラウンの肩までのストレートヘア、耳元にはシンプルなシルバーのピアス。
服装はブラウンのタンクトップに白いシャツを羽織りメンズライクなデニムに足元はヒールだ。
いい感じだ……でももう少し目が大きかったらなぁ……あと鼻の横幅も……なんて思いながら歩きだす。
改札前に来歌の姿が見えた。渚は頭の中で来歌に向けて呟く。
ねぇ知ってる?私が職場で変な人って思われてるって。全然喋れらない人って嫌がられてるって。
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