【短編】玉音放送と僕
簾園霤
玉音放送と僕
"朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ"
昭和20年8月15日正午、ラジオ越しに聞こえた玉音は衝撃的な言葉を発した。
東京から鉄道で十時間かかる山奥の小さな集落で、みんなが一台のラジオを囲んでその放送を聞いていた。
その中に、僕もいた。
僕は、複雑な気持ちであった。
今年、国民学校初等科第六学年になった僕には九個上の長男と七個上の次男と、四個上の長女がいた。そう、今、この世にはいない。
長男は、僕が小さかった時から軍隊に入って、どんどん偉くなっていった。手紙では、零戦に乗ったとか、伍長になったとかが書かれていた。鬼畜米英と戦争が始まるとお国のためにとどこか遠いところへ行って、必死に戦っていたらしい。だけど、それ以降、僕たちとは会わないまま、僕たちに届いたのは死亡通知書だった。それを受け取った時、僕は泣いてしまった。長男とは、昔から話すことが少なかった。それでも家族だから胸が張り裂けるほど悲しかったし、苦しかった。
それから、追い打ちをかけるかのように大学に通っていた次男も軍に所属して戦うことになったし、長女も学徒動員によって町の工場で働くことになった。
最初は「お国のため。」と言って、快く送り出した。ましてや、次男とは軍に入った時から会うことはできなかったが、手紙で何回もやり取りしていたし、それほど戦争に対して、恐怖心を抱いていなかった。
だが、そんな日常が延々に続くわけもなく長女は空襲の犠牲者になってしまった。そのことを聞いた時から、次第に僕は戦争を怖いと思ったし、なんで戦争しているのかとも思った。
しかし、"鬼畜米英を潰せ"と学校で再三再四教えられていたので、そのことを親や先生にも言えるわけがなく、その小さな疑問は心の奥にしまって、毎日、兵隊さんへの感謝の気持ちを表した文をみんなの前で発表した。
そんな生活を続けていたある日、僕たち家族のもとに兄から一通の手紙が届いた。その手紙は、兄が特攻隊として出撃する前に"自分の死を覚悟して"書いたものであった。家族みんなで読んだ。沈黙が流れた。流石の僕でも事の重大さが分かった。同封されていた写真に写っていた兄の顔はとても笑顔であったが、どこかぎこちない雰囲気が感じられた。
そんな僕の兄弟を殺した戦争がいなくなると考えると自然と涙が出てきた。
その涙はしょっぱくもなく、甘くもなかった。
ひと泣きして安心したのか、心の底からある疑問が湧いてきた。
――みんな、「お国のため。」と言って、戦争に協力していたけど、日本人全員そう思っていたのかな......
【短編】玉音放送と僕 簾園霤 @tokusa_susono
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