第4話 どこにもない場所

 中学校の裏門までの道を歩く。整えられているはずなのに、足元はガタガタとしていて歩きにくい。ただでさえ真夏日で汗だくになり、タオルで拭いても拭いても制服がびしょ濡れになり、水分を補給していないので体が重くなる。それでもしっかりと足をつけて歩く。

 常に開いている裏門を抜け、登下校に使われている坂道を突っ切る。するとすぐに周りは森の道に変わる。夕方からコウモリが出るこの森は今までに好奇心から道を逸れたことがない。

 森とは言ったが、実はアスファルトなどで道が整えられすぎており、おまけに家もあり全く森には見えない。人というのはどんなところにも住めるもんなんだなと感心せざえるをえない。森と言われなければ、ただの道に見えてしまう。

 しばらく緩い坂道を上っていくと、途端に平坦な公園に出る。いや、もしかしたらここも平坦ではないのかもしれない。森の中に公園とは不思議だが、広い平坦な公園なのだ。いや、中学生の私から見たら公園ではなく、老人たちの広場だ。遊具などはいっさいなく、遊歩道のような道と整えられた草だけが広がっている。

 その広場ではガヤガヤといろんな若者たちが忙しそうに動いている。このやたらと無駄に広い公園は、たまに一部を借りて飲食のイベントをするときがある。それが今日だった。

 テントを立てては、テーブルを広げコンロを置いていく。たまに行き違いがあったのか、怒鳴る声や、買い出しに行く人もいる。

 少しその場から外れれば静かな場所に戻る落差にうら悲しくなるが、とある境目——それはどこかはハッキリとはわからない——からは賑やかになる。

 なんとも不思議な場所だ。

 真夏日の炎天下だというのに、誰も座っていない事を確認して、近くのベンチに座る。

 いつできるのかと心待ちにしながら、店たちを見ては草を数えたり、空を見て空想する。その時に気づいたのだ。心頭滅却というのはよくできたものだと。

 心を無にしてただただ流れる音や物を感じる。ただそれだけで、太陽に焼かれながらも、少しの風で体は涼しくなっていった。自然を感じているだけなのに、草花が揺らされる音や少しの風を耳と肌で感じてるだけで、時間が過ぎるのも早かった。

 いつの間にか店ができていていた。

 次々とテントの下で色んな店の人たちが次々と何かを料理していく。その頃にはどこから来たのか普段は見ない家族連れや大人たちが集まってきていた。

 ただでさえ賑やかなのに、大人たちが酒を飲んでこの空間だけお祭りのようだ。

 さて、そろそろ行くか、と腰を上げる。ホルモン焼き、ジュース屋、かき氷、わたがし、焼きうどんなどが並んでいる。高そうに見えるが意外と安い。どこで採算をとっているか分からないくらいだ。

 ホルモン焼きと焼きうどんとお茶を買って、用意されたテーブルに座る。周りはもちろん人でいっぱいだ。家族や友達連れなどが多い中で一人というのは緊張する。

 それもホルモン焼きを一口食べた瞬間に消え失せた。

 ホルモンを引き立たせるオリジナルの味。醤油でもなく塩でもなく本当に独自で作ったソースなのだろう。まだホルモンが口の中にあるうちに、醤油味の焼きうどんを放り込む。ホルモンの旨味と焼きうどんのあっさりさが混じり合い、より美味しくなる。

 じりじりと日に焼かれながらも食べる物は最高だ。特に真っ昼間には。学校を放ってこんな事をしているとバレたらどうなるかは少し怖いが、このイベントに行かない選択肢はない。

 お茶を少し飲み続きを食べる。周りの賑やかさと共に食べるのもいいな、と思いながら飲み込む。

 食べ終えて、さてどうするかと店を見ていたら、子どもたちは飽きてスーパーボールすくいなどで遊んでいた。親たちはというとお酒を飲みながら楽しそうに話している。

 うーん、と独り言を呟きながら見て回るが、結局学校に帰ることにした。

 公園を出て坂道を降りていく。森の中ではなぜか聞こえないセミの声。住宅街ではうるさいのに、どこに行ったのやら。

 いつも開いている裏門を通り、歩きにくい道を下り、すぐに左へ曲がる。校舎に入った途端チャイムが鳴ってほっとした。休み時間だと戻りやすい気がするからだ。

 わざとゆっくり歩き、他の生徒の声で校舎内がざわつくまで時間を稼ぐ。

 少しするとトイレに行く人とやらでだんだんとざわついてきた。階段を上り2階に向かう。最初の教室を過ぎて次の教室に入る。自分の席に座ると数少ない友達がノートを持ってやってきた。

「どこに行ってたの?」

 と言いながらノートを私の机に置く。

「ほら、前に言ってた。イベント」

「ああ、お祭り?なかったでしょ?」

「やってたよ」

 そう言うと友達は「やめてよー怖いじゃん」と笑い、ノートを写している私の手元を見る。

「そもそもその広場がないんだから」

「あるってば」

 と言いつつも私は不安だった。友達と行くと、いや一人の時でも、あの公園に着いたことはないのだ。

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