第2話 森のパン屋
優しい動物たちが住む森がある。決して大きくはないが、川も流れ土も栄養豊かだ。
そのある場所、とある村のことだ。小さな村での唯一の大事件が起きた。
「大変だ!パンがない!ご飯がない!」
と新聞屋のハリネズミが大声で村中に知らせて回っていた。
それを聞いた他の動物たちも、慌てて走り回る。村の主食の一つ、パンはパニックになるほど大事なものだった。
「パンがないんですって」
「あらまぁ、盗まれたのかしら」
「やだ、誰がこんな小さな村のパンを盗むのよ」
「なにやら都会では脱走犯が出たそうじゃない。食品目当てで盗んだんじゃないの?」
などと色々な噂が流れる。
あまりにも重大なことなので、警察の蛇たちも出動して、パニックを鎮めていった。
パン屋では、店主のクマと村長の亀、配達員のペリカンが集まっていた。
「して、パン屋よ。なぜパンが作れないんじゃ?」
と村長の亀が言う。
「それが、材料がなくて」
と、そわそわしながらパン屋のクマ。
すかさず配達員のペリカンが
「依頼してくれたら運ぶのに!」
と言うが、パン屋のクマは肩を落として
「お金がないんだよ…依頼料も小麦たちを買うお金も」
「そういえば新聞屋もそう言ってたのう」
うーん、と三人が必死で対策を考える。
「新聞はなくても困らんが、さすがに主食のパンがないのは生活に困るわい。よし、皆に節約を促して、お金を集めよう!しばらくそれで凌ぐしかない。その間にわしがお偉いさんに相談しよう」
「本当かい?」
「パンの値段も値上げしたらいいんじゃない?」
「でも買ってくれるかな?」
「でもそうして耐えるしかないんじゃ。なぁに、パンは必需品じゃ。お主のパンは近くに来た都会の大型スーパーの安かろう悪かろうになんか負けんわい」
「それじゃあ私はいつでも依頼を受けられるように待機しているね!」
そう言ってそれぞれ動いた。配達員のペリカンは手続きをいつでも出来るようにと済ませておき、村長の亀は新聞屋のハリネズミに村人には節約を促して、パンを作れるように全員からお金を集める事を新聞にするように伝えた。パン屋のクマはというと、周りの農家たちになんとか安くできないか、捨てる予定の小麦を分けてもらえないか交渉していた。
けれど、農家も生活ぎりぎりの値段で売っているので交渉はうまく行かず、パン屋のクマは他で代わりのパンを作れないか考える事にした。
村人はさらに節約をして地元の店ではなく、都会から来た安くて大きな店に行きはじめた。新聞やゲーム、川遊び、外食をする事もなく、頑張って貯めたお金から村長のところに支払っていった。
そうして村人全員から集めたお金でパンの材料を配達してもらう事ができて、パンを作る事が出来た。
値段を少し上げて店を開く。
真っ先に村長が買いに来る。何個かをトレイに入れていく。けれどその日の売上は、村長だけだった。
次の日は少しパンの作る量を減らす。この日は噂好きのマダム三人が来ただけだった。
村はというと、パン屋にお金を集めるために相変わらず節約の日々で疲れていた。テレビも使わなくてもいいからと売り、食べ物は安いからと気軽に都会から来たスーパーで買っていく。
村長の亀はそんな村人たちを見て、毎日お偉いさんに村にも復興のお金を回してくれないか相談していた。実際、パン屋以外にも、村は水道もガスも通っておらず、すべて村人個人個人が自腹をきって通していた。おまけに都会から来た大きなスーパーはどれも激安で、地元の物は高くて売れず、かといって安くしたら生活が出来ない。もし安いとしてもあちこち歩き回らないといけない苦労を誰がするというのか。もともと、年々節約志向になって村で唯一の新聞屋ですら紙媒体ではなく口媒体になっている。新聞紙なんて頼むのは村長くらいのお金持ちか、よほどの老人くらいだ。
道なんて通れたもんじゃなく、歩道されていない、ともすれば草木の生えた道だ。公園も木を切り落として作った広場しかない。
そんなもんだから、村長の亀は毎日頑張って、お偉いさんに訴えていた。
村人の署名を集めても、冷静に説明しても、答えはいつも「税金がないから」だった。
村長の亀からその話を聞いた配達員のペリカンは
「でも私達は無限に水車を回せるよ?」
と呟いた。
「そうじゃのう。じゃが、その水車を回すのにも、売るのにも税金がいると言うんじゃ」
「水は無限にあるのに?使う量もこっちで決めれば、余ることもないのに?」
「そうじゃ。お偉いさん方は何を考えているかわしにもわからん…じゃが、それでも先に税がいると言うんじゃ。じゃないと資源が枯渇すると」
「一匹が使える量は限られているのに?」
「ああ、そうじゃ。そうなんじゃのう…」
配達員のペリカンはうなだれて、日々減っていく配達の仕事に戻る。
月が過ぎるごとに節約する重さも増えていく。クマのパン屋と言うと、村長が村を潤すまで日々頑張っていた。売れることも減り、作る量も日々減っていく。もちろん稀に買いに来る客からは不満は上がっていた。けれど売れるか捨てるかしかない物を作るにはあまりにもリスキーだった。
それはもはやパン屋だけじゃない。節約されて、売れなくなってきた店たちも苦しかった。有名な歴史のある旅館でさえ店をたたむほどに影響していた。
そして次第に村はたたむ店が増えていく。果物農家でさえ、売れずに、かといって売り物を自分たちで勝手に食べる事もできずやめていく。
年をまたぐごとに、パン屋のクマも年をとり作れなくなり、店をたたんだ。
昔は元気だった三人のマダムたちも今や二人になっている。子どもが大人になり、何もない村より未来のある都会へ行って、さらに村人は減っていった。
突然だった。本当に前触れもなく、都会から来た大きなスーパーはこつぜんと消えた。まるで夢の跡のように。
もう誰も何かを作ることも採取する事も出来ない村は、何時間もかけて別の村から物を買いにいっていた。
それを見てパン屋のクマは
「いつかまた皆で笑ってパンを食べられる日が来るかな」
隣にいた村長の亀も
「間に合わんのじゃろうのう」
と村を見ていた。
配達の仕事が減って、空を飛ぶだけになったペリカンは水は流れるのに、キィ、キィと音を立てて風に揺れるだけの水車を見て、昔を懐かしんだ。
年々村人が減っていく中で、都会だけはパンが豊かにあり、動物たちは笑顔でパンを食べていた。
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