第1章 イルベン刀バブル編 第5話 刀の名前

「イルベン刀の権利書を買わないだって?なら、どうやってねえねえを取り返すんだ?」

「もっともだよな。ただ、今日イルベン刀の権利書を売買していた奴らの客層を見た方がいい。どうだったか?」

「どうって言われてもわかんねーよ。」

ヴィオラは全く俺の質問の意図を理解していないことが顔に表れている。

「だろうな。いきなり聞かれてもわからんよな。だったら、『灘の蔵彦』を買った奴はどうだったか?」

「田舎から来た奴だったな。」

「田舎から農地とかを抵当に入れて金を工面してきた奴だったな。金を工面するってことは、金を借りてきたってことだよな。金を借りるって時に、見返りなく貸すと思うか?」

「利子付けるだろうな。ねえねえの店は高利貸しってのもしてるって聞いてるよ。」

「その通りだ。利子もついてくる。その上に田舎から来るってことは往復の旅費もかかる。そんでもって、次にイルベン刀の権利書を売りに出さなくてはならない。その間の宿泊費もかかる。そうすると、買値よりも高く売れたとしても赤字になる可能性ってのも考えてもいいもんだぜ。それでもイルベン刀の市場に出てくるってことは、よっぽどイルベン刀に詳しいか、若しくは何も分かってない素人ってことだ。」

「いやぁ。お見事お見事。」

そこに来ていたのはさっきの警備員。

「さっきの警備員か。お見事とは。」

「わたしはンガンド。あなたをただの田舎者だと思って侮っていましたよ。」

「何か知っている風だな。」

「あの『灘の蔵彦』を買った人についてはおろかだなと思いますよ。あれはただの鈍らがいつの間にか勝手に名前がついただけのものですよ。だいたい、『灘』ってのはイルベン刀の産地の1つで、『灘』の刀は最後に『姫』か『彦』が付くのはたしかなんですよ。だからこそ、鈍らってのを『灘の蔵』って言い換えて売ってるろくでなしが出てきたってだけですよ。」

「他に、今日の市場で気になったことはあるか?」

「『参拾壱代天玄』を売っていた人ですよ。愚かなことをしましたね。『参拾壱代天玄』はあの3倍はしますよ。本物が手に入るなら。」

「そうか。ということは、今イルベン刀の市場にいる奴らは素人が多いって感じってことか。」

「でしょうね。今イルベン刀の話をしているのは庶民ばかりって感じですからね。」

「ンガンドさん、今日は話してくれてありがとう。助かったぜ。」

「いえいえどういたしまして。まあ、もし私がイルベン刀を手に入れようと思うなら、権利書ではなく、密輸品を探しますね。」

「アツム。『参拾壱代天玄』って本当に手に入るのか?」

「ヴィオラ、いい質問するじゃねーか。権利書が偽物か、ニセの『参拾壱代天玄』か、密輸品のうちのどれかが考えられるな。一番濃厚な線はニセの『参拾壱代天玄』だろうな。権利書自体が偽物なら、そもそも逮捕されるだろう。密輸品でも逮捕だろうな。だからこそ、こんな目立つところに出てくるはずがない。ただ、『参拾壱代天玄』の話はヴィオラのお姉さんを取り返す有力な手掛かりかもしれんな。」

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