第14話
翌朝、目覚ましの音で目を覚ました悠真は、しばらく天井を見つめていた。
体は起きているのに、心はまだ夜の重さを引きずっている。
咲の泣きそうな顔。
紅葉の静かな瞳。
どちらも頭から離れず、胸の奥に鈍い痛みを残していた。
「……学校、行きたくねぇな……」
それでも制服に袖を通し、カバンを肩にかける。
現実から逃げても仕方がないと、自分に言い聞かせるように。
春の朝の空気は少し冷たくて、街路樹の新芽が風に揺れていた。
けれど景色は心に染み込まず、ただ靴音だけが耳に響く。
校門をくぐると、すぐにざわめきが耳に飛び込んできた。
友人たちの笑い声、部活の勧誘の呼びかけ。
そして――。
「ねぇ聞いた? 昨日のこと」
「え、マジで? 蒼井って……」
自分の名前が混じっている。
背中に嫌な汗がにじむ。
振り返れば、数人の生徒がスマホを覗き込みながらひそひそと話していた。
目が合うと、慌てて視線をそらす。
「……なんだよ」
胸騒ぎを覚えつつ教室に入ると、そこでもざわつきが広がっていた。
机の上に広げられたSNSの画面。
そこには、昨日の夕方、偶然撮られた写真があった。
──咲が泣きそうな顔で立ち去る瞬間と、玄関先に立つ紅葉の姿。
タイトルのようにつけられた一文が目に入る。
「蒼井悠真、二股疑惑?」
「……っ!」
血の気が引いていく。
心臓が早鐘を打つ。
教室の空気が、自分だけに冷たく突き刺さるようだった。
友人が声をかけようとしても、その目には好奇心と困惑が混じっている。
咲の席を見る。
まだ来ていない。
紅葉も、いない。
――二人は、これを見てどう思う?
胸の奥がきしむ。
言い訳なんて通じない。
真実はいつも誰かの憶測に塗り替えられていく。
「……最悪だ」
拳を握りしめ、机の上に押しつけた。
けれど、どうすることもできなかった。
その瞬間、教室のドアが開いた。
入ってきたのは――咲だった。
教室中の視線が一斉に彼女へと向かう。
彼女は俯いたまま、足早に席へ向かう。
その横顔は、昨日よりもさらに硬く、冷たく見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます