第13話
「……悠真くんは、どっちを見てるの?」
咲の声がリビングに落ちた瞬間、空気が凍りついた。
時計の秒針がやけに大きく響く。
夜の静けさが、心臓の鼓動まであらわにする。
紅葉は黙ったまま、じっとこちらを見ていた。
揺れる瞳。期待と、諦めと、覚悟が入り混じったような色。
咲は膝の上で拳を握りしめ、唇をかみしめている。
幼馴染だからこそ、強がることができないのだとわかる。
「……俺は……」
声がかすれた。
喉がひどく乾いて、言葉が出てこない。
頭の中には、いくつもの記憶が渦巻いていた。
小さな頃、いつも隣にいた咲の笑顔。
放課後の道を並んで帰った温かい時間。
そして、教室で偶然見た紅葉の横顔。
夜の公園で見た、泣きそうな笑み。
どちらも、嘘じゃない。
どちらも、心を動かした。
でも――。
「……わからない……」
ようやく絞り出した言葉は、情けなくて、震えていた。
咲の肩がびくりと震える。
紅葉の瞳に、ほんの一瞬だけ影が落ちた。
沈黙が、また落ちた。
重く、息が詰まるような沈黙。
「……そっか」
咲は、かすかに笑った。けれど、その笑みはひどく痛々しかった。
「悠真くん、そうなんだね……」
言葉の先にあるものを想像するだけで、胸が苦しくなる。
「……私、今日は帰る」
立ち上がる咲の背中は、小さく見えた。
引き止めたいのに、言葉が出てこない。
ただ、玄関のドアが開く音と、夜風が入ってくる冷たさだけが残った。
紅葉は動かなかった。
ただ、静かに立ち尽くしていた。
「……私も、帰るね」
その声は、驚くほど優しかった。
罪悪感と、遠慮と、何か諦めの混じった声。
二人がいなくなったリビングに、一人残された悠真は、深く息を吐き出した。
胸の奥に残ったのは、言葉にならない虚しさと、痛み。
誰も悪くない。
でも、誰も傷つけずにはいられない。
夜はまだ、長いのに。
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