第12話

夜のリビングに、重苦しい空気が漂っていた。

咲と紅葉。

幼馴染と、まだ出会ったばかりの美少女。

二人の視線が交わった瞬間、まるで空気が張りつめたようだった。

「……紅葉さん、どうして……ここに?」

咲の声は、無理に抑えているのに震えていた。


紅葉は一瞬だけ視線を落とし、それからまっすぐ咲を見返す。

その瞳には、迷いと決意が混ざっている。


「……どうしても、悠真くんに謝りたくて」


悠真の心臓が強く跳ねた。

“悠真くん”――その呼び方が、静かな夜にやけに響いた気がする。

咲の指がぎゅっと膝の上で握られる。


「謝るって……昼間のこと?」


「うん。私のせいで、咲ちゃんを泣かせちゃったから」


穏やかに、でも逃げない瞳で紅葉はそう言った。

その優しさが逆に、咲の胸を締めつけた。


「……私、泣いたのは……悠真くんが……」

言葉が途切れ、喉が詰まる。


悠真は何も言えない。

咲の視線も、紅葉の視線も、どちらも正面から受け止められない。


そのとき、紅葉が一歩近づいた。

リビングの照明が、彼女の長い髪にやわらかく光を落とす。


「ねぇ、悠真くん」


呼ばれた名前に、思わず顔を上げる。

紅葉の瞳は、静かに揺れていた。


「私……本当に、ごめん。でも……今日、あの瞬間だけは……嬉しかったの」


「……嬉しかった?」


「うん。悠真くんが、私のこと見てくれたから」


その言葉に、咲の呼吸が止まった。

リビングの空気が、さらに重く沈む。


胸の奥が軋む音がした気がした。

咲は何か言いかけて、唇を噛んで黙り込む。


紅葉も、悠真も、誰も次の言葉を見つけられない。


──沈黙。


時計の秒針だけが、妙に大きく響いていた。


「……ねぇ、悠真くん」

先に口を開いたのは、咲だった。

その声は小さく、けれどはっきりしていた。


「私……悠真くんに聞きたいこと、ある」


「……な、なに……?」


「……悠真くんは、どっちを見てるの?」


一瞬、呼吸が止まった。

紅葉が小さく目を見開く。

咲の瞳は、涙をためながらも真っ直ぐだった。


胸が締め付けられる。

逃げ場は、もうどこにもなかった。

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