第4話

春休みの午後。

薄曇りの空から差すやわらかな光が、住宅街の舗道にやさしく影を落としていた。

蒼井悠真は、自室のデスクに向かい、ペンタブを握って作業中だった。液晶画面には、依頼されたゲームのキャラクターイラスト。ファンタジー系の鎧を着た少女が、魔法陣を背景に凛々しくポーズを取っている。


「……うーん、肩のライン、もう少し丸くした方が可愛く見えるか」


つぶやきながら、彼は肩回りを何度も描き直す。線を引くたび、集中の糸がピンと張る。この感覚は、彼にとって日常であり、少しだけ誇らしい時間でもあった。


そんなとき――


「悠真〜、入るよ〜!」


突然、軽やかな声とともに、部屋のドアが開いた。

振り返ると、栗色の髪を揺らした中原咲が、にっこり笑って立っていた。悠真の幼馴染であり、同じ高校のクラスメイト。


「……お前、ノックくらいしろよ」


「したよー。悠真が気づいてないだけ。……あ、イラスト描いてる!」


咲はひょいと部屋に入り、悠真の背後から液晶画面を覗き込んだ。


「わぁ、かわいい! この子、めっちゃ強そうなのに、なんか守ってあげたくなる感じする」


「仕事だからな。依頼主のイメージに合わせてるだけだよ」


「でもさ、悠真が描く女の子って、どこか優しいよね」


その言葉に、悠真は一瞬だけ手を止める。

優しい――そんな風に思ったことはなかった。だが、咲の笑顔を見ていると、ふと胸の奥が温かくなった。


「で? 今日は何の用だよ」


「えっとねー、コンビニ行こうと思ったんだけど、一人だとつまんないから、悠真も行こ」


咲は当たり前のように腕を引っ張る。その自然さに逆らえず、悠真はペンタブを置いた。


コンビニまでの道は、春らしい穏やかな風が吹き抜けていた。

道端の桜はまだつぼみをつけたばかりだが、街全体がどこか柔らかい色を帯びている。

「春休みも、もうすぐ終わりだねー」

「そうだな」


「なんかさ、高2になるの、実感わかないよね」


咲が無邪気に笑う。その横顔は、小さい頃から見慣れたはずなのに、どこか遠く感じた。


そんなとき、悠真の視界にふと入ったのは、通りの向こう側を歩くひとりの少女。

黒髪が風に揺れ、真っ直ぐな背筋が印象的な――白井紅葉。


彼女は、誰かと話すでもなく、ひとりで歩いていた。周囲の景色に溶け込まず、まるで別世界の住人のような雰囲気。


「……」


悠真は思わず目で追ってしまう。

すると、紅葉がふいにこちらに視線を向けた。


一瞬。

ほんの一瞬だけ目が合った気がした。


胸がドクンと高鳴る。

けれど紅葉はすぐに視線を逸らし、何事もなかったかのように歩き去った。


「悠真? どうかした?」


咲が不思議そうに覗き込んでくる。悠真は慌てて首を横に振った。


「いや、なんでもない」


けれど、心臓はまだ早鐘のように打っていた。

咲といるときには感じたことのない、妙なざわめき。


夜、帰宅して机に向かっても、集中は途切れがちだった。

液晶画面に浮かぶキャラクターの瞳が、なぜか紅葉の冷たい黒い瞳と重なる。

「……何考えてんだ、俺」


自分に言い聞かせるように呟き、作業を再開する。


だが、その日から、悠真の胸には小さな違和感が芽生えてしまった。

幼馴染の笑顔も心地いい。

けれど、あの一瞬の視線は、なぜか頭から離れなかった――。

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