第2話
春休みの午後、蒼井悠真の部屋には穏やかな光が差し込み、木漏れ日のように優しく彼の肩を撫でていた。
窓の外では、薄桃色の桜の花びらが風に揺れ、時折ひらひらと舞い落ちている。まだ少し肌寒い風が部屋のカーテンを揺らし、春の息吹を告げていた。
悠真はいつもの机に座り、パソコンの画面に映るイラストを睨みつけていた。
ペンタブレットのペンを握る彼の指先は、緊張と期待が入り混じった震えを帯びている。
「ここはもう少しだけ明るさを足してみよう」
小さく呟きながら、色調補正のツールを慎重に動かす。画面の中で光と影が微妙に入り混じり、人物の表情がより生き生きと浮かび上がってくるのを感じた。
だけど、そこに到達するまでの道のりは決して平坦ではなかった。
悠真は何時間も机に向かい続け、繰り返し何度も同じ部分を塗り直した。自分の理想像と実際の絵の差に苦しみ、時にはペンを置いて深いため息をつくこともあった。
彼の頭の中には、いつも「完璧」という言葉がちらつく。
「完璧な一枚なんて、きっとこの世にないのかもしれない」
それでも、彼は妥協せずに自分の納得がいくまで描き続ける。
そんなとき、部屋のドアがそっと開き、見慣れた顔が現れた。
「悠真、まだやってるの?」
中原咲の声は、どこか優しさと少しの心配が混じっていた。
咲は悠真の幼馴染であり、ずっと彼を見守ってきた存在だ。
彼女は机の横にそっと腰を下ろし、画面を覗き込んだ。
「ねえ、この辺り、もう少し明るくしたらどうかな?」
咲の指が画面の一部分を指す。彼女の目は真剣で、けれどその瞳の奥には温かさがあった。
悠真は一瞬驚いたように咲の顔を見たが、すぐに笑みを浮かべて頷いた。
「なるほど、ありがとう。やってみるよ」
二人の間には、言葉を超えた理解があった。
幼い頃からずっと一緒に過ごし、互いの考えや感情を言わずとも察し合うことができる。
部屋に静かな時間が流れ、二人は画面に集中した。
咲は時折、絵の細かい部分について意見を言い、悠真はそのたびに新しい発見を得る。
彼女の何気ない言葉が、悠真の視野を広げ、絵に深みを与えた。
その一方で、悠真の胸の奥には、小さな不安と焦りがあった。
「俺はこのままでいいのだろうか?」
副業のイラストは順調とは言え、業界での競争は厳しく、彼自身も常に自分に厳しかった。
そして何より、咲との関係。
幼馴染としてずっと隣にいるけれど、最近どこかぎこちなさを感じていた。
彼女が何を思っているのか、自分はどうしたいのか、はっきりとわからなかった。
それでも悠真は、咲の笑顔を見ると、心が少しだけ落ち着くのを感じた。
「咲、ありがとう。君がいてくれて本当に良かった」
その言葉は胸の内から自然と溢れ出た。
咲は照れたように小さく笑い、少し俯いた。
「悠真は、頑張りすぎだよ。もっと自分のペースでいいんだから」
その言葉に、悠真は改めて自分を見つめ直した。
焦らず、でも諦めずに。自分のペースで進んでいこうと決めた。
春の陽射しが、二人の間に温かな時間を紡いでいた。
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