春風に揺れる三つの心

カロリー爆弾

第1話

春休みの午後、蒼井悠真の部屋は、穏やかな日差しに包まれていた。

窓の外では、遠くの桜の花びらがひらりと舞い落ちている。風はまだ少し冷たく、春の訪れを静かに告げていた。


部屋の中は、淡い光と影の入り混じる静寂が支配している。悠真はいつもの場所、机の前に座り込んでいた。

パソコンの画面に映るキャンバスは、まだ未完成のイラストだ。彼の指先はペンタブレットのペンを掴み、繊細に動かしている。


「ここは……もう少しだけ、暖かみを足してみようか」

画面の中のキャラクターの髪の毛を、何度も微調整しながら色を重ねていく。


けれど、どれだけ色を重ねても、どこか満足できない。

彼の胸には、焦燥感がじわりと広がっていた。


「違う……もっと、生きているみたいに見せたいんだ」

悠真はため息をつき、椅子に深く腰を沈める。目を閉じて、一瞬だけ頭を休める。


だが、休む暇はなかった。締め切りは迫っている。副業とはいえ、依頼者の期待は高く、断ることもできない。

「完璧にしなきゃ……でも、完璧って何だ?」

そう自問自答する声は、部屋の中でかすかに響いた。


何度も試し塗りを繰り返し、ブラシの種類や色のトーンを変えては、また戻す。

その繰り返しの中で、疲労と戦う彼の目には、時折涙がにじんでいた。


「こんなことで負けたくない」

悠真は自分を奮い立たせ、再び画面に視線を戻す。ペン先を滑らせる手に、ほんの少しだけ力が戻ってきた。


静かな部屋には、パソコンのファンの音と、ペンタブレットに触れるペン先の繊細なクリック音だけが響く。

その音が、まるで彼の鼓動のように感じられた。


ふと、窓の外から風に乗って聞こえた、遠くで遊ぶ子供たちの笑い声が耳に入った。

「自由に、楽しそうに描けたらいいのに……」

呟くその声は、自分自身への願いでもあった。


そんな時、ドアの隙間から見慣れた影が覗き込む。


「悠真、まだやってるの?」

中原咲の声だった。幼馴染の彼女は、春休みの午後に悠真の部屋を訪れてきたのだ。


悠真は振り返り、疲れた顔に微笑みを浮かべる。


「うん、もう少しで終わるんだ。手伝ってくれる?」

声は少しだけ力強く、彼女の存在がどれだけ心の支えかを隠しきれなかった。


咲は優しく微笑みながら部屋に入ってきて、二人の穏やかな時間がゆっくりと流れていく。

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