Episode 17 :【迫る、選択の時】

音葉おとは。俺と――一緒に来ないか?」

「……はっ?」


 突然の提案に、音葉は目を大きく見開き、とんきょうな声を上げる。


「ここからそう遠くない場所に、俺が誰よりも信頼できる人物……その人が生活する、地下シェルター施設がある。

 そこでなら、《ヒューマネスト》におそわれることもないし、今よりも安定した、快適かいてきな生活を送ることができる。

 申し訳ないが、俺は君達のチームには、入ることができない。どうしても、やらなければいけないことがあるから。

 だが、君達をその場所まで、責任を持って送り届けることはできる。

 それが俺なりの、君達に対する誠意だ」


 そう。俺が先程、電話をかけた相手は――斎賀さいが先生。


 俺は先生に、〝TEAMチームCATSキャッツ〟の4人を保護してもらう、その相談を持ちかけたのだ。


 先生は、その相談に、こころよく了承してくれた。


 ……同時に、「今朝の感動的な別れの、余韻よいんも減ったくれもないな」と、皮肉を言われてしまったが。


 ともあれ、地下シェルター施設まで、〝TEAM・CATS〟のメンバーを送り届けるむねの話を、キョウカは賛同してくれた。


 マサルとアラタも、「ネコ姉がいいって言ったら、そうする」と、渋々ながらも了承してくれた。


 後は、音葉の返事待ちなのだが……彼女は、口を開けたまま、ポカーンと呆然してしまっている。


 ……そんなにも、俺の話は、受け入れられないものだったのだろうか。


 俺としては、これ以上ないくらいの、最適解とさえ思えたのだが……。


 しかし、しばらくすると音葉は、心の底から湧き上がってきたかのようなため息を、はーっと吐き出した。


「……さっきも思ったんだけどさ。アンタ、なんだってそこまで、アタシらに深く肩入れするわけ? 

 別に嫌ってわけじゃないけどさ……やっぱちょっと、不思議に思うだろ。会ったばかりの、助けるメリットなんてない、アタシ達をよ」

「メリット・デメリットの話じゃない。

 成り行き上とはいえ、一度でも出会った人のことを、無下にはできないというのが、人情だろう。

 ……というのが、さっきまでの理由だった」

「……さっきまでの?」

「ああ。キョウカを通じて、君達の話を聞いた今では、もう一つ理由がある」


 静かに深呼吸をし、俺の正直な気持ちを、言葉として伝える準備を整える。


「君は、辛く苦しい思いをしていたあの子達を見捨てられず、自分も危険な目にうかもしれないことを承知の上で、〝TEAM・CATS〟のリーダーとして、頑張ってきた。

 俺は、出会ったばかりで、君のことをまだ何も知らないが……その点に関しては、君のことを、心から尊敬している。

 そんな君と、君にとって大事なあの子達に、出来ることをしてあげたい。それが、俺の素直な気持ちだ」

「っ――――」


 音葉はまたもや、口を開けたまま、硬直してしまった。


 しかし、その後の行動は、違った。


 彼女は、バッと振り向いたかと思えば、何やら荒立った様子で、髪の毛をわしゃわしゃとみだしている。


 その髪の隙間すきまから、少しだけ垣間かいま見えた彼女の耳は、ほんのりと紅潮こうちょうしていた。


 ……まさか、彼女を怒らせてしまうようなことを、俺は言ってしまったのだろうか。


「っ……! あーっ、もう! 

 アンタ、やっぱりモテねぇだろ! 自分だけ好き勝手に、言いたいこと言いやがって……!

 おまけに、何でそういうこと、フツーに言えっかなぁ……!」


 俺に背を向けたまま、何やらブツブツとれていた音葉だったが……すぐに彼女は、こちらの方を振り返る。


「ったく……アンタと出会っちまったなんて、今日は最高の厄日だぜ!」


 そして、今まで以上に明るく眩しい笑顔を、ニカッと浮かべた。


 その笑顔こそが、何よりの返事だと受け取った俺は――彼女に負けじと、笑みを浮かべる。


 それが、決断してくれた彼女の想いに応える、俺なりの方法だった。


「……へー。アンタ、ちゃんと笑えるんだ。不愛想なだけの奴って思ってたよ」

「……心外だな。俺を感情のないロボットみたいに言わないでくれ」

「へへっ、悪い悪い。

 でも、アタシは、その笑った顔の方が好きだぜ。

 だからもっと笑えよ。なっ、夏神なつみ!」


 そう言って音葉は、歯を見せて破顔する。


 彼女の笑顔は、見ているだけで、こちらも元気にさせてもらえるものだ。


「……フッ……分かった、善処する」

「……善処って……はーっ、だからアンタは、そういうところを――ゲホッ、ゴホッ……!」


 突然、音葉が大きく咳き込み、体勢を大きく崩してしまう。


「!? 音葉、大丈夫か!?」

「あ、ああっ、大丈夫、大丈夫……。

 こんな風邪かぜ、明日には治るって……ゴホッ、ゴホッ!」


 音葉はそう言うが、明らかにせき頻度ひんどが、急に激しくなっている。


 彼女のひたいに手をえてみると、確かな高熱を感じた。


 緊急きんきゅうを要する程の重体ではなさそうだが……かといって、楽観視は絶対にできない状態だ。


「歩けるか? もし難しいようなら、君をおぶることもできるが……」

「い、いいって、んな恥ずかしいこと! 

 それよりもさ、先に帰って、他の子達に出かける準備するように、言っておいてくれよ。

 アタシもすぐに、アジトに戻るからさ……なっ?」

「……分かった。なら、君はここで、楽な体勢で待っていてくれ。

 準備でき次第、他の子達と一緒に、迎えに行く」

「あ、ああ……ゴホッ、了解……」


 今の状態の音葉を置いていくのは、心苦しいが……少しでも彼女に休憩きゅうけいさせた方が、今は得策かもしれない。


 そう決断した俺は、後ろ髪を引かれる気持ちを何とか抑え、彼女と一旦別れることにした。


「ゴホッ、ゲホッ……! あーっ……思った以上に、やばいなこりゃ……。

 なんか、身体が……異常に、熱いし……変な幻覚まで、見えてる、しなぁ……」



 ――……まさか、これが、音葉と交わした、最期の会話だったなんて。


 そしてまさか、俺達の心をえぐるような、あんな惨劇さんげきが起こるだなんて……。


 この時の俺には、まだ、知る由もなかった……。


-----------

《次回予告》


「……ネコ姉、だいじょうぶ、かな……。前からずっと、せきしてたし……」

「……様子が変だ。

 まず俺が行く。みんなは、ここで待機していてくれ」

「フーッ、フーッ……!! ナ、ナツ、ナツミ……!!

 ニ、ニゲ、ニゲ……グググゥ……!!」


次回――Episode 18 :【別れ】

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