Episode 16 :【瓦礫の上に立つ少女】

 ――電話での用事を済ませた俺の元に、音葉おとはを追いかけてアジトを飛び出したアラタが、帰ってきた。


 いわく、音葉は今、すぐ近くのマンション跡地の屋上で、景色を眺めているようだ。


 とりあえず、遠くには行っていないことを一安心した俺は、アラタに「音葉と会って、もう一度話がしたい」というむねを伝える。


 最初は警戒心けいかいしん猜疑心さいぎしんからか、すんなりとは答えてくれない様子だったアラタ。


 だが、俺の真剣な思いが伝わったのか、キョウカが説得に協力してくれたからなのか……。


 ともかく、最終的には、俺を音葉の元まで案内してくれるようだ。


 アラタに案内されるまま、彼の後をついていく。


 そして数分後、アラタが言っていた通り、マンション跡地に乱雑に飛散する、一際ひときわ大きな瓦礫がれきの上に立ったまま、景色を眺めている音葉の姿が見えた。


「ありがとう、アラタ」

「……うん」


 折り畳み傘の下で、一人立ち尽くしている……そんな音葉の元へと、近づいていく。


 そして、彼女と同じ瓦礫の上に立ち、話しかける。


「あまり、いい景色じゃないな」

「……開口一番が、それかよ」


 よかった。


 まだ不機嫌な様子だが、完全に俺のことを拒絶しているわけではなさそうだ。


「さっきは、君のことを何も知らない立場で、上から目線で色々と言ってしまって……すまなかった」

「……別にいいって、そういうの……。

 アタシだって、ちょっと熱くなりすぎてたし……」

「そういえば、まだ聞いてなかったな。

 どうして、俺を〝TEAMチームCATSキャッツ〟に入れたがっていたのか。

 聞かせてくれないか」


 振り返った音葉は、「それ、今聞かなきゃいけないことなのか」とでも言いたげな、呆れた眼差まなざしを送ってくる。


 しかし、いずれは自分も話そうと思っていたことなのか、ふーっと大きなため息をいた後、素直にその理由を話してくれた。


「アラタのドローンで、アンタのことを知った時……こう、上手くは言えないんだけどさ……ピーンって来たんだ。

 『この人なら、仲間にしてもいい』って」

「……その割には、すぐに催涙さいるいスプレーを使おうとしていなかったか?」

「あ、あれは、アンタのことを試しただけだし!

 別に怖かったからとか、そんなんじゃねーからな!」

「フッ……ああ、分かっている」

「ったく、ほんとかよ……」


 閑話休題を挟みつつ、音葉は言葉を続ける。


「……アタシの姉ちゃんはさ。父さんと一緒に、〝破滅はめつの光〟のせいで、いなくなった。

 いつでも優しくて、頼りになって……誰よりも、大好きだった」


 音葉の目が、一瞬だけうるむ。


 しかし、その後すっと、その瞳は揺るがぬ強さを取り戻す。


「だから、生き残った私は――〝誰かのお姉ちゃん〟にならなきゃって、なぜかそう思えた」

「……だから、みんなのお姉ちゃんになったんだな」


 半端な覚悟ではないとは、思っていた。


 しかし、これほどまでの壮絶な思いと覚悟を胸に、音葉が生きていたとは……。


 音葉が見せていた、あの底抜けに明るい人柄も、きっと彼女なりの〝お姉ちゃんらしさ〟だったのだろう。


「……あの子達はさ。アタシのこと、『ネコ姉、ネコ姉』って、慕ってくれるけどさ……結局のところ、アタシは何の力もない、ただの女の子だろ? 

 だから、あんたの言う通り、いざって時に、あの子達のこと、ちゃんと守れるのかって……本当はさ、ずっと……不安だったんだ。

 ……ま、自分で連れ出しておいて、今更何言ってんだって話だけどな!」


 音葉の笑顔は、先程まで見せていた、明るいものではなく……まさに、弟達に弱いところを見せまいとする、姉のものだった。


「……音葉……」

「……アンタみたいな、強くて頼れるお兄ちゃんがいた方が、あの子達もきっと、安心できるだろうなって……。

 そう思ったから、アンタを仲間にしようと思ったけど……もう、潮時しおどきなのかもな。

 もう十分、あの子達と、幸せな思い出は作れたよ。

 ここから先は、自分のワガママよりも、あの子達の未来のことを、ちゃんと考えるべきなんだろうね」


 彼女はぎこちなく笑い、空を見上げる。


 2人の間に、静かな、だけど重苦しくない静寂せいじゃくが、訪れる。


「……あ、言っとくけど、アンタに言われたからじゃないからな?

 ずーっと前から考えてたことを、たまたま背中押したのが、アンタだったってだけだからな!」

 ……〝TEAM・CATS〟のリーダー役をになっている、一番年上のお姉ちゃんとはいえ……音葉はまだ、俺と同じ16歳の女の子だ。


 そんな彼女にとって、いつ崩壊するかも分からない不安定な生活環境の中、あの子達のことを守り続けるというのは……とてつもないほどの、プレッシャーだったことだろう。


 それが、そうせざるを得なかった事情があったとしても、だ。


 最初会った時は、どこか落ち着きがなく、子供っぽい印象を受けたが……どうやら、この猫宮ねこみや音葉おとはという少女は、充分じゅうぶんに尊敬に値する人間のようだ。


 そんな彼女と、こうして出会えたことを……俺はどこか、誇らしいとさえ思えた。


「……なあ。その件なんだが……」

「ん?」

「音葉。俺と――一緒に来ないか?」

「……はっ?」


----------

《次回予告》


「ここからそう遠くない場所に、俺が誰よりも信頼できる人物……その人が生活する、地下シェルター施設がある」

「……さっきも思ったんだけどさ。アンタ、なんだってそこまで、アタシらに深く肩入れするわけ?」

「ったく……アンタと出会っちまったなんて、今日は最高の厄日だぜ!」


次回――Episode 17:【迫る、選択の時】

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