Episode 18 :【別れ】

 ――こうして俺達は、最低限の荷物だけをまとめて、斎賀さいが先生の待つ地下シェルター施設へと向かう準備を整えた。


 キョウカ、マサル、アラタ……3人にとって、このアジトは、決して快適とは言えない環境だったはずだ。


 それでも、彼らにとっては、思い出深い場所――いや、家だったのだろう。


 とても名残惜しそうに、アジトを見つめていたその眼差まなざしが、何よりの答えだ。


 しかし最後には、ぐっと気持ちをこらえ、共にアジトを去る決断をしてくれた。


「世界が、もう少し平和になったら、またここで……4人で一緒に暮らそうね」


 キョウカのその言葉が、彼らにとっての、このアジトへの別れの言葉であり……そして再会を願う言葉であった。


 外に出てみると、先程まで降っていた雨は止み、雲の切れ間から差し込む光芒こうぼうが、俺達を出迎えてくれた。


 その光景は、まるで新たな門出を決意した俺達を、天が祝福してくれているかのような……そんな、らしくない感想を抱くほどに、綺麗きれいだった。


「すごい……! 今日はずっと、雨だって言ってたのに……!

 これって、すごい奇跡だよ! わーっ、キレイ……!」

「んなおーげさな……。

 キョウカって、しっかりしてるけど、あーいうところは、まだまだお子ちゃまだよなー。なあ?」

「……そう、かもな……」


 ……俺も同じようなことを思っていた、とは言わないでおこう。


「……ネコ姉、だいじょうぶ、かな……。前からずっと、せきしてたし……」


 ボソッと呟いたアラタの言葉に、ハッと我に返る。


 そうだ。俺達は、この景色に見惚みとれている場合ではない。


 俺達には、早く合流すべき仲間がいる。


「俺の見立てでは、重症というわけではないが……安心できるほどじゃない。

 それに、いつ《ヒューマネスト》が出てくるかも分からない。急ぐに越したことはないだろう。

 場合によっては、俺が音葉おとはをおぶっていくから、その時はみんなで手分けして、荷物を持っていってくれるか?」


 3人は、素直にうなずいてくれた。


 性格や年齢はバラバラでも、3人とも共通して素直ないい子だったのが、今回俺が救われた点だと言える。


 ……まあ、マサルだけは、あまり俺に対して、好意的な印象を抱いていなさそうだが。


 かくして、俺達はようやく、音葉が待つ合流地点へと歩き出した――。



「――ねえ、夏神なつみさん……ちょっと聞いてもいいですか?」

「……? どうした、改まって」

「夏神さんって、ネコ姉のこと、どう思います!?」


 ……合流地点に向かう道中、唐突に、キョウカから、そんな質問をされた。


 その質問を皮切りに、マサルとキョウカの、犬も食わないような言葉の応酬おうしゅうが始まった。


「は、はあっ!? キョウカ、いきなりなに聞いてんだよ!」

「だってだって、気になるじゃん!

 ネコ姉、ちょっとガサツなところあるけど、見た目はすごい可愛いし、スタイルもいいし! 夏神さんと結構お似合いだなって!」

「はーっ!? こいつのどこが、ネコ姉とお似合いなんだよ!

 腕はムキムキでカッコいいけど、ずっとムスーッとして、なんか見ててムカつくんだよ!」


 ……改めて言葉にされると、いささか……いや、かなりショックを受ける。


 別に俺は、好き好んで不愛想な素振りをしているわけではなく、あくまでもこれが自然体なつもりなんだが……。


 音葉の言う通り、もう少し意識的に、笑顔を見せる機会を増やした方が、いいのかもしれない。


「……音葉のことは、まだ出会ったばかりで、何も知らない……というのが、素直な答えだ。

 だが、彼女に好意的な感情を持つ者は、多いだろうな……とは思う」

「えっ!? それってつまり、完全な脈ナシってわけじゃないってことですか!?

 あのですね、ネコ姉ってああ見えてさみしがりで、寝る時はいつもヌイグルミを抱いてるんですよ? 可愛くないですか!?」

「ああーっ! もういい!

 んなことより今は、1秒でも早くネコ姉に会いに行くことの方が大事だろ! なあ、アラタ!」

「えっ……う、うん、まあ……そういうのは、今はいいんじゃないかな……」

「ちぇー……つまんな――って、あれ? ネコ姉?」


 視線の先に、俺達の方へとゆっくり歩いてくる、1人の人影――音葉の姿が見えた。


 ……なのだが……何だ?


 どこか、様子がおかしい。


 傘も差さず、覚束おぼつかない足取りでフラフラと歩き、胸元を抑えるように服を握り締めている。


 その顔も、遠巻きから見ても、どこか苦しそうだ。


「ほら、ネコ姉待ちきれなくて、自分から来ちゃったじゃんか!

 おーい、ネコ姉――」

「待て、マサル!」


 突っ走ろうとするマサルの手を掴んで、制止する。


「えっ、なんだよ……?」

「……様子が変だ。

まず俺が行く。みんなは、ここで待機ていてくれ」


 そのまま俺は、急ぎ足で音葉の元へと走っていく。


 だが、俺が追い付くよりも先に、音葉の身体がふらりと崩れ――そのまま地面へと倒れ込んだ。


「音葉!!」


 地面に倒れた彼女に駆け寄り、その身体を抱き起す。


 ――そして、その時ようやく、音葉のあまりにも異常すぎる変化に、俺は気付いた。


 目は血走り、その両腕から浮き出ている血管は、紫色ににごっている。


 猛獣のような唸り声と吐息をらしつづける口腔こうくうからは、鋭い牙をのぞかせていた。


「……お、音葉……?」

「フーッ、フーッ……!!

 ナ、ナツ、ナツミ……!! ニ、ニゲ、ニゲ……グググゥ……!!」

「……!? おいっ、音葉、しっかり――」

「グウウッ!! ウアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 音葉の絶叫が、空に響いた。


 それは、けだもの咆哮ほうこうか、悪魔の産声か……少なくとも、人間の声ではなかった。


 光芒こうぼうが差し込む雨雲へと向かって、叫び続ける音葉。


 その肉体は、徐々に目がくらむような閃光をまとっていき、そして――。

 


 ――ドゴォオオオオオオンッ!!!



----------

《次回予告》


「みんな、俺のそばを離れるなよ!!

くっ……いったい、何がどうなって――っ!!?」

《水蒸気のきりの中、大きく地を鳴らす音を響かせながら、巨大な影がこちらに近づいてくる。》

(……音葉……?

 いや、違う……あれは……!!)


次回―― Episode 19:【それは、誰にでも起こり得る惨劇げんじつ

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