Episode 15 :【居場所のカタチ】

 ――バシッ。


 背中を何かで叩かれたような、微かな感触。


 振り返ってみると、理由が判明。


 マサルが、その手に持っている鉄パイプで、俺の背中を叩いたのだ。


「お前、なにネコ姉のこと、いじめてんだよ!

 お前、全然いいやつじゃないじゃん!」


 その後もマサルは、怒り心頭といった面立ちで、俺を何度も叩いてくる。


 正直、全く痛くはないのだが……年下の男の子に、ここまで敵意を向けられるというのは、あまり心地よいものではない。


「こ、こら、マサル! 何も叩くことないでしょ!?」

「ジャマすんなよ、キョウカ!

 こいつ、ネコ姉をいじめる、悪いやつなんだぜ!」

「ちょっ、いいから! あとはわたしに任せてって!」

「……ちぇっ…‥わかったよ……」


 キョウカが仲裁に入ると、マサルは渋々ながらも素直に従い、俺をにらみながらその場を離れていった。


「……えっと、ごめんなさい、急に……マサル、ネコ姉のこと、本当に好きだから……」

「ああ……俺の方こそ、すまない。少し、熱くなりすぎた。

 ……家族の影響、かな。堅苦しい喋り方が、移っていたみたいだ。

 とにかく、ほとぼりが冷めたら、音葉おとはにもきちんと、謝りに行くつもりだ」

「あ、いや……夏神なつみさんなりに、わたしたちのこと、心配してくれてるってことは、ネコ姉もわかってると思うので……」


 ……しっかりしているとはいえ、こんな小さな女の子に、ここまで気を遣わせてしまうとは……俺もまだまだ、成長が足りないな……。


「……わたしたち、ネコ姉と同じ施設にいたんです。

 でも、そこは……夏神さんが思っているような、いいところじゃありません……」

「……え?」


 うつむき、可愛らしい洋服のすそをきゅうっと握り締めながら、そう呟くキョウカ。


 その声色は、苦虫を噛み潰したような表情と同じく、こちらにも重苦しさが伝わってくるものだ。


「わたしも、マサルも、アラタも……5年前に、パパとママが、いなくなっちゃって……。

 そんなわたし達を、近くに住んでたネコ姉が、守ってくれたんです……。

 ネコ姉だって、お父さんやお姉ちゃんが、死んじゃったのに……」


 ……家族の形見だろうか。


 キョウカは、手首に巻いた色褪いろあせたシュシュを握り締めている。


「……無理はせず、ゆっくり話してくれればいい。

 もし辛かったら、そこでやめても大丈夫だから」

「……はい、ありがとうございます」


 深く深呼吸をしたキョウカは、息苦しそうながらも、しっかりと言葉を続ける。


「それで、ネコ姉はわたし達を、施設にまで連れて行ってくれたんです。

 でも、そこには……わたし達を守ってくれる大人なんて、いなかった」

「えっ……?」

「……みんな、何の役にも立たないわたし達のことを、ジャマもの扱いしたんです。

ご飯をくれなかったり、何を言っても無視ししたり……。

人によっては、『わたしの子供は、助からなかったのに』って、ひどいことをしてくることも、ありました……」

「……そう、だったのか」


 〈御門みかど大江戸おおえど〉を追い出される前、俺が母さんといた避難施設で生活していた頃。


 そこにいた人達は、何の希望も持てず、死んだように生きることしかできない、亡霊ぼうれいのような存在でしかなかった。


 だが、音葉達が避難した施設にいたのは、両親をうしなった幼い子供達に、心優しい対応をしてあげられない……いや、に、心がすさんでしまった人達だけだった……ということか。


「ある日、アラタが、『死んだ息子を思い出させるから』って、施設にいた人に、勝手に追い出されそうになって……。

それに怒ったネコ姉が、『だったら、こっちの方から、出ていってやる』って、わたし達を連れて、施設を出たんです」

「……そうか」

「はい……。

 正直、最初のころは、辛くて苦しいことばっかりだったけど……でも、ネコ姉が連れ出してくれたおかげで、私も、マサルも、アラタも……今、すごく幸せなんです」

「キョウカ……」

「……他の施設の人が、同じような人ばかりじゃない……ってことは、わかってます。

 だけど、やっぱり、わたし達も、ネコ姉も……今の生活が変わっちゃうんじゃないかってことが、怖いんです……」


 ……俺は、自分の認識の甘さを改める。


 そして同時に、己の浅はかさを恥じた。


 音葉を含め、〝TEAM《チーム》・CATS《キャッツ》〟の子供達には、この生活を選ぶだけの、あまりにも重い理由と葛藤かっとうがあったのだ。


 俺は、それを知ろうともせず、頭で考えただけの正論で、彼女らの自由や選択を、奪おうとしていた。


 これでは、マサルに「悪い奴」と叩かれてしまうのも、仕方がないことだ。


 ……そういった、彼女らの事情を知った上で、今の俺にできることと言えば……これしかないだろう。


「ありがとう、キョウカ。辛い記憶もあるだろうに、話をしてくれて。

 音葉のことなら、俺がきちんと責任を持って、対応する。

 心配するな……と言われても難しいだろうが、せめてもう少しだけ、時間をくれないか」


 キョウカの肩に手を置き、しゃがみ込んで彼女と視線を合わせながら、俺はそう語りかける。


 その言葉によって、俺の思いが伝わったのか。


 キョウカは、不安や疑問の気持ち抱きながらも、もう半分はどこか安心しているような……そんな表情で、コクンと小さく頷いた。


「……さて……。

 まさか、こんなに早く、これを使うことになるとはな……」


 俺は首から下げていた〝Future-Phone〟を手に取り、ロックを解除し、通話アプリのマークをタップする。


「よし……ちゃんと圏内だな」

「……? 電話? 誰に、電話するんですか?」

「ん? そうだな……とりあえず言えるのは、俺が一番信頼できる人……かな」


----------

《次回予告》


「あまり、いい景色じゃないな」

「アラタのドローンで、アンタのことを知った時……こう、上手くは言えないんだけどさ……ピーンって来たんだ。

 『この人なら、仲間にしてもいい』って」

「音葉。俺と――一緒に来ないか?」


次回――Episode 16 :【瓦礫の上に立つ少女】

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